25 裸エプロンで集客だ
最初にかんがえた時はタンクトップが浮かんだ。
だって、なぁ、ジムに行ったことがある人は分かるだろうが、デカイやつは大体タンクトップを着てる。それかパーカー。メーカーは筋肉系インフルエンサーの出してるアパレルのやつ。
あれいいんだよ。動きやすいし、筋肉の動きってのが分かるからな。
あと「あぁ、俺もタンクトップを着ても恥ずかしくない体になったかぁ」って気持ちになる。分かるだろう?
でも、タンクトップなんかこの世界にあるか分からんから、その代用品を見つけないといけない。
が、あるだろう? 飯屋といえば、ってやつがよぉ!!
「で、オレがこれを着てるって訳」
「裸でエプロンを……」「妙案ですな」
「ズボンは履いてラァ!! 手で隠さずとも、な!」
エプロンっていいよな。だって、肩切りなんだぜ? 肩と腕が見える。あとサイズが小さめだから、胸も見えると。
なにより背中だ。きゃー丸見え! 背中丸見え! なんなら乳首も見えちゃってる。見てんじゃねぇぞ。
「じゃあ、仕事していくか」
「やってやりましょう。主人の筋肉を広めてやるために」
「そ、そうだな!!」
「じゃあ、おっちゃん。久々の勤務だが、よろしく。ホールは任せろ」
「お前さんが来ないから寂しかったところだぜ」
「はっはっは。オレもおっちゃんのまかないが恋しかったところだ」
久々にあったらダンディに顎髭を生やしてた大将と腕をあわせて、仕事が始まった。
勤務時間は昼休憩を挟みながらの合計10時間くらい。って言ってもそんなに苦じゃない。
ここは異世界であり、日本じゃあない。チップがなけりゃあ態度が悪くてもあんまきにしないとこだ。あと、お客さんは神様じゃあねぇって精神はある。暴れるなら蹴っ飛ばせばいい。あ、オレはしないよ? イリアがその担当だ。
「お〜、兄ちゃん、デカイ体をしてるなァ〜! どこ出身だ!?」
「岡山県出身で、この体は筋トレで培った」
適当なポーズを決めた。俺もこの世界にやってきて、ある程度の筋肉を手に入れた。
やっぱり、この世界の人間ってのはある程度筋肉が付きやすくなってるみたいだ。
「おぉぉお〜? 筋トレってのは?」
「気になるか? 理想の体があるならその手伝いをさせてくれ」
「理想の体ァ……? ねぇな。あ、酒おかわり頼むよ」
「……ふむ、そうか。了解した」
この調子で時間が過ぎていった。何人かは体のことで話しかけてきてはくれる。
が、それだけ。くそ、オレの体は他人を感動させるだけの力がないのか。
「いや、体を鍛えるってなに? わたしには必要ないわ」
「仕事ができりゃあそれで十分さね。わるいなぁ兄ちゃん」
「これ以上体を使っちまうと、体が怒っちまうかもしんねぇからなぁ。だから、こうやって酒をのんで労ってる訳だ!」
声をかけられて、話をして、終わって。
ホールをかけずり周り、時にはキッチンのヘルプにも入る。
そうして、時間が経過していく。
「はあ……」
もう、店が閉まる。最初からうまくいくわけもないか。
店の後ろの階段で裸エプロンのままため息を着いた。
「ゆっくり、こつこつ、と。頑張るしかねぇか」
「おう、カシ。ここいいか?」
「おやっさん……」
「カシとイリアがこの店でタダ飯を喰らってから、この店は大盛りあがりだ。助かってるよ」
タバコを燻らし、夜空に吹きかける。
「新しい従業員も紹介してくれてな。この飲み屋街の中じゃあ1,2を争うくらいの人気にもなった」
「……」
「で、よく聞く話がな。この店にいるヤツは良いからだをしてるって話よ。アイツらにもたまに聞かれてるぞ。なんでそんな良いからだなんですかってな」
火が燃え尽きながら煙だけを残す。おっちゃんはタバコを靴裏で潰して、立ち上がった。
「その時にみんなカシ。お前の名前を伝えてる。あとはなにかきっかけさえありゃあ、カシがやりてぇことができると思うぞ」
肩に手を置いて、店の扉を開けた。
「あんま、焦らずにな」
「……はい」
その時に聞こえたちょっとの喧騒と明かりがオレの体を照らした。
どの時代にも、どの世代でも「体の悩み」ってのはある。それを解決することができるのが「筋トレ」だ。
ただ、その解決方法がまだ周知されていない。興味はあるような状態だ。
だから、なにか「きっかけ」が必要。
そのきっかけづくりは……何がいるんだ?
「…………ない市場を作るってのは、難しいんだな」
なにか、こう、目の前にあるのに手が届かない感じ。
──「理想の体ァ……? ねぇな。あ、酒おかわり頼むよ」
──「仕事ができりゃあそれで十分さね。わるいなぁ兄ちゃん」
…………まてよ。
「なんで、元いた世界じゃあ筋トレをする必要があった?」
理想の体を得る必要があるから。
体調を整えたいから。
生涯かけて健康でいたいから。
「違う……それは、あくまで余裕がある状態での思考だ」
ガチャッと後ろの扉が空いて、アッパコムとイリアが顔をのぞかせた。
「ふああ、終わったぞ。カシ?」「主人? 風を引きますよ?」
「…………便利だったから、か」
元いた世界で筋トレをする必要があったのは、便利で、余裕があったからだ。
日銭を稼ぐ世界で、筋トレをする余裕はない。
日々に活動量が高いこの世界では、筋トレをするという意識にならない。
この世界はデスクワークもなければ、ある程度の食が乱れても活動量が高いからそこまで悪い体になることはない。
ってことは、そうか。一般人には筋トレを広めるには障壁が多すぎる。
「だったら、今のターゲット層は──」
バッと振り返った。首を傾げた彼女。
「軍隊や、スポーツ選手の筋肉が必要な所か」
なんだそうか。それもそうだ。元いた世界とまんま同じな訳がないのだ。
オレがまず狙うべき層はこの飯屋に来る人達じゃあない。ここにいる層は後々の、筋トレの文化がある程度広がってから。
「イリア! アッパコム! 明日は暇か!?」
よし、よし、これだ。まずは受け入れやすい層を狙っていかないとな!
「王国軍に、筋トレを売り込みにいくぞ」
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