18 基礎代謝とバスト、ヒップまで分かるのか……


「ぐぅ、ふっ……ぁ! ぬぅっ……ふぁあ……ちかれたあ」


「おつかれさま。いまのが、ベンチプレスっていう種目。羽は痛くなかった?」


「ウン! 大丈夫」


 お、キレイなVサイン。まだやっぱり余力は残ってるみたいだけど、初日から追い込んだら嫌いになるかもだしな。

 一応、そこらへんは見定めないといけない。トレーナーってのは押し付けがちな生き物なのだ。


「うん、やっぱり。あまり重たくならないように筋肉がつきにくいというか、飛ぶ以外の不必要な箇所にはつきにくいってのが種族としての遺伝みたいなもんか」


 記録を付けながら観測ワンツースリー。


 体全体の筋肉量は胸に偏ってる。あと少し背中って感じ。見た目どおりではあるが、ここまでとは。

 とりあえず、各部位で代表的な種目をやってもらった結果、ラットプルダウンが女性平均よりも少し高いくらい。あとは、平均以下。

 胸トレは男性平均よりも少し強いくらいときた。


 ベンチプレス。人生はじめてで、50kgが6回。

 いやあ、ガリガリの男性諸君が涙目になっちゃうよ。異世界基準だからまだなんとも言えないが、正直に言うとまだまだ伸びる気配しかない。

 エルの胸はいわば『早く飛ぶための筋肉』で使い方が違う。それをベンチプレスっていう、押す系のちからに変換できるようになったら化けるな。


「カシち〜……終わりぃ?」


「終わり終わり。今日はフォームチェックと全体的な筋肉の確認のつもりだったからな。エルは体が硬い所がないから、可動域も取れるし、フォームも習得が速い。今日は早めに終わろう」


 日付が分からんから、一回目のエルの記録としてトレーニングノートに記入。よしよし、次回以降はこれの記録を見ながらできる種目数を増やしていこう。


「そうだ。エル。今日の昼頃はあいてるかな? みんなの料理のために食材の買い出しをしたいんだけど」


「今日は一日中暇だよ! 買い出しについていっていいの!?」


 うお、期待の眼差し。エルからしたら企業秘密を教えてもらえるって感じなのかな。

 なにもそんなすごいもんじゃないぞ。卵と胸肉っぽいのを買うってだけだ。後はキノコ類があればいいんだが。きのこはかさむからな、腹が膨れるんだ。


「荷物持ちでの参戦になっちゃうけど」


「腕っぷしには自信があるから……!」


「よしきた。とりあえず、この後はマレウスとイリアのトレーニングが入ってるからその後になるな。」


 金さえあれば胸肉じゃなくて他の食材も試したいが、なにせみんなで飯屋の仕事を回してるくらい貧乏だ。マレウスも家があるだけで、金はないって言ってたしな。


「じゃあ、とりあえずはプロテインを飲んどいてくれ。すぐに飲むと気分が悪くなるかもだから、ちょっと時間を置いてからでいいからな」


「分かった〜! じゃあ、またお昼に!」


 納屋から出ていくエルを見送り、ベンチに腰をおろした。走り方が鳩とかにちょっと似てるのが面白い。これで首が前後に動いてたらまんまそれなんだが。


「エルの食事に関しても調べないとなあ……でも、基礎代謝とか分からんし……」


 あ、まてよ。


「ンッ!? エル!! エル〜!」


 そうか、思い出したぞ。忘れてた。あの『オカケン』に話したじゃないか。


「どしたのっ!?」相変わらずロケットのように飛んできたエル。


「ちょっと、こっちに」手招きしてベンチに座ってもらう。


 できるかどうか分からんが……とりあえずは、いつもをしてるように。PFCバランスを──あ、やっぱりだ。

 このボード、表示させられる情報を変えることができるようになってる。


「? ンヘヘ、ピース!」


 ボード越しに笑うエルの基礎代謝も丸わかりだ。おっと、ソレ以上の情報はいけないよ。さささ、と。ちらとバストとかヒップとかの情報も見えるようになってやがった。

 あの『オカケン』め、凄い機能じゃないか。

 これがあれば「俺の身長? 180cm」って言う178cmに騙されずに済む訳だな。最高だ。


「エルは基礎代謝が……おぉ、1800か。なるほど、分かった」


 確か元の世界の女性の平均の基礎代謝が1200とか1400とかそこらだったハズ。

 やっぱり、ちょっと筋肉量なりなんなりが多いから代謝が高いのか。あと、活動量もエルは高いからなぁ。


「きそたいしゃ?」


「何もしなくても消費するエネルギーのこと」


「ンェ!? ど、どういうこと!?」


 あ、勿体ないじゃんって顔してる。

 確かに初めて聞くと「バケツに穴があいてる状態」で、いたずらにエネルギーを消費してるように聞こえるかもしらん。が、基礎代謝ってのは偉大なんだ。


「エルも俺も生きてるだけで臓器を動かしたり、体温を一定に保とうとしてエネルギーを消費してんだ。命を維持するのに必要なエネルギーだな。で、筋肉がでかくなればなるほど、燃費が悪くなる」


 体がデカイヤツは歩くだけで重労働だ。エネルギーの消費量はえげつない。

 その上、筋肉ってのは脂肪よりも密度がどえらいから、筋肉だるまってのは生きてるだけでエネルギーを消費し続けるんだ。

 女性が男性よりも基礎代謝が低いのはこれだな。筋肉量が男性よりも少ないから。

 オレが総理大臣になったら「筋肉発電」ってのを作ろうと思ってた。どうにかこうにかできるはずだ。科学の力をオレは信じてる。オレに清き一票をくれ。


「……? そのエネルギーが足らなかったらどうなるの?」


「体に不調が出たり、筋肉量が減る。結果として体が「エネルギーが不足してるから蓄えないと……!」ってなって、太りやすい体になる」


 女性がやりがちなダイエットの第一位「何も食わん(食べる量を極端に減らす)」


 昔にアルバイトしてたフィットネスクラブで、同じ女性スタッフが「ダイエットって何したら良いんだろ。とりあえず、断食かなあ」って言い出した時は目玉が飛び出るかと思ったし、耳もとうとう中耳炎になったかと思った。


 何も食わないと基礎代謝が下がる。で、太る。

 何も食わなくても結局は太る。

 だったら、基礎代謝よりも上のカロリーを摂取しながら、有酸素なり筋トレなりの運動でエネルギーを消費したほうが健康的に痩せられる。


 え、面倒くさい? でもダイエットをしたい? だったらずっと意味分からん健康器具とか、意味分からん料理を食っとけ。

 オレは知らん。一生「ダイエットしたい〜」って言う姿がお似合いだぞ。いやまじで。


 は? そこまで言うなら第二位はなんだって? 「意味の分からん有酸素運動信仰」だよ。

 ジムで「夏までに痩せたい」って来る男性も女性も口を揃えて言うぞ。


「食べる量を減らして、走れば痩せれるんでしょ? だからジムに契約しに来ました」って。


 いやいや、外を走ったらいいだろ。無料でできるぞ。雨が降った時に走れない? カッパ着て走れ。

 有酸素運動のしすぎに加えて、食事量を減らすと一気に筋肉の分解される。


 あ、「オレ、筋肉は既についてるから、筋肉はもういらないの。気にしないwww」外仕事のお兄さん方によく言われるのがこれね。

 で、「筋肉なんかつけたくないのよ。痩せたいの!!!」これは女性に多いな。言われすぎて耳にタコができた。今度手術で取るつもりだ。


 まぁ、痩せれるのは事実だ。


 で、筋肉も無くなって、続けられなくて、太って、なんなら基礎代謝も落ちてるから前より痩せにくい体になって、ジムを退会する。

 短期間のこの手のダイエットはまじで気をつけろ。オレは口を酸っぱくして言ってる。


「えぇっと……結局、なにをしたら……?」


 おお、いかんいかん。時折発作が出るな。


「結論! ちゃんと飯は食えってことだ。エルは飯を食うのは好き?」


「大好き!! 特にカシが作る料理は美味いっ! あと、コレ!」


 ズイとプロテインを掲げた。しゃかしゃか。そうだな、ちゃんとシェイクしないとだ。


「ならよかった。エルが理想の体になるために、俺も頑張るよ」


 二人でえいえいおーとやって、次のお客さんを迎えた。次は、マレウスだ。

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