第20話 中庭での逢瀬
「ディート、そのような事を言わないの。すみません、代わりにわたくしが頂いてもいいでしょうか。このように美しく咲かせることが出来るなんて、凄いですね」
フラウラーゼはそう言って場を宥める。
その一言で落ち着いたのか気を良くしたのか、ジェレミーは空気を読まず、更なる提案をする。
「中庭に行けばもっと凄い魔法をお見せ出来ますわ。ぜひ一緒に行きましょう」
緑の多い中庭であれば、もっと多くの花々を咲かせることが出来ると自信満々だ。
それを聞いてさらにデイズファイは興味を失くしていく。
「断る。何故よく知りもしない相手と行かねばならないのだ」
図々しいその言葉にデイズファイは不機嫌さを露わにし、にべもなく断った。
ジェレミーが口を開くより早くエーヴェルが諫める。
「うちの妻がすみません」
「こちらこそごめんなさい」
二人で謝り倒した後はそれぞれのパートナーの手を引いて離れていく。
「ディート、駄目よ、人前でいざこざを起こしては」
「我を誰だと思っているんだ。あのような子供だましの何を褒めろと」
「それはそうだけれど」
精霊の王に見せたらそれは馬鹿にされたと思うに違いない案件だが、フラウラーゼのように魔法が使えない者には凄いと思えならない。
「そうだ、中庭へと行ってみよう。あの者とではなくフラウラーゼとならば別だ」
「ちょっと待って」
グイグイと引っ張られながらフラウラーゼ達は会場を後にした。
◇◇◇
中庭はライトアップされていて、幻想的である。まばらながら人もおり、鮮やかな色を見せる草花を見て楽しんでいた。
「これを満開に咲かせたら、更に美しくなるな」
デイズファイが手を翳そうとするが、それをフラウラーゼは止める。
「目立つことはしないようにね、それにこのままでも十分に美しいわ」
「そうか」
繋がれた手をそのままに、デイズファイは近くの椅子へとフラウラーゼを促す。
「では少し休もう、なれない所で疲れた」
そうは言いつつフラウラーゼを先に座らせてくれる。しかも汚さないようにとハンカチまで敷いてくれて。
「このような事どこで覚えたの?」
「ジョセフ殿に教えてもらった。女性は脆く儚いから大事にしなければならないからな」
繋いだ手から温かさが感じられた。きっと回復の魔法だろう、体の疲れが取れていく。
(疲れたなんて嘘よね、わたくしを休ませる為の口実までつくなんて)
きっと祖父が教えたのだろうと思うとくすっと笑ってしまう。
きっとこういうエスコートを祖母にしていたのだろうと思うと微笑ましい。
「パーティは楽しいか?」
「あなたがいるからとっても楽しいわ。そうでなければ、来ようと思わなかったもの」
周囲からの視線は相変わらずあるが、表立っての誹謗中傷はない。それだけでも心は軽くなるし、いつもよりも落ち着いていることが出来た。
「フラウラーゼが望むならば、いつでも共に来るぞ」
「そうなればダンスも覚えないとね」
いつの間にか周囲の人は皆会場に戻っており、やがて綺麗な音楽が聞こえてきた。
「もうそんな時間なのね」
流れて来る音楽に耳を傾けてようと思ったらデイズファイが立ち上がった。
「まだ練習中なのだが、我と一曲踊ってはくれないか?」
「え?」
まさかそこまで習っていたのだろうか。
「えと、割薬師も経験がなくてあまり覚えていないのだけれど」
壁の花として見ていたり多少練習したことはあるが、実践は自信がない。
「いいさ、慣れないもの同士、子のように誰もいない所でのダンスは良いだろう?」
「誰もいないって事はないでしょ?」
「人間はいないって事だ」
いつの間にか花の精霊が笑顔で二人を見つめていた。中庭には出られないようにと扉は厳重に蔦で塞がれている。
ダンスの途中で出て来るようなものは居ないだろうから、気づくものは少なそうであるが。
「でも」
それでも渋るフラウラーゼの手を取り立たせて、デイズファイが腰に手を回す。
そう身体に触れられては拒むものも拒めない。
フラウラーゼは大人しくデイズファイのリードに任せつつダンスを始めた。
「……いつの間にこんなに上達していたのですか?」
とても初めてとは思えない動きに、フラウラーゼは訝しむ。
「寝る間も惜しんで練習した。フラウラーゼの為ならば何でも出来るからな」
流れて来る音楽に合わせて踊っているが、ともすればフラウラーゼの方がステップを間違えそうだ。
「誰と練習したのです?」
嫉妬心、というよりは好奇心でそう聞いたのだが、デイズファイは気に掛けてもらえて嬉しそうだ。
「そんなに気になるか? 我が誰と練習したのか」
「そこまでは……」
腰を強く引かれ、足が浮いてしまう。
最早ダンスにはなっておらず、くるくると回され、目が回りそうだ。
「ちょ、ちょっと止まって」
フラウラーゼの制止にデイズファイはすぐに止まってくれたが、頭がくらくらする。心配そうに精霊達が寄ってきた。
『王様、やり過ぎですよ』
「す、すまない」
慌ててデイズファイはフラウラーゼを抱えて、椅子に座った。
「フラウが嫉妬してくれたのが嬉しくてな、あぁ他の女には触れていない。安心してくれ」
「そう、ですか」
今はそれどころではないと、フラウラーゼは目を閉じる。
目を閉じると感覚が敏感になる。
音楽に混じって何だか不穏な音が聞こえてくるような気がした。
(そう言えば中へと繋がる扉、自由になったかしら)
未だに蔦が絡まっていて、もしかしたら開かなくて困っているのかものかもしれないい、冷や汗が流れた。
「デイズ、扉……」
「あぁ。大丈夫だ」
しっかりと頷いてくれた、フラウラーゼの考えはどうやら伝わっているらしい。
「誰も来れないように厳重に塞いだ。安心して休んでくれ」
……全くもって通じていなかった。
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