第12話 追いつかない気持ち
「気持ちはまだ追いついていないだろうが、既にフラウラーゼは我の妻だ」
「え?」
待っててくれると話していたと思うのだけれど。
「そのブローチには我の力が秘められており、それを持つのは深緑の王の妻だけだ。我と同じ力が使え、他の精霊達を従える事が出来る」
(これにそんな強力な力が隠されていたなんて)
「だから温室外にいる精霊達もそれを見てすぐに気づいたはずだ、フラウラーゼが我が妻であるとな。パーティ会場にいた精霊達も王の妻を助けようと張り切ったのであろう。それがあれば周囲にいる精霊は普段以上の力が出せるから、例え凄腕の魔術師でもそう易々と逃げれまい」
フラウラーゼはそれを聞いて無意識に触れていたのを止め、ブローチを外そうとする。
「やっぱり返品します」
「残念ながらそれは無理だ、我もようやく見つけた妻と別れたくはない。諦めてくれ」
しょんぼりとするフラウラーゼだが、デイズファイはそんな事で挫けはしない。
「侯爵殿も諦めて欲しい。我はもうフラウラーゼから離れる事は出来ない、だから大事にすると約束しよう」
「本当に大事にしてくれるのか?」
「お祖父様?」
認める様な表情と声音にフラウラーゼの方が驚く。
「フラウラーゼ。本来人には見えないはずの精霊が、こうして見えて触れられる。それはこの精霊がとんでもない力の持ち主だという事なのだろう」
「そう、ですね」
「その気になれば無理矢理精霊界に連れて行き、妻にする方法もあるだろう。それなのにこうしてフラウラーゼの身内である俺に話を通そうとしているし、そして決心がつくまで待ってくれるという。そこまでするのならば、大事にするとの言葉も信用できそうだ」
思い返せば最初の出会いの時に、あちらの世界に連れて行かれたのだった。
そのままフラウラーゼを攫う事も出来たのに、それもせず家に帰してくれた。そして一応返事を待っていてくれている。
「もしかしたら待たせ過ぎて、おばあちゃんになる頃に妻にして欲しいというかもしれませんよ?」
「それはそれでいいさ。そのくらい待てる」
デイズファイは優しい声で言ってくれる。
「見た目の美しさもいいが、惹かれるのはその無垢な魂と献身的な心。だから老いようが髪が赤かろうが何も障害にはなりはしない」
「髪色はデイズファイ様は気にしないと言ってくださいましたものね」
「何も気にならない。どのような姿でもそなたは綺麗だよ」
デイズファイはフラウラーゼの髪を撫でる。
その様子に安堵しつつも、ヴォワール侯爵の心には急激に不安が押し寄せていた。
(精霊の王に見初められたと知られれば、国が黙ってはいまい。万が一知られでもしたら、フラウラーゼはきっと城に連れて行かれる)
さすがに国相手はヴォワール侯爵とて分が悪い。城に連れて行かれたらきっと自由な生活は出来ないだろう。それならばデイズファイの妻となった方が幸せになれそうだ。
(このままどこかの後妻などになるよりはいいのではないか)
虐げることもしなそうだし、フラウラーゼと長く添い遂げてくれそうだ。
老い先短い自分よりもデイズファイの方がフラウラーゼを守っていける。貴族も派閥も関係ない、新たな世界での生活でも、今のこの世よりもいいのかもしれない。
「深緑の王よ、何と呼べばいい?」
デイズファイを身内として受け入れる決心のついたヴォワール侯爵は、改めてデイズファイに問う。
視線がしっかりと合った。
「デイズファイと。妻の身内なれば、特別に名を呼ばせてやる」
本来であればそうやすやすと名を呼べない存在だろうな。
「ではデイズファイ殿と呼ばせてもらおう」
魔法に詳しくないヴォワール侯爵にはよくわからないが、王と呼ばれ他が傅く存在ならば、呼び捨ては出来ない。
「孫娘の夫候補として認めてやるが、泣かせるような事をしたら、ただではおかんからな」
「泣かせるようなことは絶対にしない、しかしそう言うならばそちらも覚悟をしていてくれ。フラウラーゼを不幸にするようであれば、即刻精霊界へと連れて行かせてもらう。くれぐれも汚い人間どもを寄せ付けないようにな、侯爵殿」
皮肉のような言葉を吐き、デイズファイはフラウラーゼをまたひと撫ですると、現れた時と同じように消えていった。
「もう、デイズファイ様は一言多いですわ」
「フラウラーゼを想っての事だ、仕方ないな」
ヴォワール侯爵はデイズファイがどういう意味で言ったのか、少しわかる。
バリーやコンラッドの事があったから、次はないという事。そして今後現れる男性からもフラウラーゼを守れという意図が隠されている。
人間社会は精霊界とは違うと理解しているから、あぁ言ったのだろう。
(守れなければフラウラーゼを連れて行くと言っていたが、かなりこちらの分が悪いな)
赤い髪なのを忌み嫌われ、婚約解消で瑕疵がついたとは言えど、フラウラーゼは伯爵令嬢から侯爵令嬢へとなった。
愛や好意はなくとも身分や財産を求め、婚約の打診が来るのは間違いない。
身分の低い者からなら断ればいいが、万が一にも高い身分の方からであれば、さすがにヴォワール侯爵とて断りづらいものが幾人かいる。
(そのようなところから話が来なければいいがな)
貴族世界とはかくも厄介だとため息をついた。
それから数日は平穏な日々を送っていたのだが、その日々は突然終わってしまった。
ヴォワール侯爵が懸念していた以上の厄介な事が降りかかってきたのである。
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