第2話 2番目の推しと出会ってしまった‥‥‥
さて。彼女との出会いは一ヶ月ほど前まで
高校の入学式に出席するため、俺、須藤拓は電車に乗っていた。新しく始まる生活に期待を膨らませる‥‥‥なんてことはなく、ただただ新生活に緊張を感じていた。
俺は緊張を少しでも落ち着かせようとスマホを開き、耳にワイヤレスイヤホンを装着する。
郊外から外れた位置に向かう電車は人があまり多くなく、数駅で俺も座ることが出来た。
そして画面に映すのは、Vtuberの配信画面。スマホ画面の中では、萌え系のイラストの女の子が雑談に花を咲かせていた。
俺は無類のV好きだ。配信は必ず追うし、記念日にはスパチャも送る。好きな箱は「ぶいらいぶ!!」という女の子を主体としたVtuber事務所。
その中でも俺の最推しは、「愛猫ミケ」というVtuberである。
画面の中の彼女は、金色の髪の毛と、猫耳、猫の尻尾を持っている。彼女が体を揺らすと同時にさらさらの髪の毛も揺れ、それから尻尾と‥‥‥肩の下の大きな果実もゆさりと揺れる。また、彼女が瞬きをするたびに耳がぴくぴく動く。
語尾には必ず「にゃ」をつけて喋っており、時節見せる八重歯が非常に可愛らしい。
本物の猫であり、人間を支配するために神様にお願いして人間の姿に化けている‥‥‥という謎設定もまた可愛い。
『みんな、元気かにゃー?ミケはみんながいてくれるから元気だよー!にゃ!』
ああ、本当に可愛い。
俺は口角が緩みそうになるのを必死に抑えた。仮にもここは、電車。公共の場である。
デビュー当時から彼女を追っているが、彼女の可愛らしさと純粋さに、これまで何度も救われてきた。
緊張しすぎて、噛みまくっていた伝説の初配信も。
「ぶいらいぶ!!」主催、強制全員参加のツイスターゲームの時も。
愛猫ミケは、いつだって笑顔で頑張っていた。
愛猫ミケがいてくれたから、俺も日々、頑張ることが出来たのである。
『この間見たアニメがすごく面白くてにゃ?ぼっちな女の子がアイドルをやる話なんだけどにゃ〜』
開いた動画は、アニメについて語る愛猫みけの切り抜き動画となっていた。配信は全て追っているが、印象的なシーンやもう一度聞きたい話を切り抜きで視聴できることはありがたい。
『好きなシーン?やっぱり、ストーカーに悩まされていた主人公を仲間が助けるところかにゃ。ピンチの時に助けてくれるのってキュンとするにゃ〜』
なるほど。彼女はそういうのが好きなのかと心のメモに書き留めていると。
いつの間にか、次の切り抜き動画に移っていった。そこには愛猫みけとは別のVtuberの姿があった。
ストレートロングの銀髪に、少々吊り上がっている水色の瞳、ぷっくりした唇。水色のドレスを纏まとっている彼女は、俺の2番目の推し、
『よく来たましたね、愚民ども。納税の準備はいかがかですの?』
彼女は氷の国の王女という設定を持っていて、スパチャのことを納税と呼んでいた。リスナーからは「王女」の相性で親しまれていた。
『こんなに納税してくるなんて、本当に阿呆の極みですわ。そのお金で、私になにをして欲しいのかしら?』
少々言葉が強めな彼女は、クールビューティなお姉さん枠だ。王女という設定もあり、ドSな発言をすることもある。言葉尻の強さに反して、甘い声を持つ彼女は、一定の紳士に需要があるのだ。
愛猫ミケとは違うベクトルの可愛さがあるため、俺は彼女のことも推していた。もちろん、
『”今月の生活費、全てを納税します”?ちょっと待ちなさい、納税は義務じゃ‥‥‥ちがいます。国に払う方は義務に決まってるでしょう』
王女という設定のもと、偉そうな口調を心がけているようだが、すぐにその口調も崩れてしまう。そんなところも、彼女のかわいらしい所だった。
今日も配信すると言っていたし、どんな彼女を見れるのか非常に楽しみである。
さて。そんな風に過ごしていたら学校の最寄駅まであと少しになっていた。緊張がほぐれた俺は乗り過ごさないように前を向く。
すると、ドア付近に立っている女子高生と、サラリーマン風の男の距離感がおかしいことに気づいた。
ドアの方を向いている女子に覆い被さるようにして男は立っている。
電車の中は空いているにも関わらず、その二人だけ異様に近いのだ。親子なのかと思ったが、女子の顔面は蒼白で足は震えている。
男はねっとりした視線を女子に注いでおり、手は彼女に触れていないが、肩辺りから腰までを辿るように空中を撫でていた。
まさか痴漢?
だとしたら助けた方がいいのか?しかし、証拠もないのに。変に注目を浴びて、その女の子に迷惑をかけるだけになるかもしれない。
しかし、その時、俺の脳裏にミケの言葉が蘇る。
『ピンチの時に助けてくれるのってキュンとするにゃ〜』
そうだ。
ここで助けなければ、俺はミケにスパチャなんて二度と出来ない‥‥‥!
「ちょっと、何してるんですか?」
いよいよ男の手が女子の尻に伸ばされた時、俺は男の手首を掴んでそれを阻止した。
「は?何って」
「痴漢しようとしてましたよね?見てましたけど」
「な‥‥‥!少し近づいて匂いを嗅いだだけだろう!それに、まだ触っていない!!」
「 “まだ”ということは、する意思があったと?」
「‥‥‥」
「スマホで動画撮っていたのですが」
「‥‥‥!俺は知らん!」
「そんなこと言って‥‥‥」
その時、ちょうど駅に着いた電車のドアが開いた。すると男は、俺の手を振り払って電車を降りて逃げてしまった。
普段鍛えていない弱々な俺の腕が恨めしい。
俺は追いかけるために電車を降りたのだが。
「待って」
後ろからかけられた声に、俺はびくりと体を揺らした。だって、その声は先ほどまで聞いていた声だったのだ。
「助けてくれてありがとうございます。車両を移動してもついて来られて‥‥‥少し、怖かったから」
砂糖のように甘い声。イヤホン越しで聞き慣れた声が、現実世界で直接、耳に飛び込んできた。
「あの……?」
どくん、と。
心臓が鳴る。まさか、そんなはずはない。
ここに俺の2番目の推し、
ゆっくり振り返ると、そこには黒髪の美少女がいた。彼女は俺に続いて電車を降りてくれたらしい。彼女の後ろでドアの閉まった電車が発車する。
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