第11話 顔合わせ
「ようやく帰れるな」
馬車の中でヴォワール侯爵とフラウラーゼは向かい合って座っている。
安堵する気持ちはあるが、それと共に懸念もまだ残っていた。
(コンラッドは諦めてくれたかしら?)
あれだけの目に合っても、別れる最後までそんな素振りはなかった。
(そういえばコンラッドはデイズファイ様の起こした事とは知らないのよね)
事件は賊のせいという事で落ち着いたから、フラウラーゼに近づいたからとは思っておらず、嫌う理由にはならないだろう。
どうやって諦めてもらうかを考えねばならないと思うと気が落ち込む。
(好きじゃないと伝えても伝わらないし、話が通じないのも困るわね)
「大丈夫かフラウラーゼ。悩み事か?」
うんうんと唸るフラウラーゼに気づき、ヴォワール侯爵が話しかける。
「そうですね、悩んでおります。諦めるってどうしたらいいのでしょうか」
「それは好きという話か?」
あれだけ熱い視線だったし、コンラッドの気持ちにヴォワール侯爵も気付いただろう。
内緒にしておこうと思っていたが無理そうだ。
「えぇ。でも結ばれることはありませんので」
だって好きでもないし、今は寧ろ嫌いに偏っている。何よりデイズファイも許さないだろう。
「それは本心からか? 少しくらい気持ちが残っていたりとか」
「本心です。今更そのような関係にはなれません」
何かを考え込むように俯くヴォワール侯爵、何と言って諦めてもらうか考えているフラウラーゼ。
車内はしばらく静かになる。
「……本気ならば、撤回してもいい」
「何をですか?」
「コンラッドとの関係を切る事を」
「そこは寧ろ要りませんけど」
決意を秘めたヴォワール侯爵の言葉を、フラウラーゼは全力で拒否する。
「折角縁が切れたのだから、もう彼の側にいる事はしたくありません」
「そうなのか? てっきり側に居たいのかと思って」
「微塵もありませんわ! それに私には思いを寄せてくれている方が……」
思わず立ち上がって熱弁し、余計な事まで言ってしまう。
「何だと! それは一体誰だ?」
フラウラーゼを大事に思うヴォワール侯爵が、そんな寝耳に水な言葉を聞き逃すはずはない。
「それは」
言い淀んだフラウラーゼは馬車の中で立ち上がった為、揺れに耐えられずふらついてしまう。
「あっ」
「危ないぞ、フラウラーゼ」
そう言って体を支え座らせてくれたのはデイズファイだ。
「何でここにいるの?」
呼んだつもりはないのに何故居るのか。
「妻の危機に夫はいつでも駆けつけるものだろ」
「妻だと? いやそもそもお前は誰だ!」
ヴォワール侯爵は突如現れたデイズファイを見て掴みかかろうとしたが、突如草花が生い茂り、ヴォワール侯爵の行動の邪魔をする。
「失礼、だが車内で立つと危ないのでな」
尊大な物言いと、余裕の表情。
「お初にお目にかかる、侯爵殿。我はデイズファイ。精霊界では深緑の王と呼ばれ、草花の頂点に立つ、そしてフラウラーゼの夫となるものだ」
「精霊? 王? そして夫だと? 一体何なんだ」
様々な情報を一気に聞いて戸惑ったヴォワール侯爵は、フラウラーゼに説明を求める。
性急な展開に頭痛を感じつつも、フラウラーゼは話し始めた。
「本当はもっと落ち着いた時にお話をしたかったのですが、仕方ないですね。お祖父様、わたくしもいまいち状況を把握出来ていないのですけれど、聞いてください。でもその前に」
ちゃっかり隣に座るデイズファイに草花を撤去するよう頼むと、草花はすぐに収納された。
「デイズファイ様は精霊で、植物の王様。このような事もあっという間なのです」
強い魔法を持つが人外であるという事をヴォワール侯爵はどう思っているだろうか。
「そして妻と言われるようになったきっかけなのですけれど。温室でお花に魔力を分けてましたら、その時の様子にて見初められたのだそうです。このブローチを渡された時に求婚をされました」
はっきりとした返事はしていないけれど、フラウラーゼの為にしてくれたことを考えると無碍には出来ない。他少々行き過ぎるところはあるが、周囲にいる他の男性よりはマシに思える。
(きちんと言う事は聞いてくれるもの)
素直なところは有難い。
「俺は認めない。さすがに人ではないなんて」
「あのような愚かな者達よりも余程いいと思うが。我ならフラウラーゼを幸せに出来るし、あらゆるものから守ってあげられる。そう思わないか」
デイズファイは自信に満ちているが、そもそも比べる人物が悪いのもある。
「ちなみにパーティ会場を覆いつくした草花や、コンラッドを抑えつけた木は、デイズファイ様の命令で行なわれたそうなの」
「何?」
「フラウラーゼを害そうとしたものだけを拘束しただけだ。他の害のない者には被害を与えないように気をつけてはいる。フラウラーゼが悲しむからな」
一瞥するだけで木や草、花を操れるし、こうしてどこにでも現れる事が出来るのは確かにボディーガードとしては強い。
「そこまでフラウラーゼを大切にしてくれるのは有難いが、肝心のフラウラーゼはどう思っているのだ」
「わたくし、ですか?」
正直まだ何とも難しいところだ。だメンズが多すぎて相対的にデイズファイが良く見えるけれど。
(嫌い、ではないのよね)
情は生まれている。人ではない、という事以外はあまり気にならない。
「嫌いではないです。ここまで大事にしてもらえて、そして言葉は強引でも無理矢理どうにかしようとかそういうのもないですから」
「そうであったら叩切ってくれる」
ヴォワール侯爵のこめかみに青筋が入った。
「わたくしの頼みも聞いてくれますし、夫婦になる決心がつくまで待ってくれると言ってくれたし、とても誠実な方だと思います。ですので出来れば受け入れたいですわ」
温室の精霊も可愛かったし、悪意も感じられなかった。
人間より余程いい。
「フラウラーゼ、そう言われると嬉しいな」
ヴォワール侯爵の前だからか、デイズファイは手を握るくらいに留めてくれた。
「フラウラーゼが認めるならば、仕方ない。だが今すぐではないからな」
ヴォワール侯爵の眉間の皺はしばらく取れなかった。
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