31 王国軍に売り込みにきたら幼児退行した


「帰れ」


「ですよねぇ〜」


 この凛々しい眉毛くん。すごいや。一言だ。

 王国軍に筋トレって文化を持ち込みたくて〜って言っても無駄。

 あー、おんぎゃあ。幼児退行しそう。

 

「帰れだってよ、どうするよみんな」


「そうじゃのお。帰るか?」


「帰ってもいいんじゃないか?」


「帰るか」


 おぉ、満場一致で帰ることになったか。すごいことだよ、それは。

 でもここまでやってきたのにっ!


「おんぎゃあ……っ」


「あ、カシが幼児退行をしてしまったー」


「これはいかん、いかんぞお。いますぐに産湯につけなければ」


「でも、こんな場所で産湯なんてー」


 みんなで城門に立ってる門兵さんをちらり。 


「帰れ」


「はあ〜、おれ、赤ん坊なんだが? いい加減通してくれぎゃあ」


「もうこの作戦じゃあ無理っつ〜ことじゃ、諦めるぞ」


「やだやだ。おれ、筋トレのよさを広めるんだもん」


「こらっ、カシ。ダメだぞ。オレよりも体がデカイのに駄々こねたら」


「オレ赤ん坊だもん。やだやだ〜」


「あー、よしよし。怖いねぇ。兵隊さんが開いてくれたらいいんだけど──」


「帰れ」


「「「「…………」」」」


 駄々をこねても、情に訴えかけても門は開かん。

 どうしたらいいんだい? もう打つ手がないよ。


 今日のメンバーを紹介しよう。

 右からマレウス、ルポム、イリア。エルはお留守番、アッパコムとカンナが今日はお仕事中ですわ。


 で、王国軍に売り込むって言っても、どうしたらいいか分からずにこんなことに。

 冒険者とは違って堅いというか。まあ公的な所だからな。市役所みたいなもんだと思ってる。

 市役所といえば、出生届だ。オレの一番上の姉が姪っ子を産んだんだよ。おめでとう。

 だから、赤ちゃんのフリをしたら空けてくれるかと思ったんだ。


 なのにこの眉毛くんは、ったく。

 あーあ、門を開くってどうしたらいいんだよ〜。

 ファンタジーの世界ならではの空け方とかか? そんなの知らんし……。


「あ、カップドラコ──」


「そういえば、私は騎士団に所属していたんだが、それでも通してはもらえぬのか?」


 おう、イリアさん。そうだ。その手があったじゃないか。

 オレの開けゴマが輝くことはなさそうだな。


「…………所属は」


「第十四枢軸駆動騎士団・第1席:イリア・ロペス」


「!? そんっ、大変失礼致しました!!! お入りください!」


「なっ」「すごいのお」


「よし、開いたぞ。みんな、中に入れ」


「わーい」


 でっかい扉が開くのってなんか気分いいよな。

 わーーー、でっかーーー。城でっか!! でか、まじで。瀬戸内海よりでかいんじゃね?

 そんなことはないか。いや、それにしてもでかい。

 

「って、あれ、どうした二人? 入ってこないのか?」


「いや……あ、そうか……知らないのか」


「ふむ。まぁ、大丈夫じゃろう。カシの良いところはそういう所じゃ」


「?? 早く入ろうぜ。筋トレを売り込みにきたぞ〜! 行くぞイリア!」


「任せろ!! 私に付いてこいっ!」


 ずんずん歩くイリアについていくように、オレたちは城の中に入っていった。



      ◇◇◇


 

「お久しぶりですっ、イリア様!!」


 わー、手を上げて挨拶する姿かっけぇ。オレもしとくか? それ。あ、無視された。会釈で救われた命だってあるんだぞ。

 

「イリア、人気者だな。何人目だよさっきの子で」


「人気者……なのか、分からん。が、居心地はそこまでは悪くない場所だった」


「なあオッサン……」


「なんじゃ有角人グランの小僧」


「カシってさ、どこから来たんだっけ」


「オカヤマじゃあ言うとったぞ」


「ワカヤマ?」


「オ」


「オカヤマ。聞いたことねぇなぁ……傭兵ン時にいろんな所には行ったつもりだけど」


「田舎じゃとは言っとった。あとはクラシキが危ないらしい」


「それは聞いたことがある。不思議だな。さっきの話が本当ならよぉ……そもそも、なんであのデカ女は追い出されたんだ?」


 全部聞こえてるよ。オカヤマな。

 和歌山じゃない。みかんの生産量が日本一位じゃない。

 たしか岡山はブドウが五位とかそこらだったのは覚えてる。

 

「イリアが王国軍を退役させられたのは、体がでっかいかららしい」


「はあ。なんじゃそら」


「でっかいのも罪ってことよ」


 オレも詳しくは知らんが、異世界だからという一言で片付けられるのがなんとまぁ。

 

「イリア! 久しぶりだな!!」


「ああ、ジュリアス。息災か?」


「ぼちぼちやらせてもらっているよ。そちらは?」


「騎士団を退役した後に、拾ってくれたカシとそのお仲間だ」


「ほお。いい体をしている」


 それはこっちのセリフだ。デカイ体をしてる。


「イリア。そちらの人は?」


「ジュリアス・ディアナス。私と同じ所に所属していた騎士だよ。ちなみに、こう見えて怒らせると一番怖い」


「怒ると誰でも怖いよ。ただ、ちょっと感性が他の人と違うらしくてね。あと、自分のことが一番かっこいいと思っている」


「はえー、オモシロ」


 でっかくて、癖が強い。オレの好きなタイプだ。


「ん……? ちと失礼するよ」


 鎧だからそこまで大きさはわかりにくいが、ところどころに見える体は引き締まっている。

 筋肉の大きさが分かる状態でこの体の大きさだって? それこそ、イリアに最初にかけた言葉をかけたくなるな。

 でも、オレは学んだ。この世界は筋肉が育ちやすいのだ。


「うん。特に発達してるのは僧帽、か。あと笑顔が素敵だ。只人だな」


「カシは体を鍛える専門のトレーナーだ。ジュリアスの体のバランスはどうだ?」


「右に偏ってるから右利きだってのは分かるが、不均衡だな。体のバランスは体調を崩したり、変に負担がかかる。よく怪我をしやすいってのはないか? まだ若そうだからないか」


「……。いや、最近は足に負担が」


「そうか。体が若干不均衡になってる。それを補おうとしてまた不均衡になってる。負のスパイラルだな。一旦、足腰の調整や左を重点的に鍛えた方がいいかもしれん」


 パッと手を話して、胸当てあたりをこつんとノックする。


「でも、良い体だ。イリアの同僚ってのがよく分かる」


 王国軍ってのはデカイやつしかいないんだな。もっと、こう、シュッとした人もいるかと思っていた。

 すれ違った人たちは細身の人たちが多かったが、階級みたいなのが上がっていくと自ずと筋肉も大きくなっていくのだろう。

 ウェイトトレーニングをせずこの体のようだから、末恐ろしい。が、トレーナーとしては光る逸材を見つけたくらいに楽しい。


「ふはっ! 久々に王国軍に帰ってきたかと思うと、こんな面白い人を連れてくるとは……最初は警戒してたんだけどね」


 アンニュイな眼差しがオレや後ろの男性陣に向けられて、にっこりとした笑顔で上書きした。


「が、気に入った!」


 腰に手を当てて胸を張る様子はさながらフロントポーズ。

 おいおい鎧を脱いで見せてくれ。絶対いい体してんだから。


「中を案内しよう。客人と昔の同僚がきたとなれば、他の部隊もピリピリするかもだからね」


 それにしても不思議な雰囲気を持ってるイケメンだな。

 鋭い眼差し、アンニュイな表情と乾いた笑顔をときより見せる。

 イリアと話が合うところを見ると、悪いやつじゃあない。


 最初に会った時は、どこぞの貴族みたいな見た目だと思っていたが。


「…………カシ。アイツ、気をつけろ」


「?」


 クイと袖を引っ張ったルポムに耳を貸す。


「アイツ、貴族だぞ」


「あ、やっぱり?」


 貴族の見た目は貴族か。街にいないような顔だ。金髪だしな。


「でも、貴族がどうしたって?」


「はあ。……本当に何も知らないんだな。強欲で、自分が大好き。使えると思ったら取り込もうとしてくる。……取り込まれるなよ」


 ふぅん。貴族ってのはそういう感じか。

 まぁ、国会議員とか、国を回す側ってのはそういう毛が強いのは知ってる。

 

「が、大丈夫だろ。貴族は貴族かもしらんが、アイツはアイツだ」


「それでも……」


「おーい、みなさーん。いきますよ〜」


「はーい」


 そちらに歩いていきながら、マレウスがルポムを宥めるような声が聞こえて笑った。

 カシはそういうやつじゃぞ。慣れろ。って、失礼な。

 まだ、腹を割って話せてないんだから白だろうが黒だろうが分からんだろう。

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