私のくつ下の話

平椋

月曜日 ー黄ー

7:30


目覚まし時計が鳴ると少女は目を覚ました。

むくりと起き上がり目をこする。包まっていた真っ白な掛け布団と毛布から出ると薄手のカーディガンに腕を通しながら台所へと向かう。

あくびを一つした。


蛇口から水を出して顔を洗った後、歯ブラシを手に取った。歯磨き粉の蓋を片手の指先で開けて、ブッチュっと押し出す。

鏡はないので、ただ台所にある面白みのない食器たちが収納されている棚を見ながら歯磨きをした。


その後、ポットに水を入れてコンロに火をつけ、冷蔵庫から五枚切りのパンを一枚出してトースターに入れた。


台所にもたれながらのんびり待機。目を閉じて静かな部屋に響くわずかな生活音を聞く。寝起きの彼女にその音は安らぎを与え意識を遠ざけていった。


ポットがヒューヒューと音を立てたことではっと目を開けた。急いでコンロの火を止めてお湯をココア粉が入ったマグカップに移し、スプーンで混ぜてから一口飲む。するとトースターがチンと鳴った。


「あっち」


耳たぶを両手で揉みながら、焼きあがったパンにフーフーと息をかける。

覚悟を決め、素早く皿に移しバターを塗った。


静かな朝食。

日差しは窓からカーテン越しに差し込む。

シンプルな内装の部屋にはテレビはない。また、家具も少ない。シングルベッドとクローゼットのみだ。

真っ白な壁は何も装飾は施されていない、白色を基調とした部屋。まるで病棟の一室のようだがここは築50年ほどのワンルームアパート。

そんな部屋の中央に折りたたみテーブルを配置し、そこで少女は無感情でパンをかじるのだった。


白色の部屋着から外用の服へと着替える。

白いTシャツの上からナイロン性の黄色いジャケット。白色の生地に二本の黄色のラインが入ったスカート。そして黄色の靴下に足を通してから目一杯引っ張った。


「よし」


黄色いスニーカーを履いて玄関から出た。

少女はこうして家を出る。その日の色を身にまといながら。


少女は駅のホームで電車を待っていた。

電子掲示板には次の電車の情報が流れている。次は通過電車。

ホーム内に放送が流れた。間も無くだ。

すると少女は黄色い線の内側ギリギリに立ち両手を広げた。

そして目を閉じるーー


一歩二歩と進み、ゆっくりとそのまま線路側へ。踏場がなくなった足が空を捉えることはなく、そのまま体勢が崩れ線路へ落ちていく。着地する前に勢い衰えない電車と衝突し全身から悲鳴のようにグキっという音が鳴ったーー


ーー目を開ける。その瞬間、耳を塞ぎたく鳴るような轟音と共に電車が通過した。

未だに黄色い線の内側に立っている少女に危険性はない。

電車が通過したあと突風が吹き上げるとまとまっていない黒髪が暴れる。落ち着いたところではぁと息を吐きながら両手を下ろした。

心臓が速くうるさ鼓動している。思わず胸を押さえた。

少女はこの瞬間、自分の「生」を実感できる。

この黄色い線の数歩先には「死」がある。きっと痛みもないだろう。

けれどそれでは許されない。

次に少女が死ぬときはもっと酷い死に方ではないと気が済まない。痛みと苦しみと恐怖、それが彼女が受けるべき罰だ。


たがて黄色いラインの入った電車がホームに停車した。


人気がない駅。駅員もいない改札に切符を通した。

天気は快晴。程よい風が吹いていて心地よい。

ガードレールのない田舎道を歩く。歩道と車道を区切る白線は今は黄色の線で引かれており、見渡す限りの信号も皆黄色で点灯していた。


それから30分ほど歩いたところ。


そこはーー黄色の世界。


菜の花畑が広がっていた。

少女は走った。

どんなに走っても見渡す限り菜の花。あたりには誰もおらず少女一人。

ばさっと身を投げた。

少女を見下ろす花たち。

ああ、月曜日はこうでないと。思わず頬がゆるんだーー。

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