10 腹筋だけして帰るのだけは辞めてくれ


「腹筋は正直に言うと、鍛えなくて良い訳だ」


 というのはかなり語弊があるが、まぁ、概ねその通り。

 初心者の内は、優先度なんか分からんからな。これくらい強く言ったほうがいいこともある。


 で、筋トレにのめり込んでから「あ、やっぱりやりたいな」ってなったらやればいい。それくらいの優先度だと思ってる。


「腹筋は最初にも言ったが、痩せてったら自然と出てくる。だから、そこまで必死こいてやらんでも良い。鍛えてもつく筋肉量ってのは知れてるからな」


「じゃったら……なんでこんなキツイのを」


「腹筋をやる目的は、腹回りの血行を良くするためにやってる」


 人それぞれだろうが、オレはこっち派だ。

 腹筋で最も誤解されてるのが「腹筋をしたら腹回りが痩せられる」ってヤツだ。何回も言うが、部分痩せなんて無いんだよ。変なダイエットの知識を持つな。

 

「腹回りについた脂肪ってのは落ちにくい訳だ。血が流れにくいからな。じゃあ、比較したいから腕とかふくらはぎとか見てみるか。イリア」


「ム……また私か」


「じゃあ、いいや。じゃあ、マレウス」


「ほっ、わしか……ちょっち、まてよぉ……っと」


 おいおい、自分で面倒くさそうにしてなんでイリアは怒ってるんだよ。


「正直に言ってしまえば、マレウスは若干太ってる。美味いもんが好きって言ってたもんな」


「そうじゃぞ、美味い飯、度数の高い酒、デカイ女。これこそが幸せっちゅーもんじゃ」


鉱人ドワーフっていつもそう」


森人エルフは野菜だけ食べて、薄い体をしとけばええんじゃ」


「なんですって?」


「なんじゃあ?」


 イリアから事前情報で聞いてたが、本当に種族で仲が悪いとかあるんだな。


「カシ、話の続きを」


「食事とか運動とかをそこまで気にしていないマレウスでも、腕周りはほら。ムキムキだろ」


 いや、すごいな。間近でみるとやっぱり凄い。普通のトレーニングじゃあ付かないレベルで前腕から二頭筋三頭筋が発達してる。肩も凄い。

 で、ふくらはぎも思った通り、すこし脂肪はあるがタプンタプンじゃあない。重たい体を支えてるし、飛んだり跳ねたりさせてくれるからな。


「常に動かす部位ってのは、痩せやすい。でも、腹部になると痩せにくい。人体の構造上、そこまで動かす習慣がないからだ。腹を動かす動作なんて日常的にしてるか?」


「してないわね」「うん。してない」


「なるほど、じゃからここに脂肪っちゅーもんが溜まりやすいんじゃな?」


「もちろんそれだけじゃない。歳を取るにつれてストレスでついたり、女性だったら子どもを産むために付きやすいってのがある」


「あ、だからわたしのお腹は……」


「そうだな。子どもを──」まて、これはセクハラになるんじゃないか?


 今の時代、ちとそういうのが言えない世の中だ。

 口を滑らせてみろ、糾弾されるのが日本……あ、ここ日本じゃねぇや。

 

「授かってもいい準備ができてるって訳だな。子どものためのクッションだと思えばいい」


「ぷにぷにだよ、触ってみる?」


「え、遠慮しとく」


 ルポムの奴め、女性耐性が無いんだな。エルからの提案だけで顔真っ赤にさせちゃって、まぁ。


「ちと、カシ殿。その手の話ですと、カンナ殿とイリア殿は脂肪がついてないように見えるのですが」


「良い質問だ」


 岡山でジムとか講習会みたいなのをやってた時は、じゃあこんな質問を飛ばしてくるヤツはいなかったからな。新鮮だ。


「二人は、活動量が高いってのがある。イリアは騎士団に、カンナは冒険者だ。全体的に筋肉量が高いのが一つと、後は腹圧をしっかりと使えてるってのがある」


「腹圧……?」


 イリアとカンナは自分の腹部を上からさすった。


「力を込める時、フッって腹筋に力を入れるだろう? それが腹圧だ。重たい物を扱ったり、体幹を固定して力を発揮する時に使うヤツだな。それだけで腹回りの脂肪が落ちる訳じゃあないが、筋肉の内側にあるインナーマッスルってのがそれで鍛えられる」


「といいますと……自然と、お腹辺りを使っているのと、活動量が高いから痩せていると」


「そうなる」


「ご教示していただき、感謝致す」


 ゆるやかに手を合わせたアッパコムに頷く。

 あとは脂肪を溜め込みやすい白色脂肪細胞の量が多いってのもあるが、まぁ今言っても混乱するだろう。

 長ったらしい説明はオレの悪い癖だ。柄じゃあないんだよ。


「ありがとう、マレウス。腹筋を鍛える理由はこれだ。後は、体幹や姿勢の改善ってのがある。若い内は良いが、年をとった時に体のバランスが崩れたままだったら変に負担がかかって怪我をしやすい。この手の話はよく建物とか土台で例えられる。マレウスなら分かるだろう?」


「あぁ、鉱人ドワーフの仕事は土台を何よりも重視する。いい下地がなけりゃあええもんが立たんでな」


「そういう訳だ。じゃあ、休憩もしたし、最後の種目に行こう。ワイパーだ」


 おぉ、最初の方は愉しそうだったのはイリアだけだったが、みんなの目が変わったな。


 ワイパーって言ってるが、いろんな言い方がある、ロシアンツイストっていう人もいれば、ウィンドシールドワイパーって長ったらしく言う人もいる。

 が、覚えやすいようにでいいんだよ。


「仰向けに寝転んだまま、足を上げる。ちょっと膝を曲げてもいいが、曲げすぎないように。……マレウス大丈夫か?」


「大丈夫じゃが……ちと、服を脱いでも」


「あぁ、大丈夫だ。他の人も暑かったら脱いでもいいぞ」


「じゃあわたしもー……」


 エルとマレウスだけか。体を動かすことを伝えてなかったからこれはオレのミスだ。


「その足を上げた状態で、車のワイパーみたいに振れば良い」


「くるまのわいぱー、とは?」


「知らんのか。そうか、えーと、こういう動きなんだが」


 手だけで表現してみると、ルポムが「あぁ」と納得したよう。


「上機嫌の時のマンティコアの尻尾の動きみたいにってことか」


「そういうことならわかりやすいですな」「あ、そういうことか」「なるほど、わかりやすいわ」「マンティコアかぁ、見たこと無いけど」「ちっくたっくとな、古時計みたいなもんか」


 上機嫌のマンティコアってなんだ? まぁいいか、皆に動きが伝わればいいんだ。

 

 そのまま順調にコトが進み、皆が疲れている中にぶちこむのはもちろんあの魔法の粉。

 だが、シェイカーが足りないからコップを借りるか。MPが足りないんだよ。


「イリア、みんなにプロテインを配っておいて〜」


「? カシはどうするんだ?」


「オレは今日はトレーニングしてないし、ちょっと初対面だし、色々と振る舞おうと思って」


 飯屋で借りた冷蔵庫(魔法で冷やすようにしているらしいが、詳しくはしらん)を開けて中身チェック。

 筋トレのストアには保存できるヤツとかがあったが、まだ買えないしな。だからこそのコレだ。


「食事の前と後の料理ってのは一番大事にしないとな。料理を作るから待っててくれ」

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