19 カウンセリング#マレウス#イリア
マレウスとのカウンセリングは順調に終わった。
といっても、そこまでマレウスは自分の体に不満がないらしい。
ただ、体の悩みだけを聞くのがカウンセリングじゃない。マレウス達はお客さんであり、オレの夢を手伝ってくれる仲間たちだ。
他にある悩みも聞き出していくと、マレウスには体以外にある悩みがあった。
「精神的なもんじゃがのぉ……わしは、マレウス家の出来損ないなんじゃ」
マレウスという家系について、カンナから少し聞いた程度で後はほとんど知らなかった。
話すつもりはなかったそうだが、もう「マレウス家」というのが知られてしまった以上、全部話してしまおうとなった……らしい。
マレウスの家系は、王家に仕えていたこともあるほどの
彼らの技術は、魔法を宿す技術。武器や防具、道具に至るまでありとあらゆるものに魔法を込めることができるのだという。
あ、オレはもちろん深刻そうな顔をして聞いてたが、なんのこっちゃ分かってない。が、凄い技術らしい。
で、肝心のこのマレウス家の三男は昔はその技術を使えていたらしいが、ある日を境に作れなくなったのだと。
精神的なものか、老いか、なにかはわからない原因不明。ただ、作ろうと思うと手先が震えて細かなものができなくなる。
失敗をして、更に失敗をして、するのが怖くなったと。
それから
「コレがワシの全てじゃ、で、酒に溺れとるんじゃがのぉ。わしを慕っとったモンには悪いことをしたわい」
「なるほど……」
道具に魔法を込める技術。想像が付かないけど、凄い技術なんだろうなぁ。
オレからアドバイスできることってあるのか? うむ、元の世界で少し内容をかんがえてみると、何が当てはまるか。
もともとできていた動作ができなくなるってことは『職業性ジストニア』に関係があるように思えてしまうが、どうだ。
職業性ジストニア。いわゆる、イップスってやつだな。
前にできていた動作ができなくなる。で、なんでできないんだとドツボにハマっていく。
一概に「コレ」と断定できない状態で、なにか処置をするのもあまりよろしくない。あと、オレは医者じゃないからな。変にやって悪化させるのよろしくない。
とりあえずは様子を見ながら、できる範囲のことをやっていこう。
「話を聞いてる限り、今のマレウスに必要なのはリフレッシュだな。その状態になったのはいつからだ」
「ここ数ヶ月前じゃが」
「ならなおさらリフレッシュだ。一旦、気分を楽にするのが良い。でも、こういう時に楽にしてって言われてもできないだろうから、筋トレをしよう」
「……結局そうなるんかいな」
「筋トレってのはいいぞ。悩みとかが吹き飛ぶし、体も気分も器もでっかくなる」
イップスは主に「脳みその指示通りに体が動かなくなる状態」だ。
怖い監督に、怖い先輩に、今までやってきたことを否定されたり、新しい技術を押し付けられたり、過度なプレッシャー状態、ストレス状態になった時になりやすい。
が、メンタル面が強靭で、運動神経といわれる「頭の指示通りに体を動かせれる」ヤツはなりにくいとも聞いたことがある。
これが職業性ジストニアだったら、投薬とかになるんだが、オレにはそんな知識はない。
あるのは筋トレとそれにまつわる経験と知識だけ。オレができることを全力でさせてもらおう。
「じゃあ、まずは酒を辞めることだな」
「なにぃっ!?
「じゃあ、コイツを試しに飲んでみてくれ」
事前に準備をしておいた飲み物を渡した。マレウスはその缶を受け取って、不思議そうに眉をひそめる。
ゴクッと一口。目を瞬かせた。
「なんっ、じゃあこりゃあ。酒か? 酒にしても……ンンッ?」
「それ、ノンアルコールビールっての。どう?」
「あんまし肌には合わんのぉ」
「そっかぁ。まぁ、飲んでるの火酒だもんな。作り方が違うか」
火酒。ウイスキーとかウオツカのことだ。アルコール度数高めのお酒。
ノンアルコールビールに変えれたらいいかなと思ったが……まぁ、好みもある。
そもそも、火酒は糖質がビールとかに比べて少ないから太りにくくはある。といっても、アルコール度数が高いのがなぁ。
いや、まてよ。この世界の筋肉たちは飯屋で普通に酒を飲んでたな。酒を飲んだら普通は筋肉の合成に悪影響があるはずなんだが……。
アルコールは体重1kg×1gまでなら良しという話もあるが、その上限がこの世界は高い……?(※諸説あり)
……ん〜、筋肉の合成を阻害する一定量の上限がかなり上がっているとしても、だな。
「じゃあ、酒は飲むにしても、段々と飲む量を減らしていこう」
「そんなあ……」
「っていっても、酒を飲みながらボディメイクをしてる人もいるから大丈夫」
「ならええが……いや、酒に依存するのはいかんのは分かっとるんじゃが」
うんうん。飲んでも飲まれるなってな。よく言う話だ。
嗜む程度ならいいんだ。オレも毎食後にコーヒーと作業中にも飲みたいし。
でも、依存ってのは違う。マレウスは依存しかけている状態だからまだある程度の処置で大丈夫だが、本当に依存してる人は凄い。身内にいたからなぁ。酒と煙草と女。いや、昭和の人間ってのはアレが当たり前だったのか?
ま、アルコール依存とニコチンに依存していたヤツが身近にいたから、ああはなってほしくないって気持ちが強い。
「大丈夫だ、マレウス。一緒に頑張っていこう。あと体は全体的に大きくするって方向でいいかな?」
飲まない方がいいのは事実だ。
あとは、マレウスのストレスの具合を見ていきながらだな。
◇◇◇
「イリアはカウンセリングといっても、そんなにやることはないな。……理想の体はどんなだ?」
「でかく、強く、逞しい体になることだ!」
既に逞しいんだが、さらなる高みを目指してるってことだな。素晴らしい。
でも、この子は自分が「体がでかすぎて追放された」ってことを理解してるのか? 理由はよく知らんが、むしろもっとでかくなってやろうってことか。最高じゃねぇか。応援するぜ。
「イリアが目標の体に近づけれるように俺も全部の知識を総動員して応援するよ。頑張ろうな!」
「お、おう!」
うんうん、イリアはこの調子でいいな。
最初に会った時から随分と表情が変わった。捨てられた子犬みたいな顔をしてたのに、今となっては元気でムキムキな女性だ。
「だったら基礎的な種目をまず熟しつつ、種目数を増やして行こう。フォームチェックも入念に行いつつ、食事面も気にしていこう。筋肉量で言えば、一番大きいから食事量も他のみんなよりも多くはなるだろうが、頑張れるか?」
「う、うん……」
カウンセリングシート(トレーニングノート)にメモを足していく。
よし、基礎代謝もばっちし。約2500くらいか、凄いな。筋トレをしてる男性よりも高い数値だ。
女性でこんなに代謝が高い人を見たことがない……やはりイリアは凄くデカイ。
「日常的な行動レベルもイリアは高めだな。素振りとか、ランニングとかしてるし。筋肉を大きくするためには、ランニングをウォーキングにしてもらいたいが……そこは気にしなくてもいいか」
あくまで、彼女らに合わせた方法を考えるのがオレだ。決まった型に当てはめようっていうのがそもそもの間違い。
「となると……一旦筋肉を大きくするために3000カロリーオーバーの食事くらいか。さすが異世界、すごい」
「カシは、なんでそんなに優しいんだ?」
「え、俺が優しい……?」
なんだその質問。え、あ、でも凄い真面目な顔してる。うわ、すごい頷いてるし。
急にどうしたんだ? 岡山出身の俺が優しいわけないだろ。
ちなみに俺は優しくない。本当だ。だって口悪いのは自覚してるし、たまに暴走するオタク気質なところがある。それで何人の女性が離れていったかわからんのだ。性格に難あり。う〜ん、ここらへんは親譲りだな。
「だって、カシ、この帽子のこと、なにも聞かない」
「えっ」
聞いていいやつなのか? そのベレー帽みたいなやつ。
褐色の肌で、白い髪で、黒いベレー帽と。東京にいそうな、いや東京をしらんからなんとも言えんが、ファッションだなとは思っていた。
筋トレ中も変に固定されて動かないし。なにそれ。聞いていいなら聞くけど……。
「あー、イリアー……えーとな、俺は優しくない。イリアやマレウス、他のみんなと一緒にいる理由はオレの夢を叶えたいからだ」
そう。あくまでそこが目標であり、完全なる善意でやってるわけじゃない。
優しいってのは無性の愛を振りまくヤツだ。オレにはそんな余裕はないんだよ。ガンジーか。岡山のガンジーになれっていうのか。
「ちなみに、帽子のことは気にはなってた。が、言いたくないことなら良い」
異世界に対して理解度が浅すぎるからな。変にヤブに手を突っ込んで蛇が出てきたら困る。
「でも、優しい」
「優しくない!!!!」
「優しい!!!」
「やめろお!! そんなキラキラした目でみるなぁっ!」
自分のことは自分が一番良く分かってるのだが……イリアがここまで食い下がるとはなんだ。
なにかあったか?
「とりあえず、カウンセリングはここまで。後はトレーニングをしよう。イリアは毎日来れるから、今日は上半身のフォームチェックをしようと思う」
「…………」
膨れやがった。そんな「コイツ、話し反らしたな?」って顔されても困るんですが。
「また話そう。とりあえずは筋トレだ。昼からエルと買い出しに行く予定もあるから」
「なにっ!! 私も行くぞ!!」
「イリアは今日は飯屋で仕事だろ?」
「それまでの間なら一緒に行ける!! 行くぞ!! 行こう! 行く!」
ほあああ〜、近いぃ。すげぇや。イリアさんすごいです。デカイです。
「分かった分かった。じゃあ、一緒に行こう」
うわ、ガッツポーズの時の腕すご。なにその筋肉。おれがしってる上腕二頭筋ですか?
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