第17話 新たな一幕

 フラウラーゼがデイズファイの妻となり、ヴォワール侯爵邸は雰囲気や環境などが一変した。


 それまでも温かな雰囲気であったのだが、より一層ほんわかとした空気となる。


 内側だけではなく、外部の者との繋がりも大いに変化した。


 まずはヴォワール侯爵家に敵対する派閥がなり潜める。この事については、デイズファイがヴォワール侯爵ことジョセフの為に動いたのが大きな理由だ。


 フラウラーゼと正式な夫婦となり共に住むようになってから、距離が近くなり呼び名も変わった。


「ジョセフ殿はフラウの大事な家族だ、まだまだ長生きしてもらわねば困る。だから敵は減らした方がいいだろう?」


 全ての植物がデイズファイの目であり耳である。


 人だけの情報収集には限界があったが、植物たちのお陰で幅広く、そしていつでも情報を集められるので助かった。


 細かい情報などをいち早く知る事で、円滑に対策も出来、早めの対応で大事になるのを防げたりと、仕事はだいぶ楽になる。


 だが、毎回デイズファイが聞くのはフラウラーゼにも悪いので、仲介の為にデイズファイの部下が何人か派遣された。


「ジョセフ様のサポートをさせて頂きます。今後ともよろしくお願いいたします」


 ジョセフと精霊の間に入る為に上位の精霊までもヴォワール侯爵家に滞在するようになった。


 精霊はジョセフにもデイズファイにするような丁寧な対応をしてくれ、徹底した、良い仕事ぶりを発揮してくれる。


 フラウにも精霊の侍女がつくようになった、彼女は身の周りの世話から護衛も兼任する。女性ならではの所についていく為だ。


「仲良くして頂ければ嬉しいですわ」


 彼女はヴォワール侯爵家の使用人達にも気さくであった。


 人とは違う存在だけれど、ヴォワール侯爵家の者及び使用人は精霊達を受け入れるのが早い。


 ジョセフと侯爵夫人であるファンティーヌがすんなりと受け入れた事も要因だが、元々緑の国と呼ばれるセラフィムのもの達は、花や木々が好きで愛でる者が多い。


 精霊達はよりも回復魔法に長けており、病気はともかく怪我の治療は得意であった。その為大事にしてくれるヴォワール侯爵家にいる人間達の為に働いてくれるようになる。


 疲労回復や、軽い風邪などを治すなど、友好的に接してくれた。


「ここの人達は植物ぼくたちに優しいから」


 お互いにいい関係が築けて良かった。


 やがてヴォワール侯爵家が俄かに忙しくなる。


 初めての出会いからひと月近く、デイズファイの妻となったフラウラーゼが懐妊したのだ。



 ◇◇◇



「人と精霊の間の子どもなんて、どう手助けすればいいのでしょう」


 出産経験のあるファンティーヌでも、精霊の子など初めてだ。経験した事がない為におろおろとしてしまう。


 そう慌てていたファンティーヌを宥めるように柔らかな声が耳に響く。


「人とそう変わりはないですよ。精霊は寧ろ精神体のようなものですから、お産は楽なはずですわ」


 そう言うのはデイズファイの母だ。


「ずっと孫なんてこの手で抱くことが出来ないと思っていたが良かった。跡継ぎはともかく孫が抱けないという心配の方が強かったのでな」


 デイズファイの父も嬉しそうだ。


 精霊界とヴォワール侯爵家をいつでも行き来出来るように、デイズファイがゲートを繋いだのだが、そこを通ってしょっちゅう来るようになった。


 義家族同士仲が良いのはいいが、デイズファイは面白くない。


 両親がこうして来るとフラウラーゼと二人で過ごす時間が短くなるのだ。


「父上も母上もあまり来ないでください。フラウが休むことが出来ず疲れてしまう」


 フラウラーゼの気疲れも心配して、デイズファイは二人を咎めた。


「あら。ファンティーヌも心配をしているし、わらわも一緒の方が心強いでしょう?」


 表情は笑顔なのだが、有無を言わせぬ迫力だ。


「ルーディアーナの言うとおりだ。人のお産は命がけだと聞くが、我らが力を合わせれば命を落とすことはない。我らがいれば何があってもフラウラーゼを危険に晒すことはないからな」


「それならば我だけで事足りる、フラウを痛い目になど合わせない」


 ぎすぎすした雰囲気が流れ始め、フラウラーゼが慌てて間に入る。


「落ち着いて下さいデイズ」


 言葉と笑顔で宥めつつ、皆に向き直る。


「皆様がわたくしを心配してくれているのは。とても嬉しいです」


 まるでフィオーレが生きていた頃に戻れたようで嬉しい。


 家族としてここまで優しく接してもらえるなんて、シャリエール伯爵家ではあり得なかった。


 今まで得られなかったものが、今こうして胸を満たす。何と嬉しい事だろう。


「それに、この子は皆血を引いているのですから、わたくし達だけの事ではないですもの。こんなに沢山の祝福を受けられるなんて、この子は幸せだわ」


 フラウは大きくなった自身のお腹を撫でる。


 医師にも診てもらっているが、通常よりも大きくなるのが早いらしい。


 まだ五か月だというのに、もう足元も見えないくらいにお腹が張っている。


「もしかしたら双子かもなんて言われたのですが。どうなのでしょうね」


「それはないな」


 首を振ったのはデイズファイの父だ。


「生命の反応は一人。残念ながら双子ではないが、元気な男の子だ」


「ネルフィセル様。それは本当なのですか?」


 思いがけずにお腹の中の子の性別まで聞けて驚く。


「そうだよフラウラーゼ。元気な男の子だ。安心なさい。我らが必ず無事に生ませてあげるからね」


 ポコポコと動くお腹は早く外に出たいとでも言わんばかりの動きだ。


「男の子なのか! 早速準備せねば!」


 ジョセフとファンティーヌは生まれて来る子の為の準備に取り掛かる。


 部屋は用意が出来ているが、服や内装など、性別が分かってから準備しようと思っていたものが残っている。ネルフィセルの発言で予期せずに分かったので、使用人達にすぐに準備するように言いつけた。


 精霊が嘘を吐くわけはないから、男の子なのは確実だろう。


「名前何にしましょうね」


 笑顔でデイズファイを見ると何やら複雑な顔をしていた。


「男、か。我のフラウを取ろうとしなければいいが」


「自分の子にまで妬くのですね」


 思わず苦笑いをしてしまう。


「わたくしの一番はいつでもあなただから、そのような心配はいらないですわ」


 安心させるようにデイズファイの手を優しく握る。


「我もフラウが一番だ。家族も大事だが、一番大切なのはフラウだ」


 手だけではなく体ごと抱きしめられる。


 それでもお腹には負担をかけないようにと体重は掛けられていない。


「ありがとうございます」


 デイズファイの背に手を回し、ポンポンとあやすように触れる。


(子どもみたいね、精霊ってこういうものなのかしら?)


 比べる相手はいないからわからないけれど、こうして全力で愛情を表現してくれるのはわかりやすくて嬉しい。


 変な駆け引きがない分ストレスなく接する事が出来て、デイズファイと結婚してよかったと思える。


「今後はこの子も含めた家族皆で幸せな生活を作りましょ」


「あぁ」


 デイズファイを含め、皆が頷いてくれる。


 幸せな時間であった。

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