第二章 周知の関係

第18話 従兄弟とその妻

 愛しい夫や可愛い子ども、そして大好きな家族に囲まれたフラウラーゼは頭を悩ませていた。


 従兄弟であるエーヴェルから、フラウラーゼに会いたいという手紙が届いたのだ。


 悪い人ではないし、心配をかけて申し訳ないと思いながらも、この状況をどう話すか、また話していいのかと色々悩んでしまう。


 世間的にはフラウラーゼは婚約破棄をした後、体調を崩してヴォワール侯爵家で療養中となっているのだ。


 その最中にエーヴェルは婚姻をし、式を挙げたのだが、フラウラーゼの出産に重なってしまって、式には参加出来なかった。


 やむを得ない事情ではあったので、詳細はしたためず、謝罪とお祝いの言葉を手紙で伝え、その後数回に渡って文でのやり取りをしていたのだけれど、とうとう会いたいと強く言われてしまう。


「ずっと断っていたのに、どうしましょう」


 デイズファイの事などどう話したらいいのか。事情を知る者は数人いるが、その他の外部の者には勿論話をしていない。


 エーヴェルは本当の事を言っても恐らく内緒にしてくれるだろう。だが、その結婚相手はどうなのか。会った事もないし、フラウラーゼもその人の情報を知らない。


(エーヴェルは心配からこうして手紙をくれたのだろうけれど、奥様はどういう人であろう)


 式にも姿を現さないフラウラーゼについて悪く思っている可能性もある。


 デイズファイに言えば情報を集めてくれそうだが、身内に対してのそれは失礼な気がする。


 悩み過ぎて頭痛がしてきたが、エーヴェルには会いたいので、祖父の許可が貰えればいいかもと思い始めた。


 数少ない手紙のやり取りをする相手だし、祖父は式に参加しているのでエーヴェルの結婚相手の事も知っているだろう。


「エーヴェルならばきっと大丈夫よね」


 ついに決心し、ジョセフに相談をした。



 ◇◇◇



「フラウラーゼ、元気そうで良かった」


 久しぶりの再会だ。


 声の調子や表情から、エーヴェルが本当に心配してくれていたのが分かった。


 会って良かったという反面、今まで避けていた事への申し訳なさも募る。


「久しぶりね、エーヴェル。ずっと会う事も出来ずにごめんなさい。ジェレミー様も式にも出られず申し訳ございません」


 お祝いの品は贈っていたが、こんなにも遅い顔を合わせとなったのは本当に申し訳ない。


 フラウラーゼの謝罪を受けたジェレミーは、気にした素振りもなく、笑顔であった。


「良いのですよ。体調が悪い時はしかたがありません、無理は禁物ですわ。でも今日はフラウラーゼ様に会えて良かったです。お身体の調子はいかがでしょう?」


「だいぶ良くなりました、ありがとうございます」


 嬉しそうな様子にフラウラーゼも安堵する。


 ニコニコとしたジェレミーは笑顔を崩さず、何かを侍女に持ってこさせる。


「ならば良かったです。実は顔合わせ以外にも用事がありまして」


 ジェレミーが出したのは複数の釣書だ。


「婚約破棄から一年以上経ちましたし、実は私の方で仲介をして欲しいと頼まれていましたの。いつまでも独り身では、何かあった時に困りますでしょう?」


 突然の提案にフラウラーゼも、そして周囲も驚いてしまった。


「あのわたくし、婚約はもうしないつもりで」


「そうすね、婚約したら婚姻までの期間を設けないとなりませんし。いっそ結婚という手もありますよ」


「結婚?!」


「えけ。今すぐでもという方もおりますよ」


 追加の釣書を持て来られ、一同更に驚いてしまう。にこにこしているのはジェレミーだけだ。


「待ってくれジェレミー。フラウラーゼに釣書を見せるのは良いと言ったけれど、こんなに大量でそんな強引には良くない」


 どうやらエーヴェルは知っていたようだ。婚約破棄の話を知っているのだから、それも仕方ない事なのかと思うが……。


「あら、だっていつまでも独身では心配だわ。ヴォワール侯爵様もお年ですし、このままフラウラーゼ様が跡継ぎになるにしても、伴侶がいないのでは長く家を保てないでしょう?」


 心配して言ってくれるにしても度が過ぎている。


(デイズが怒りそう……)


 姿はなくとも話は聞いているのだ。フラウラーゼが諫める前にジョセフが口を開いた。


「全て持ち帰れ。他人に心配される謂れはない」


 当然だけれど、それは怒りに満ちた声であった。


「私は身内として心配しているだけですわ」


 ジェレミーが心外だという顔をする。


「ただ孫の妻というだけで血の繋がりもない他人だ。エーヴェル、顔合わせは済んだのだから、もう帰りなさい」


 ジョセフにそう促され、エーヴェルはジョセフとフラウラーゼに無礼を詫び、帰り支度をする。


 ジェレミーだけは納得いかないのか、ぶつぶつと言っていたが、エーヴェルに連れていかれ、ヴォワール侯爵家を後にした。


「世間から見たらフラウラーゼは独り身だからな。そこをついてきたのか」


 良からぬものが事情を詳しく知らないジェレミーにお願いしたのだろう。


 だが、だからと言ってフラウラーゼの婚約を姻戚関係とは言え、他人が打診するのはやり過ぎだ。


「あいつの選んだ者だし、式では特に悪いところは感じなかったから、大丈夫だと思ったのだが……とんだお節介焼きだな。またしばらく距離を開けるようにしよう」


「えぇ」


 久しぶりの従兄弟との再会は苦いものとなってしまう。


 だがこの久方ぶりの再会を皮切りに、翌日から急激にフラウラーゼ宛の釣書が増えてしまった。


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