14 これが、オールインワンラックの”力”


「グヌゥゥゥゥウウウウ!!」


「あと二回は行けるよ! 頑張って、頑張れマレウス! ガンマレ!」


 みんなは最初こう思ったんじゃないかな? 『ダンベルがないのに、腕とか肩とかを鍛えられるの?」って。


 力こぶとかを鍛える時にみんなは「ダンベルアームカール」って言って、筋トレの代名詞のダンベルを持ったまま腕を伸ばして、ダンベルを上に持ってくるっていうトレーニングをよくやってるよね。うん、なんでアレあんなに有名なんだろうなぁ。


 繰り返し言うけど、筋肉を鍛えるっていうのは【負荷をかけて筋肉を伸ばし、縮める】ことだ。

 上で言った腕の曲げ伸ばしで力こぶが鍛えられるってことは、その動きに負荷さえかけれたらダンベルじゃなくても鍛えられるって訳。

 だから、今はマレウスにケーブルマシンでも「ダンベルアームカール」ならぬ「ケーブルアームカール」をしてもらっているって感じ。


「はい、終了〜。じゃあ二分間くらい休憩しよっか。あと二セットは重量を重めにしてみるね」


「はっ、重め!? いまのでも十回くらいしかできなんだんじゃぞ!?」


「いけるいける。頑張ってみよ〜」


 初めての筋トレでこんな重量を扱えるなんてさすがマレウス。腕がデカイ。

 といっても、最初はそんなに重たい重量でやってない。フォームチェックも兼ねて、ある程度の重量で調整中だ。

 

「……こんなのをどこから持ってきたの?」


「どこからって言えばいいのかな。スキルでって言えばいいのか? みんなに筋トレの後に飲ませているプロテインもスキルだぞ」


「そんなスキル聞いたことないけど」


「まぁ、俺も詳しくは知らん。が、考えるよりも感じたらいい。じゃあ、マレウス、3セット目行こうか」


 ガチャンとピンを指し直す。頑張れマレウス。

 

「ヌグゥゥォオオッ!」


「このケーブルマシンのいいところは、上げる時も下ろす時も負荷が乗り続ける所だ。こんなふうにな」


「グヌォ!?」


「この前、適当な入れ物に砂を詰めたやつを渡したろ? あれは、負荷が乗らないポジションがあるんだ」


 ダンベルを買うのにためらう人や、女性で初めて筋トレをする人にもおすすめしてる。ペットボトルに砂を入れたらそれなりに重たくなるからな。ダンベルは重たいし、捨てるのも面倒くさいんだよ。


「だから、このトレーニングは丁寧にすればするだけ良し。変にフォームが崩れないようにな、マレウス、ちょっと崩れてるぞ」


 ちょっとくらいは反動を使ってもいいが、フルストレッチでできるならやったほうがいい。

 今日はお試しだから、そんなに多く種目をするわけじゃないし。

 が、マレウスには後三頭筋(にのうで)と肩をしてもらう予定だ。頑張れ、マレウス。負けるなマレウス。



      ◇◇◇



「なによ、これぇっ!」


「なにって、みんなだいすきだろ? ラットプルダウンだよ」


「私もやる必要があるって聞いてるの!」


「あるに決まってるだろ!!!! ほら、肩に力が入ってる。腕で引っ張ってる! ほら!!」


 カンナにもやってもらっているのは、女性も男性も大好きラットプルダウン。他のマシンよりも目立つし、なんか面白そうって触れたが最後「なにこれ」ってなるヤツ第二位だ。ちなみに、第一位はケーブルマシンな。

 動きは単純だ。上から下に引っ張るだけ。でも、奥が深い。


「はっ、はっ……」


「カンナ、今は背中を鍛えてるんだぞ」


「なに、よぉ……! 難しいんだってば……っ!」


 うんうん、わかるわかる。初心者は絶対にうまく引けないし、引けてたとしても「これで合ってるんですか?」となる。

 背中の筋肉ってのはわかりにくいからな。


「マレウス! 脱げ!」


「なんじゃあ!?」


「いいから!! そら!! いいか、カンナ、もう一回おさらいをするぞ」


 脱いだマレウスの背中、亀みたいだ。すげぇ。背中もしっかりと広がってるからマレウスはいい体をしてる。

 

「カンナ注目! あ、ガシャンって戻すなよ。ゆっくり、ゆっくり、そう……」

 

 ──ガシャンッ。


「ひっ」


「……次からはゆっくりと戻してくれると助かる。壊れたら大変だからな」


 ジムにもよくいるから慣れた。ガシャンガシャン言わせる人。あれなんなんだろ。威嚇してんのかな。

 普通に考えて「こんな音を立てるのはおかしい」ってならないのか? イヤホンとかヘッドフォンのしすぎで耳がイカれてんじゃないか。ゆっくり降ろすんだ。動作を丁寧にするのも筋トレの内だぞ。


「で、だ。背中の筋肉ってのは色々ある。それを説明するぞ」


 背中の筋肉はたくさんあるけど、初心者のみんなに覚えてもらいたいのは二つ……あ、いや三つ……4つ……いや、三つだな。三つでいいだろう。あ、待て、説明のために二つに絞ったほうがわかりやすいか。

 

「ここ。僧帽筋。分かるか。僧帽筋。みんなが肩こりだなんだって言ってるのはココ。カンナ、肩を竦めるってどんな動きだ?」


「……こう?」


「そう! その時にどこを動かした?」


「背中の上らへん……」


「そこが僧帽筋だ」


 背中の筋肉の一番上って覚えとけばいい。こういうのは感覚だ。

 首から肩、そんで背中の上部にある僧帽筋。コイツはみんな無意識に動かす癖がついてるからなんとなくで分かるだろう。

 が、問題は次だ。


「次、広背筋。これな、背中の中央から脇下から上腕骨……ここだ、ここに繋がってる。面積が広いから二つに分けて『上の方』『下の方』で鍛える必要がある」


 一般的に背中と聞いて、思い浮かぶのがコレだ。

 湿布とかのCMで背中にペチンって貼ってるのあるだろ。あれは広背筋の『下の方』だ。【背中の広がり】とか『逆三角形』とか言われてるのはここが発達してるからだな。

 

「この僧帽筋と広背筋ってのは、背中に下から上に駆けてある真っ直ぐのラインから腕側にかけて繋がってる。(厳密にいうと違うが)木の幹から枝が生えてるって感じだな。から、それを曲げて、縮めようとするとどんな動きでできるかっていうと……マレウス、バンザーイ」


「む? バンザイ……なんじゃ」


「はいはい。このバンザイの状態からまずは僧帽筋を縮めます。じゃあ、マレウスこっちに水平に腕を伸ばして」


「こうか?」


「そう、で、そのまま平泳ぎみたいにする」


「ひらおよぎ……」


「あ、カスカスダンス?」


「カスカス……?」


「ん〜……両肘を後ろ側につけようとしてみて」


「この状態でか!? 無理じゃ無理じゃ」


「まぁ、やってみて。はい、まぁ、こうなる。でも、動きとしてはこれだ。腕を前に水平に伸ばして、両肘を後ろ側でくっつける……まぁ、肩を寄せるって感じ。これで僧帽筋は縮まる。はい、次は広背筋だ。マレウス、バンザーイ」


「またか……耳長がすればええじゃろう」


「それもそうか。今鍛えてる途中だしな。はい、バンザーイ」


「……ばんざーい」


「じゃあ、触ってもいいか?」


「え?」


 まぁいいか、セクハラで訴えられることはないだろうし。


「うぇっ」


「カンナ、広背筋はこのラインでついてる。背中の真っ直ぐの線から脇下辺りに。で、それを縮めようとすると、両腕でガッツポーズするみたいにおろして来てもらえるか?」


「え、あ、の」


「ん? ガッツポーズが分からんか? こうだ、こう」


 分からないのか? まぁ、手首を握って実演したほうがわかりやすいだろう。


「触るぞ」


「え、うあっ」


「これで、っと……。今、肘が曲がったバンザイをしてる状態だ。まぁ、降参〜撃たないでってポーズか、カニさんだ。で、このままだとちょっとしか縮めれてないから、両肘を尻辺りでくっつけようと降ろすと……はい、縮まった」


 壁から上に顔をのぞかせて、向こう側を覗いてるみたいなポーズになる。まぁ、こんな手幅広くて、肘が内側に向いてるやつはいないだろうが。


 オレがトレーナーしてる時、両肘の延長線上を尻の上らへんで結ぶようにって伝えてたが、表現が伝わらないとここまで苦戦するとはなぁ……異世界の洗礼よ。


「って、なんでカンナは涙目になってるんだ?」


「……なんでもないわ」


「痛かったか? ごめんなさい」


「なんでもないっての!!」


 なんだ? よく分からん。


「じゃあ、その動きをマシンでしてみようとすると、懸垂とかラットプルダウンの上から下に引っ張る動作になる訳だ。体を傾けすぎると背中の中でも上の方に効くようになるから気をつけるんだぞ」 


 ◯ラットプルのマシンの真下に座る。

 ◯鎖骨と胸の上部あたりに目掛けて真っ直ぐ降ろす

 ◯背中を縮めるイメージを持つために、肘から降ろすって意識。

 ◯腕を上げる時は完全に負荷が抜けきらない(バンザイしない)ようにする。


 まぁ、ここらへんだ。ラットプルダウンのマシンの説明書きにも書かれてあること。

 

「はい、カンナ上手〜。いいぞ、背中が元からいいからすぐに習得すると思ってたんだよ。はい、ここな、この筋肉だぞ」


 うん、しっかりと縮まってる。素晴らしい。


「……うん」


「よぉし、じゃあ重たくしてみよう! 今日は、初めてのマシンの日だからな! 充実した一日にしよう!」


 マレウスにプロテインを飲ませている間に、カンナにラットプルの他にローイングを教えてその日は終わった。

 いやあ、充実充実。これで、オレもマシントレーニングに復帰できるんだ……感動だ。異世界でマシントレーニングができるなんて……。

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