火曜日 ー赤ー
失敗した。本当に失敗した。
昨日干したくつ下を取り込むのを忘れていた。
少し汚れているように見えたから昨日のうちに洗濯をしたのが間違いだった。
そのままベランダに干してすっかり忘れて今日を迎えてしまった。やだー私っておちゃめー……って言っている場合じゃないか。
朝起きてそのことに気づいたとき、ちょうど何処の馬の骨かもわからないニャンコが私の赤色の靴下を窃盗する瞬間を目撃したのだ。ニャンコは私に気づくと、口にくつ下を咥えながら逃走した。
焦った私は急いで服を着替えて白色のくつ下を履いて外に出た。なんせ色のついたくつ下は一足ずつしかないのだ。どうしても取り戻さなければーー。
幸いにも犯人。いや犯猫はすぐに見つかった。
早すぎる発見にあっけに取られつつも、しばらく私はニャンコの後ろをついて行き様子を見ていた。あ、バイト先に休む連絡入れないと。いや、大丈夫かな?
茶色の毛に虎のような模様を携えた、いわゆる茶トラ猫。うん、私好みだ。かわいいな、おい。お尻なんて振っちゃって。
最初は逃げるようにしていたものの疲れたのか私がすぐ後ろについても走り出すことはなく、堂々と歩みを進めていた。
「ねーニャンコー、どこまでいくのー?」
反応はない。そりゃそうか。
「君が持ってるそのくつ下返して欲しいんだけどー?」
無視とはいい度胸で。あ、そうだ。
「ニャンニャンニャニャん」
無理かー。いや私もなんて言ったかわからないけど。どうしよ、「そのくつ下あげるよ」的な意味で伝わってたら。
いや、無反応ならそもそも伝わってないのか。
人がいなくてよかったー。普通に恥ずかしい。
細い路地を通るニャンコ。当然私もそれに続く。ニャンコさん、こんなの人間が通る場所じゃないよ。
交差点。幸いにも車は一台も通っていない。
家の塀の上。私は回り道をする。見逃しそうになったけど大丈夫。
「ねーそろそろ返してよー」
まだ、バイトには余裕があるな。
「それ大切な人からもらったものなんだ。だからあげるわけにはいかないんだよ」
するとニャンコは足を止めた。おっ?返す気になったか?
ニャンコは人気のない裏路地で咥えていたくつ下を離した。
よかった。
駆け寄ろうとしたけど、とあることに気がついて足を止めた。犯猫の他に子供ニャンコたちが3匹いたのだ。
そこでわかった。犯猫は子供ニャンコたちを温めるためにくつ下をくすねたのだ。
確かに昼夜問わず肌寒い時期だ。野ざらしのままではいくら動物といえど辛かろう。猫は炬燵で丸くなるものだったね。
しかし、困った。
「ねぇ、それ返してくれない?」
わざわざ指をさして交渉する。
ここにきて犯猫はシャーっと私を威嚇し始めた。
「ニャンコお前はそれが欲しいのかもしれないけど、私だって欲しいんだ。さっきも言ったけど。貰い物なんだ。大切な人からの」
何度言っても人語は通じない。
「……仕方ないか」
私は辺りを見渡した。
何かないかなー。
あ、これならいいか。
私は近くに何本か立てかけてあったビニール傘の一本を手に取った。半開きだったからしっかりと閉じて、ピンを止めた。
柄ではなくビニール部分を両手でしっかりと持った。少し滑るけど、まいっか。
ニャンコの元に戻り、ニャンコを見下ろした。おおきく振りかぶって、目一杯振り下ろした。何度も。何度も。
痛いかな。苦しいかな。怖いかな。
小さな悲鳴が聞こえた気がするけど、やがて何にも聞こえなくなる。
この時は気づかなかったけど、ニャンコの血が飛び散って私の履いていた白色のくつ下を赤く染めていた。
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