32 殺されそうになったんだが



 ジュリアスの案内の元、王国軍の訓練場や兵舎などを案内してもらった。

 やっぱりデカイ。くそデカイ。マンモス校よりもデカイ。

 昔に剣道をしてたんだが、遠征でどっかに行った時の「体育館多くね?」って感覚と似てる。

 なんこ体育館あんだよ。田舎ってすげぇ。まぁ、ここは王国の中でも中心だから田舎な訳がないんだが。


「ンにしても、イリアは本当に大人気なんだな」


 通り過ぎる人全員と挨拶してんじゃん。なにこれ。イリアの家? みんなファミリー?


「彼女はボクが所属している騎士団の元一席ですから」


「どれくらい凄いんだ?」


「ん〜、カシさんの尊敬してる人くらい凄い人ですかな」


 山岸秀匡と同じくらいすごい人……!? それは見る目が変わるな。


「ジュリアスさんだっけ。イリアのこと好きなのか?」


「好き……という感情で片が付けられるものだとは思わないな。が、異性としては見ていない。いや、見れないというのが近いかな」


「ほお。イリアはいいヤツだぞ?」


「そうなんだよ。いい人だ。が……手が届かないってのが本音かな。カシさんはどうですか? その尊敬している人のことをそういう目で見れます?」


「………………………………………………………………見れる?」


「すごく悩みましたね。そういうことですよ」


「はあ。同じ畑にいるから、凄さってのがよく分かるってことか」


「そうです」


 チラと太陽の明るさが視界を赤く染めた。

 開けた場所に来たみたいだ。お、なんだあれ。

 剣道の打ち込むやつとは違うみたいだ。が、稽古場みたいなもんか?


「そうだ。イリア〜。久々に手合わせをしてくれないかな」


「ム?」 


 少し前を歩いてマレウスとルポムを案内してたイリアが止まった。

 お、まさか。騎士団とやらの実力が見えるのか? おお。いいな。


「イリアは退役したことで、今のボクは一つの席次が上がった。第二席だ。から、そろそろ物差しで測りたくなってね」


「物差しで測れるかどうかというより、物差しで測れるもんなら測ってみろって顔をしてるがな。いいぞ。部下の成長を見るのも私の仕事だ」


 広場で訓練をしていた若い兵士達もはけて、オレたち三人はその広場への階段に腰を降ろす。

 木剣を持つ二人を前にして、ルポムは食い入るように見ている。

 傭兵と言ってたから、『戦闘』ってのが近く感じられて興味があるんだろう。マレウスも興味はあるみたいだ。


 互いに木剣を構え、空気がひりつく。 

 どちらも表情に余裕があるのが、この戦いを楽しんでいるのがよく分かる。


「カシはどっちが勝つと思う?」


「イリア」


「即答かよ」


「というか、よく分からん。から、知ってるやつを応援してる」


 剣道とは違うのだ。それに、女性と男性でつく筋肉量が違うってのもこの世界じゃあ微妙に通用しない。

 まだ一月ほどの間ではあるが、イリアにトレーニングをして彼女も筋肉量は大きくなった。


 だから、これは、ある種の「この世界の筋トレの効果」を見れる場所でもある理由だ。


「動くぞ」


 ルポムの声と同時、二人は動いた。

 木剣が宙を走る。淀みなく、互いの急所へと伸びる剣。

 太陽と見紛う輝きをそこに見た。瞳一杯にその情景が映る。


「……あぁ、すごいなこりゃあ」


 思わず、声が漏れ出た。

 

 何も特別なことはしていない。が、それは起こった。

 イリアの木剣が、ジュリアスの木剣を巻き込みながら空を切る音が響くと、地面の上で暇そうに転がっていた砂がぶわと巻き上がる。


「剣の一振りで、威力がバケモノだろ──っ」


 ジュリアスもすぐに広がった上背を戻そうとするが、イリアの俊足が鳩尾に届く。さすが脚がデカイ。

 が、距離が空いた。女ウケが良いジュリアスの顔は汗と唾液に塗れ、それでも愉しそうに笑っている。


「やはりっ、あなたは強いッ!!」


 踏み込むその足で大地が撓る。


「から、これで──」


 ジュリアスの全身を使った横ぶりをイリアは屈んで避ける。なんと、ベレー帽を抑えながらのかがみ込みだ。こればかりは舐めプにしか見えないが。

 勢いそのままで連撃を繰り出すジュリアスの次の踏み込みの足を、上から蹴り落とした。


「うっ」


 なにが起きたかはオレも分からん。が、言葉通りだ。

 踏み込みのタイミングに合わせて、太ももを狙って地面を踏みつけるように足裏をあわせたのだ。

 下半身がブレ、前に出そうとしていた左脚の膝が地面と擦れる。


 ジュリアスは見上げた。その顎にイリアの剣先が触れる。


「勝負ありじゃなあ」


 マレウスが顎髭を撫でて笑った。オレも笑った。ルポムだけは悔しそうに歯を合わせていた。


「完敗です。……イリア、強くなりましたか……?」


「ああ。おそらくな。体が前よりも動きやすく、力も滾る」


 イリアはジュリアスを立たせると、木剣を試すように振り回す。

 そして近くに立っていた打ち込み台の脇下目掛けて、振り上げて──


「あ、陛下!!」


 ジュリアスの声が先に耳に入ってきた。


 そこに居たのは二つの角が生えている……今までで一番大きな男だった。

 陛下ってことは国王だよな。もっとよぼよぼの腰が折れたおじいちゃんを想像してた。

 ほら、そういうイラスト結構あるし。違うんだな。


「イリアが帰ってきたと聞いたが……」


「お久しぶりです。陛下」


「それに、出来損ないのマレウスと……角が折れた有角人グランと……只人?」


 目があった。すげえ、デカイし圧が凄い。

 みんな膝をついてるし、オレもしたほうがいいのか? しとくか? 


「ジュリアス。なぜ、この者らを案内している? 誰もこの場に相応しくない者ばかりじゃないか。特に……オマエだ」


「あ、おれ?」


「礼儀も知らんみたいだな」


 ん、ちゃんと膝を付いてるんだが……あ、手足が逆でした。


「あー……申し訳ない、文化人じゃあないんです」


「陛下。カシは辺境の地からやってきた者ですので」

 

 イリアのフォローが地味に面白い。岡山のみなさん、聞きました? 辺境の地ですって。


「そうか。ならば仕方あるまい──」


 ほっと安心したのも束の間、顔を上げると、刹那、国王の腰辺りが光った。


「え」


 その圧で、オレは思わず尻もちを着いた。

 

「陛下。なりませぬ」


有角人グランの誇りってのはないのかね……!」


 見上げるとそこには武器を抜こうとしていた陛下の腕を押さえつけるイリアとルポムの姿。

 え、もしかして、おれ、いま…………殺されかけた?

 

「誇り? 角の折れた貴様に誇りを語ることができるとでも? なり損ないが」


 うあ、やっべ。手が震えてる。

 初めて、体中に神経が通ってることを感じた。毛が逆立つってのはこういうのをいうのか。

 腹の底がふわと浮かび、心臓辺りがキュッとなる。


「カシ、大丈夫か?」


「ああ、マレウス……平気だ。ちょっと、ビビった。……スカイサイクルぶりだ」


 あの感覚は鷲羽山ハイランドのスカイサイクルに乗せられた時と同じだった。

 おいおい、日本一怖いっていうアトラクションと同じってことは、コイツは日本一だ。

 

「ふんっ……ジュリアス。放り出しておけ」


 そう言って、奥に引っ込もうとする国王。


「…………ちょっち、待ってほしいんだが。イリアはなんでこんなに強いのに、追放したんだ?」


「まだ喋れるのか。図太い精神のようだな。本人から聞かなかったか?」


「聞いた。が、信じられんのだ」


「ソレ以下でもソレ以上でもない。分かったなら出ていけ。この国は私が治める場所だ。私の命令が聞けぬのなら、出ていけ」


 振り向きざまに口元を愉快げに歪ませた。


「イリア。まだこの王国にいるつもりか? オマエは国外追放だと言った筈だぞ」


「…………はい」


「口だけでないことを期待しておくぞ」


 花の刺繍がされた赤いマントを揺らして城の中に入っていった。

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