第14話 とんでもない事態

「わたくしは何も知りません」


 国王の前できっぱりはっきりと言いながら、フラウラーゼは内心でドキドキしている。


(デイズファイ様が暴れなければと思ったけど、暴れそうな要素がいっぱいだわ)


 ヴォワール侯爵も同じ事を思っているのか、苦い顔だ。


 シャリエール伯爵家の者が呼ばれているとは聞いたが、まさかバリーまでいるとは思っていなかった。


「嘘をつくなフラウラーゼ。お前の差し金だろう」


「クレディス伯爵令息、貴様とフラウラーゼの婚約は既に破棄されている。軽々しく俺の娘を呼び捨てにするのはやめて頂こうか」


 歯をむき出しにし、威嚇するヴォワール侯爵を見て、バリーは僅かに後ずさる。


(こんなに大した事ない男性なのね)


 フラウラーゼの前では横柄な態度であるが、侯爵である祖父の言葉にはすぐ怯む。


 そのような態度を見せるなら、最初からそんな事を言わなければいいのに。


「バリー様、申し訳ありませんが僕もヴォワール侯爵令嬢が何かをしたとは思えません。彼女の魔力が低いのは知っているでしょ? それがあったから、あなたと彼女は過去に婚約をしたのだから」


 コンラッドがフラウラーゼを庇う。その事自体は嬉しいけれど、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまった。


 というか何故こんな大人数での話し合いなのか、これでは纏まるものも纏まらない。


「だがコンラッド、明らかにおかしいではないか。どちらの現場にもいた彼女だけが無傷なんだ。何らかの手引きをしたと考えるのが妥当だろ」


「そのような乱暴な事を誰かにお願いなんてしていません」


 精霊達が勝手にやってしまっただけで、知っていたらフラウラーゼだって止めていた。


(でも彼らをどうやって止めろと言うの?)


 フラウラーゼに危害がありそうと思うだけで彼らは動いてしまうのだ。人とは違う感性だから、どこまでが許容範囲なのかもわからないし、普段は精霊は見えない。


 だからそのような事が起きる前に穏便に話を終わらせたいのに。国王のみならず、こんな厄介な者達ばかりなんて、困ってしまう。


「フラウラーゼ、やはりお前がやったのだろう。悪魔でも呼び出してやらせたのか、それとも高位な魔術師でも雇ったのか。いずれにしろ怪しい」


(残念ながらどちらも外れです。精霊の王様がいつの間にかわたくしを見初めていただけですの)


 シャリエール伯爵の言葉に心の中で返す。


 言葉にすると傲慢なものになるが、他になんて言っていいかわからなかった。


「さてそろそろ落ち着いてもらおうか」


 人の良さそうな顔をしたセラフィム国王がようやく止めてくれた。


「本当のところはどうなのだ? ヴォワール侯爵令嬢」


「先に言った通り、わたくしは何もしていませんし、知りません。わたくしが無傷だと言うのは運が良かっただけです。シャリエール伯爵邸に居た際はわたくしも一緒に襲撃を受けておりますから」


「まことか?」


「はい」


 重ねて聞かれるものの本当の事は言えない。


「ヴォワール侯爵令嬢、ならば少し試させてもらってもいいだろうか?」


「え?」


 フラウラーゼの前に出るのは王宮術師だ。


「陛下、フラウラーゼに何を試すというのです!」


 ヴォワール侯爵が前に出ようとしたところを兵士達が行く手を阻む。


「痛い事はしない、本当に魔力が低いのかを調べさせてほしいだけだ」


 フラウラーゼは息を飲む。


 魔力の測定値を調べたのはだいぶ昔の事、今もしも調べられたら多分デイズファイの魔力も観測され、とんでもない数値が出そうだ。


 そうなれば平穏な生活なんて送れる事は出来なくなる。


「あの、」


「大丈夫です、すぐ済みますので」


 測定の魔道具を持った王宮術師が近づいてくる。


 ここで拒むのは不自然だし、でもどうしたらいいのかわからない。


 仕方ないと腹を括り、フラウラーゼは魔道具に手を乗せる。


「これは凄い!」


 驚く王宮術師の声が響く。


「このような数値見た事はありません、何故これ程の数値が検知されなかったのか」


 フラウラーゼは手を離し、困ったようにヴォワール侯爵を見る。


「フラウラーゼの魔力が高いなどは知らなかった、皆に蔑まされ孫娘はずっと魔法なんて使わなかったのだから」


 それは本当だ。周囲の視線も痛かったし、魔法が必要な場面でも足手まといの様な扱いを受けていて、まともに使った事なんてなかった。


「やはりあの事件はお前の仕業か!」


 ズカズカと近づいてくるバリーの顔は怒りに満ちている。


「いいえ、わたくしは……」


「黙れ!」


 フラウラーゼを掴もうとするバリーを、ヴォワール侯爵が止める。


「フラウラーゼは何もしていない。人を傷つけるなんて、するわけがないからな」


 ヴォワール侯爵は掴みとめたバリーの手を振り払う。


「陛下、信じて頂きたい。どちらの件もフラウラーゼは巻き込まれた側で、何も手を下していないという事を。例え魔力が強かろうと誰かを害することなどしない、心優しい子なのです」


「お祖父様……」


 懸命に庇ってくれるヴォワール侯爵に涙が浮かんでしまう。


(あぁ、駄目。わたくし守られてばかりだわ)


 ぐっと涙を堪え、フラウラーゼも国王に向き直る。


「陛下。誓ってわたくしは何もしていません。魔力が強いのだって、わたくし自身も知らない事でした。ですから」


「その件についてはもういい。問題はあの様な魔法を使えるという事だ」


 好々爺の笑みで国王は続ける。


「婚約もなくなり、侯爵令嬢へと身分も上がったと聞いた。ヴォワール侯爵の養女となったのも丁度いい。ヴォワール侯爵令嬢、良ければ孫の嫁としてきてもらえないか?」


「え?!」


 またしても予想だにしない話に、フラウラーゼはもう泣きたくなってきた。

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