第16話 平和
フラウラーゼにとっては二度目の精霊界。
とても綺麗な花畑が見えるが、フラウラーゼの心は暗く沈み、寂寥感が過ぎっている。
(もう帰れないのね)
ほろりと涙が流れ、デイズファイがそれを見ておろおろとする。
「どうしたフラウラーゼ、侯爵殿には部下がついているから大丈夫だぞ。何も心配はいらない」
置いてきた祖父を心配して泣いたのかと思ったデイズファイが、見当違いな事を言う。
そういう所は察しが悪い。
「いえ……もうヴォワール家に帰れないかと思うと、寂しくて」
そう言うとデイズファイはキョトンとする。
「いや? いつでも帰れるが?」
「え?」
てっきりもう戻れないのかと思っていた。
「だって精霊界に連れて来るっていったから」
「我の家族と顔合わせをするだけだから、そう長くは引き止めないつもりだ。そなたの心の整理が出来てからと思っていたのだが、最近早く会わせろとうるさくなってきてな」
「じゃあいつでも戻れるの」
「あぁ。だから今日は顔合わせをして欲しい。父も母も今か今かと待っている」
拍子抜けしたフラウラーゼはその場にしゃがみ込む。
(今生の別れかと思っていたわ)
そうならずに良かったけれど、しばし緊張感が解けて体に力が入らなくなってしまった。
軽々とデイズファイはフラウラーゼを抱えると、そのままデイズファイの両親のところまで連れて行かれる。
「あの、下ろして欲しいのだけれど」
せめて顔合わせではきちんと挨拶をしなければと思ったのに、デイズファイは首を振って拒否をしてくる。
「ようやくこの腕で抱く事が出来たのだ、もう少しくらいいいだろう?」
恥ずかしく思いながらも、暴れて下りるなんて事も出来ないし、そのままでの謁見となってしまった。
「聞いていた通りに可愛い子ね」
「優しさがにじみ出ている、良い子そうだな」
さすがに人と違うからか、抱っこして現れたフラウラーゼを見ても動じた様子はない。
緑色の髪に尖った耳、人間離れのその美貌、二人はデイズファイととてもよく似ていた。
「ようやっと見つけた妻ですから」
そうしてデイズファイの両親と挨拶を交わし、フラウラーゼ正式な妻となる。
ブローチを受け取った時点でもう妻ではあったそうだが、フラウラーゼと会えることをずっと待っていたらしい。
そして人間界にいる精霊を通してデイズファイのみならず、皆がフラウラーゼの様子を見ていたことを打ち明けられる。
「恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい」
その事実を教えられてから、羞恥に堪えるのと、自分がどんな行動をしていたのかを思い出すので必死になってしまう。
その為、その事ばかりを考えてしまい、デイズファイの両親と何を話したのかを覚えていられなかった。
ようやく解放され、デイズファイと二人きりとなる。
初めて入る異性の部屋、というか精霊の部屋は人間のものとそう変わらないように見えた。大きな木の中に作られたその部屋はとても広い。
甘い花の香りがするし、清潔感が溢れている。
直接壁に花が咲いていたりと驚く物もありはするが、緑あふれる部屋に心が落ち着く。
「ここまで来るまで長かった。大切にするからな」
そっとフラウラーゼの方をデイズファイが撫でる。
(改めて見ても滑らかで綺麗な方ね)
シミも皺もない相貌、自分とは全く違うのだと劣等感を感じて恥ずかしくなる。それでも目を逸らすことは許されず、されるがまま触れられた。
頬や肩、そして手をそっと取られる。
「これからはデイズと。妻であるそなたにはそう呼んで欲しい」
熱く見つめられ、フラウラーゼも頬を染めて頷く。
「デイズ……ではわたくしの事はフラウと呼んでくださいな」
異性と愛称で呼び合うなんて、距離が縮まった事を実感して嬉しい。
「フラウ、愛しているよ」
抱きしめられ、フラウラーゼは目を閉じる。
肌が触れ合う心地よさと、愛されている充足感で胸がいっぱいだ。
◇◇◇
ヴォワール侯爵が屋敷に帰ってきたという事で、フラウラーゼも屋敷に帰る。
「お祖父様!」
無事な姿に安心した。
「フラウラーゼ?! 何故ここにデイズファイ殿と精霊界に行ったのでは?」
恐らくヴォワール侯爵もフラウラーゼが帰ってこないと思ったのだろう。
誤解を解くように説明する。
「良かった、もう会えないかと思った」
抱きしめられ、フラウラーゼはくすぐったいような嬉しいような気持ちになる。
「皆さんありがとうございます」
ヴォワール侯爵に付き従っていた精霊たちは敬礼をしてそのまま姿を消した。
「疲れただろうから精霊界へ返した。環境が違うと慣れるまで体の負担が大きいからな」
「デイズは平気なのですか」
「我の魔力の量はあいつらの比ではないからな。空気中の魔力も取り込んでいるし、そこまで負担は多くない。心配してくれてありがとう、フラウ」
「いつの間にそこまで親しくなったんだ?!」
イチャイチャする二人を見てヴォワール侯爵は叫んだ。
ほんの数時間で一気に距離が近くなっているなんて、さすがに感情が追い付かない。
「妻なのだからいいではないか。その内に孫も抱かせてやろう、特別にな」
デイズの言葉にヴォワール侯爵は怒りで、フラウラーゼは恥ずかしさで赤くなる。
ほのぼのとした様子でそれを侯爵夫人は見ていた。
「仲が良くていいわね」
ほのぼのしているような、そうでないような雰囲気が屋敷を包みこんでいた。
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