第13話 困った呼び出し

 ある朝、突然の訪問者にヴォワール侯爵家にどよめきが走る。


「フラウラーゼ=ヴォワール侯爵令嬢の身柄をこちらに渡すようお願いします」


「何故フラウラーゼを?」


 ヴォワール侯爵は突如来た兵達を屋敷に入れないようにと立ち塞がる。


「詳しい話はご令嬢とお会いしてからお答えします。逆らうようであれば無理矢理にでも拘束させて頂きます、国王陛下の命令ですので」


(どうして国王陛下が?)


 そこまで話が大きくなっていたのは知らなかった。情報網は張り巡らせていたのに。


 兵士が持っている登城の旨が記された書類には、確かに王の印が入っている。


 ヴォワール侯爵は拳を震わせながらもフラウラーゼを呼ぶようにと侍女に命じた。


「ジョセフ……」


「大丈夫だ。フラウラーゼは俺が守る」


 心配で声を掛けてくる妻を安心させるように、肩を抱いて引き寄せる。


 フラウラーゼには頼もしい護衛がついているが、任せきりにしていては精霊界にすぐに連れて行かれてしまうだろう。


(何とか止めなくてはいけないが)


 しかし国王の命令となれば、ヴォワール侯爵とて逆らえない。


「情報が来なかったのは秘密裏に話しが進められたか、それとも突発的に決まったからか」


 いずれにしろこちらが情報を掴む間もなく、決まったのだろう。


 少ししてフラウラーゼが姿を現す。


「わたくしに用なんて、一体何でしょう。それで陛下の命とはどのような事ですか?」


 ようやく現れたフラウラーゼに向き直り、兵士は書状を広げる。


「国王陛下は先日の祝いの席での異常な植物の増殖と、そしてシャリエール伯爵邸で起きた木々の暴走事件についてを、ヴォワール侯爵令嬢から詳しく話が聞きたいとの事です」


「それであれば俺が話す。だからフラウラーゼが行く事はないだろう」


「二つの騒動に関与している侯爵令嬢だからこその招集です。シャリエール伯爵家の方々にも来て頂いております」


 会いたくないとフラウラーゼは心から思うが、国王命令であれば仕方がない。


「陛下の御前で話をすればご納得頂けるのですよね。わたくしは何も関係がないので、そう証言してきますわ」


 フラウラーゼはそう言って心配そうにしている祖母の手を握る。


「大丈夫です、お祖母様。すぐに帰ってきますから」


「フラウラーゼ、信じているわ。フィオーレも居なくなって、あなたまで居なくなってしまったら、私……」


 泣きだしてしまった祖母の背を優しく撫で、フラウラーゼは安心させるように微笑む。


「必ず戻りますから。また温室でお茶会を開きましょう、皆と一緒に」


 祖母もデイズファイとは顔を合わせた。


 ブローチをつけたフラウラーゼがいる時は祖母にも精霊達の姿が見え、皆で話をしながら楽しくお茶会をするのが、ここ最近の日課であった。


 デイズファイはヴォワール侯爵にしたような慇懃無礼な話し方ではなく、丁寧な受け答えを侯爵夫人に対して行う。


「侯爵夫人、そしてご息女には感謝している。あなた方がここの精霊達に魔力を与えてくれていたおかげで、この者達は他の場所の精霊に比べ生気に満ち、穏やかな生活を送れている。そしてお二方の行いをフラウラーゼが引き継いだことで、我は彼女と出会えた。感謝に堪えない」


「まぁまぁ。こんな年になって、あの頃の事が感謝されるなんて。フラウラーゼをよろしくね」


 好意的に受け止めた侯爵夫人はすぐにデイズファイを受け入れる。


 今までしてきたことがこうして年月を越えてお礼を言われるなんて思ってはいなかった、嬉しい事だ。


「必ずフラウラーゼを守ると誓おう」


 優しく言うその言葉に侯爵夫人は嬉しそうだ。


 そんな幸せがこうして壊されそうになるなんて、思ってもみなかった。


(お祖母様には本当に申し訳ないわ)


 自分のせいで悲しませてしまって、不甲斐ない自分が情けない。


 一刻も早く国王陛下の誤解を解き、お祖母様を安心させないと。


「俺も行く」


 フラウラーゼのみならず、ヴォワール侯爵も国の馬車に乗り込もうとした。


「いけません。侯爵様は呼ばれてませんから」


「フラウラーゼは俺の家族、家長として娘に付き添うだけだ。一緒の馬車が駄目ならば馬で追いかけるぞ。それでもいいのか」


 侯爵が馬に乗って追いかけてくるなんて、傍目から見ても何かあったとしか思われない。


 兵士たちはしばし悩んだ。


 内密に連れてくるようにとの命で紋のない目立たない馬車で来た。侯爵がついてきたら隠すなんて出来ない。


「連れてくるなとは言われてないんだろ? ならば勝手についてきたと言えばいい。侯爵に逆らえなかったとな」


 言うが早いか、フラウラーゼの横に座る。


 乗り込んだヴォワール侯爵を引きずり出すわけにも行かず、兵士たちは仕方ないと出発する。


「何かあっても全てヴォワール侯爵様の責任とさせて頂きますからね」


「それでいいさ。下っ端兵士に責任取れなんて言わねぇよ」


 見覚えのない兵士達にそう見当をつけた。


 侯爵として登城する事があるので、ある程度の兵士の顔は知っている。


「お祖父様、本当によろしかったのですか?」


「フラウラーゼを一人で行かせたら、それこそ許されないだろ」


 ちらっとフラウラーゼのつけているブローチを見る。


 全て彼には伝わっているだろうが、どう反応してくるか。


(せめて王の前で暴れませんように)


 ヴォワール侯爵とフラウラーゼは同じ思いを胸に抱いていた。

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