第5話 リアルASMRはやめてくれ!




 と、まあ。ここまでが彼女と俺の出会いの経緯だ。


 今日も今日とて「一番の推し」を聞かれた俺は、肘をついて雨宮を見上げた。


「そもそもだ、雨宮。まずは挨拶からするのが礼儀なんじゃないか?」


「これが私の国流の挨拶なんですよ。合わせてくれます?」


「‥‥‥どこの国出身なんだ?」


「日本」


「俺と一緒だよ!」


「え?あなたって日本人だったんですか?」


「逆にどこの国出身って思っていたんだよ!どこからどう見ても純日本人だろ!」


「ふふ、ご冗談を」


「なに、社交辞令みたいに流そうとしてるんだよ!」


 隣の席になって一ヶ月。実際の「雨宮」は、Vtuberの「氷雨氷海子」とは全く違うことを知った。


 Vtuberの彼女は、王女というキャラ設定にのっとり、偉そうな話し方をするし、リスナーの需要に応えてSっ気のある発言もする。


 しかし、同級生の「雨宮」は、クラスメイトを軽く揶揄うところもあるが、基本的には物腰柔らかで、面白い奴だった。


 そんな雨宮の性格を友人に話したら、「誰に対しても揶揄っているわけじゃないと思うぞ」と返されたが。そんな訳ないだろう。


「さて。今日も挨拶として聞きますが」


「挨拶じゃねーよ、日本人」


「愛猫ミケのどこが好きなんですか?胸ですか?」


「そんな露骨じゃねえ!」


「え?じゃあ胸は好きじゃないんですか?」


「‥‥‥」


 いや、まあ。それは、色々とある訳で。すると、彼女は大きな目を細めて俺の顔をのぞき込んできた。


「へえ。やっぱり男の子はそうなんですね」


 彼女はクスクス笑っているが、俺はそれどころではない。


 くそ。なんで俺ばっかりが恥をかかなきゃいけないんだ。


 俺は少しでもやり返すため、彼女が配信で実施しづらい事を言うことにした。


「あとは、猫耳なところとか。語尾とかかな」


「‥‥‥なるほど」


 彼女は本気で困っているようだった。


 氷雨氷海子は残念ながら胸に膨らみのあるキャラクターではない。更に、猫耳もついていないし、語尾に「にゃ」なんてつける性格でもない。


 今日こそは、俺の好みに寄せることは出来ないだろう。


 「勝った」と謎の勝利に俺は浸る。しかし、それも束の間。


 気づけば、彼女は俺の方に体を寄せていた。俺の席に影がかかる。顔を上げると、彼女の端正な顔が近くにあった。


 俺が急な接近に動揺する一方、彼女は余裕の表情でニヤリと笑った。


「なるほどなるほど。では、須藤くんは、猫耳をつけて「にゃ」と言っている女の子が好きなんですね〜」


「っっっ」


 物腰柔らかな面白いやつ?


 前言撤回。雨宮にもSっ気はある!!


「そんな女の子が好きだって伝えるなんて、私にそれを演じて欲しいんですか?」


「お前が聞いてきたんだろ‥‥‥っ」


「でも、言ったことは本音ですよね」


 俺は言葉に詰まった。本音ではある。本音ではあるが!!


 くすりと笑った彼女は、唇を俺の耳に寄せた。


 吐息がかかり、花の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。




「変態、ですね?」




「〜〜〜っほんっとうに勘弁してくれ!」


 リアルASMRに我慢出来ず、俺は叫んでしまう。


 俺を一通り揶揄からかって満足したのであろう。雨宮はクスクスと笑って俺の元から去って行った。ちょうど登校してきた友人に挨拶をしに行ったようだ。


 俺は赤い顔を隠すために顔を上げられないって言うのに。

 あいつは、いつも余裕で俺を惑わしてくる。



 本当に、雨宮が恨めしい。




「雨宮さん、どうしたの?!顔真っ赤だよ!」


 しばらくして、そんなクラスメイトの声が聞こえてきた気がしたが、俺はそのまま聞き流してしまった。

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