09 腹筋のやり方を知ってるか


 長々しい自己紹介が終わった後は、さっそく閉店後の飯屋の床で腹筋の始まり始まり。

 

「あ、腹筋って知ってるか? ちょっと、イリア、へそ出してくれ」


「えっ、カシでいいだろ」


「オレは増量期だから腹筋が薄いんだ」


「なんだそれぇ……わかったよ」


 しぶしぶ出したイリアの腹筋を触らないようにして示す。

 ここが、腹直筋。みんながシックスパックだなんだって言ってるヤツだな。

 その横が腹斜筋。腹直筋の横くらいに斜めにピシピシ入ってるヤツだ。


 説明を終えるとみなは「だからなんだ」という顔をしている。


「これは痩せたらある程度は出てくる。多分、ルポムの腹にも出てる」


 鉱人ドワーフのマレウスがルポムのぼろぼろな服を捲り、あることを確認。ほぉ、と感心の声。マレウスには無いらしい。


「だがなぁ、痩せて出てくる腹筋とか腹斜筋ってのは、太ってるヤツの巨乳くらい価値がねぇもんだ」


鉱人ドワーフの女ってのはみんながソレだ。が、恰幅の良い女ってのは抱き心地もいいもんだぞ?」


「抱き心地はな。あと、大体優しいヤツが多い。ある程度肉付きが良いのが良いのは認める」


「おぉ、話が分かる」


「だったらよぉ、その筋トレってのはしなくてもいいんじゃねぇのか?」


「しなくてもいいヤツはいる。現在の体型に満足してるやつはしなくてもいい」


「はぁ? だったら、なんで俺らは──」


「暇だろ。しばらく付き合え。後悔はさせん」


 ルポムがイリアに助けを求める視線を向けたが、イリアはこっち側だ。残念だな。


「正直、ここにいる奴らは全員が体が良い。だというのに、追放されて行く宛がなくなってる。そんなの勿体ない!!」


 ビクと体を跳ねさせたな。悪い、声がデカかった。


「良い体を持ってるヤツは、いいヤツだ。ひたむきに努力をした経験があって、自己管理がある程度出来てる。その証拠にイリアを見てみろ。騎士団出身でこの体だ。いい小麦肌で、腹筋もキレイに出てる。二頭筋もこんなに……ほらイリアさん、二頭筋。……あ、力こぶ! ほら、力こぶもデカイ。なにより、ケツもでかい。脚も最高にデカイ」


 鉱人ドワーフのマレウスが顎髭を撫でた。三編みかわいいね。


「でも、こんなに良いからだのイリアも退役させられたんだ。おかしいだろ。良いからだのヤツは、歯を食いしばりながら努力ができるヤツだ。

 そんで……マレウスの肩の腕。金槌を振ってきた時にできた手のひらの肉刺。お腹の膨れっぷりは酒の飲みすぎだろうが、その下に隠れてる筋肉は長年の修練で培われたものだ。

 アッパコムの広がりのある背中は、並大抵の努力で付けれたわけじゃない。神官って言ってるが、体幹がしっかりしてる。昔は狩猟をしてたハズだ。弓か、剣士か。おそらく剣士系だろう。

 エルの胸は種族のもあるだろうがデカイ。この前みた鳥人ハーピーよりもデカイんだ。それに努力しているのが三頭筋と前腕を見たら分かる。仕事が新聞屋さんなんだろう? 多くの荷物を持てるようにと力強い腕をしてる。働き者の体だ。

 カンナは華奢な体をしているように見えているが、背中が強い。弓を射ているのかな? 高度な弓使いってのは三頭筋と背中を主に使うと聞いた。まさにその体だ。足は軽いが、ふくらはぎが他よりも秀でている。飛んだり跳ねれる、バネのある体をしてる。

 ルポムは目を見張った。さっきのマレウスが服をめくった時に見えたのは、立派な大胸筋と腕、肩。最高に仕上がってる。元傭兵と言っていたが、血と汗を流して作り上げられた体だ」


 オレをごまかせれると思うな。何年ジムトレーナーしてると思うんだ。

 ある程度の人を見る目は養ってきたつもりだ。


「だから、オレはお前達を誘った。面倒ならやめてもらって構わん。が、ちょっとくらいは付き合ってもらいたい。いい体を腐らせるのは勿体ないからな。次の仕事探しまでの暇つぶしにしてくれ」


「「「「「「…………」」」」」」


 お、みんな素直になったな。どうしたどうした。


 イリア、なんだその目。もう服を戻してもいいぞ。え、お腹冷えちゃうよ?

 エルもどうした。鳩が豆鉄砲を食ったような目をしてるぞ。

 カンナは……どういう感情だそれ。下唇をそんなに噛んで、血がでるぞ? キレイなお目々だね。

 アッパコムは手を当てて拝みだした。なんだなんだ。いただきますか? 食われる? おれ。

 マレウスは三編みをくるくるしてる。かわいいね。あ、それ鼻髭か?

 ルポムは目が合うと、そっぽを向きやがった。くそがきめ。が、みんないいみたいだ。


「じゃあ、腹筋をするぞ。最初は、レッグリフトクランチからだ」


 クランチはみんなが上体起こしって呼んでるヤツだな。体力測定にもあるやつだ。仰向けにベタ寝した状態から、膝を三角座りにして上体を起こすやり方。

 あ、アレさ。完全に起き上がらなくていいって知ってた? 腰痛とかになりやすいからあのやり方はしないって流れになってるんだ。


 でも、昔の癖で立てた膝の上にまで頭を持っていく人がいるんだよなぁ〜。

 そんな人がいたから、腹筋でおすすめしてるのが『レッグリフトクランチ』っての。これなら物理的に体を起こせれないから、腰を痛めないし、良いんだよ。


「みんな、仰向けでベタ寝して。ほら、イリアも」


 うんうん。広い飯屋で良かった。掃除もちゃんとやったし。


「エル。羽は大丈夫か?」


「もち〜! ノープロです!」


「よっしゃ。じゃあ、次の段階だ。両足を上げて、曲げる。曲げた角度が90度になるくらいまで上げてくれ」


 90度って伝わるのかな。あ、伝わった。よしよし。


「で、息を吐きながら、上体を上げるんだけど。気をつけてもらいたいポイントが二つあるから聞いて」


 気をつけてもらいたいポイントは以下の通りである。

 ◯手の位置は胸の前か、床に置くか。

 ◯背中を丸めるというよりかは、腹筋を潰すようなイメージで。


「特に気をつけてほしいのは、手の位置な。首の後に回す人もいるが、後半になってキツくなると腕の力で起き上がろうとして、首を痛める可能性がある。それをしないように胸の前か床に置くようにな。あくまで、さっき教えた腹筋ってトコロを縮めるイメージでな。漠然とするなよ」


 じゃあ、やってみよう。何回までって? 10回を3セット? 馬鹿言うな。

 ここは教えられたことを繰り返し言う無機物みたいなジムスタッフじゃなく、お客さん一人ひとりに合わせたメニューを作るジムトレーナーが指導する場所だぜ? 


「回数は、うーん。最初だし、30回いっとくか」

 

「30……っ」


「はい、開始」


 うん、やはりルポムとイリアは強い。体がしっかり出来上がってる。

 次に強いのは、アッパコムとカンナだ。戦闘経験があるってのはやっぱり優位にでるんだろうな。

 そして、マレウスとエル。体はある程度は動かしてきたが、という感じ。伸びしろだな。


「はい、しっかり息を吐く。止めない。こら、止めないって。じゃあ、30まで行った人は休憩せずに、こっち見て〜。次はこれな。下腹部狙いのレッグレイズ」


 ベタ寝の状態の尻の下に手を入れて、足をピンと伸ばす。さっきは膝から曲げたけど、真っ直ぐな。そして上に上げて、床につかないくらいまで下ろす。

 その繰り返し。あまり上げすぎる必要はないからな。垂直まで伸ばしたら上げ過ぎだ。大体、45度くらいで良し。


「これを限界まで。で、途中でオレが止めてって言うから、そうなったら止めるんだぞ」


 じゃあ、開始だ。

 最初の3回くらいまではみんな同じくらいだけど、やっぱりズレていくな。

 

「ひっぐゥ……」エルがつらそう。顔が真っ赤だ。


「グヌゥォ!!!!」マレウスそんなに叫ぶもんじゃないぞ。呼吸だ、呼吸。


「ふぅ……っ」ルポムはやはり優秀だな。


 アッパコムとイリアとカンナは余裕そうだな。真剣も真剣、いいぞいいぞ。じゃあそろそろ。


「はい、止めて。エル、止めて。つらいだろうが、頑張れ。そうそう──あ、マレウス、無理だったか。はい、他は再開」


 そのまま順調に進んでいき、皆が息を荒くしている。次が最後の種目かな。


「一分くらい休憩の後に最後の種目だ」


「まだあるんか!!」「まだあるのぉ……?」「まだあるのね」「次はどのような修練でしょうか」「まだあるのかよ」「次で最後かぁ」


 一斉に言われたが、表情を見たら概ね好評なのが分かる。


「ま、まぁ、これで腹回りの肉が落ちる気がするのぉ……」


「そんな訳はないぞ」


「おぇ?」


「部分痩せってのは迷信だ」


 マレウス。泣きそうな顔をしてるじゃないか。かわいいな。


「じゃあ、コレはなんのためにやっとるんじゃ?」


「正直に言うと、腹筋なんか鍛えなくていい」


 ここらで、腹筋の魅力を伝えておくか。

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