木曜日 ー橙ー

幼女がいた。


午前中のバイトが終わりそのままフラフラしていたから午後3時を過ぎた頃かな。

私がコンビニの車止めに座って、アイスを食べていた時のこと。ちなみにアイスはガツンとみかんね。マジうまい。

橙色のワンピースに身を包んだ幼女が一人、あっちをウロウロこっちをウロウロ。かわいい子は好きだからしばらく目で追っていた。


幼女は視界から消えることはなく、やがて私はアイスを食べ終えてしまった。

居座る理由はなくなったので次はどうしようかと悩んでいた。


アイスの棒をゴミ箱に捨てコンビニを去ろうとすると、幼女が近づいてきた。今にも泣きそうな表情だ。ごめんよ幼女、お姉さんは行くよ。もっといい人を頼りな。きっと君の泣き顔を見たら誰も断らないよ。

私は幼女を無視してコンビニの敷地内から完全に出ようとした時、幼女が泣いた。

うーん。


「ねぇ、どうしたの?」


私は幼女に屈した。


「………ヒック……み、見つからないの……」


「見つからない?何が?」


「……探し物……」


それはわかるよ。

んーさすが幼女。これが年の差か。


「わかった。お姉ちゃんも一緒に探すよ」


「……」


泣き止んだかな。あ、また泣きそう。


「えっと、あ、ホラ見てお嬢ちゃんのワンピースと私の靴下一緒の色だよ。お揃いでかわいいね」


「くつした……可愛くない」


こいつ。


「……その服かわいいね」


「……うん」


私の靴下も可愛いけどね!!


「私も一緒に探してもいいかな?」


「……うん」


「よかった」


ヨウジョハワタシヲナカマニイレタ。


道路は橙色の車がひっきりなしに通っている。危ないな。

私は幼女の後ろに付いて行った。

この間何か会話が生まれるわけでもなく、私はただただ幼女の行動を見守っているだけだった。

これじゃただのお供だな。ワンって鳴いた方がいいかな?それともキャンかな?キジはえーと……まぁいいや。

幼女はゴミ箱の中を覗いたり、自販機の下を覗いたり、家の塀の上を小さなジャンプで見ようとしたり。結局見えなくてしょんぼりして諦めた。一応、私も見てみたけど何もなかった。

探しているところに共通性がない。うちのお姫様は一体何を探してらっしゃるんでしょう?


「お姉ちゃんも探してよ」


「あ、ごめん」


えっと、どうしよう。

私は近くにあったゴミ箱の蓋を開けた。よく見えなかったから顔を近づける。うん、臭い。これは封印。


「……ところで何を探しているのかな?」


「きんちゃん……」


「きんちゃん……?」


「ねこ……」


きんちゃんは猫の名前か。

なるほど、確かに今まで探した場所は猫がいそうな場所だ。


「どんな、猫なの?」


「小さい」


「他に」


「茶色の毛で、シマシマ模様があるの……」


「もしかして茶トラ?」


「ちゃとら?」


スマホで茶トラ猫の画像を検索する。一番上に出てきた画像を幼女に見せた。


「うん。それきんちゃん」


「そうか……この猫ちゃんはお嬢ちゃんの家で飼っているの?」


「ううん。よく家に遊びに来るの。最近は毎日来てた」


「いつから来なくなったの?」


「昨日の昨日」


つまり一昨日か。

茶トラで一昨日から行方不明……。


「私が保育園から帰って来た時にいつも家の庭にいるの。けどその時はいなくて。昨日もいなかったの」


「だから探しに来たの?」


「うん……」


どうしたものか。

幼女の言っている猫が私が一昨日であった猫と同じ猫なのかはわからない。種類が一緒ならいくらでもいるし。

野良猫なら行方不明っていう方がおかしな話だ。今頃どこかで見知らぬ誰かに餌をもらっている可能性だって十分にありえる。明日にもけろっと帰って来て餌を媚びることだってある。

とするとこの探索は無意味だな。

私は幼女の肩に手を置いて、視線を合わせるために地面に膝をついた。


「お嬢ちゃん。あのね、よく聞いて」


「……何?」


「猫っていうのはみんなそういうものなんだよ。自分の死期……死ぬ時が近づくといなくなるんだよ」


「どうして?」


「どうしてって……そう言うものなんだよ」


「死んじゃうの……?」


「うん」


「いなくなっちゃうの……?」


「うん」


「いや……嫌だ……」


「しょうがないよ。生きてるんだもん。受け入れるしかない」


「いやだぁぁぁぁぁ!!」


大粒の涙を流し、大声で泣いた。

暴れる彼女を両手で抑える。


「いやぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁ!!」


「……」


 やがて幼女はおとなしくなる。


「……ヒック…お姉ちゃん、嫌い」


彼女はそう言うと一人で歩みを進めた。数歩離れたところから彼女の後ろについていく。さすがに一人にするのは危ない。


「……ついて来ないで!!」


「……」


私は黙って幼女の後ろを付いていく。

涙を腕で拭きながら、吸い込まれるように自宅の玄関をくぐって行った。


空が私の靴下の色に染まる頃、アパートから近い野山の一角で手を合わした。

そこには小さなお墓がある。


「お前は愛されてたんだね」


同じ猫なのかはわからないけど、同一視してしまう。


「頑張ってたよ。あんなに小さいのに一人で探してた」


私はしばらくその猫のお墓の前で手を合わせ続けた。

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