第30話 そして嵌められる

 目が覚めるころには昼を回ってしまっていたようで、窓からは眩しい光が差し込んでいる。

 むくりと上半身を起こしたヴェルキアはゆっくりと周囲を見渡した。

 シオが隣にいないことにほっと胸を撫で下ろすとベッドから降りる。

 昨日のことを思い出しながら顔を青くし、着替えて外に出る。


 廊下に出るとメイドが自分を起こしに来ようとしていたのか立っていた。

 彼女はこちらを確認すると頭を下げて挨拶をした。

 昨日外に案内してくれたメイドであることに気が付き、礼を述べて挨拶をする。


「とんでもございません。お嬢様、よろしければ侯爵様たちと一緒に食事はいかがでしょうか」


 その言葉にヴェルキアはなぜこんな時間に一緒に食事をと疑問に思ったが、起きてからお腹が空いていたのでその提案に乗ることにした。

 食堂に向かうとすでに3人は席についていた。


「ヴェルキア、おはよう」

「おはようって時間でもないけどね~」

「ヴェル、おはようなの」

「あ、ああ、おはようだの」


 なぜかレディセアまで普通に食事をしており少し面食らってしまうヴェルキアだったが、とりあえず席に着くことにする。

 レディセアがいるせいかアスフォデルがやや不機嫌そうだ。


 昼食の内容はサンドイッチのようなものだった。

 野菜やハムなどが挟まれておりとても美味しそうに見える。

 適当に口に運んで、なぜ3人で食事をしているのか尋ねる。


「ディーンったら結局寝ないでずっと後処理してるのよ? 食事もとらないから飯ぐらい食え! って引っ張ってきたのよ」

「このぐらい問題ないのだがな」


 そう言って苦笑するディーン。

 彼の目の下にはうっすらと隈が見えるので、レディセアの言う通り寝てないのだろう。

 そんなディーンの様子にレディセアがため息を吐く。


 宵闇であるというのにヴァルディードとは正反対に契約者に好意的なようだ。

 それがアスフォデルには面白くないらしく、不機嫌そうな表情で黙々と食べている。


「アスフォデルは身体は大丈夫かの? 痛いところはないか?」

「大丈夫なの。ありがとう、ヴェル」


 アスフォデルは嬉しそうに微笑むとまた食べ始める。

 それを見てヴェルキアは安心したように笑うと自分も2つ目のサンドイッチを頬張る。


「しかしまた、派手にやったものだな」


 おそらくアスフォデルとの戦いでめちゃくちゃになった古城跡地のことを言っているのだろう。

 だがそれは不可抗力というものだ。

 悪いのはヴァルディードである。ヴェルキアに責任は無い。


「アレね~。アンタの契約しているあの女、かなりの力を持っている奴みたいね」


 レディセアが何気なく言った一言に、ヴェルキアはぴくりと反応する。


「女? どういうことだの?」

「ん? どういうことって、アンタの契約相手でしょ。エストリエなんとかかんとかって女」

「ああ、レディセアとは違うタイプの美貌の持ち主だったな」

「ちょっと? アタシの前で他の女を褒めるのは禁止よ、禁止」

「それはすまなかったな、以後気を付けよう」


 ディーンの言葉に不満げに頬を膨らませるレディセア。

 しかしヴェルキアはそれどころではない。

 自分の知らないところでシオが勝手にディーンとレディセアと話していたのだから。


「ちょ、ちょっと待つのだ! おぬしら、シオ、じゃなくてエストリエと会ったのかの?」

「そう言ってる」

「そうよ」


 ディーンとレディセアが口をそろえて言う。

 アスフォデルの機嫌がさらに悪くなったような気がする。

 心なしか、ヴェルキアに襲い掛かってきたときのような殺意を帯び始めているような気がしないでもない。


「一体何の話をしたのだ? あやつと」

「何の話って、エストリエがアンタの契約者だからって、そんぐらいよね?」

「ああ、仲良くしてやってほしいと、ずいぶんと仲がいいようだな」

「わたしにも、ヴェルをよろしくって」


 3人ともそこまで深い話をしているわけではないらしい。

 というかそれではまるで保護者のようである。


(あやつめ! 一体何を企んでおるのだ!)


 理解のできないシオの行動に思わず頭を抱えてしまうヴェルキアだが、それとはまた別に重要な事実も明らかになっている。


(しかも女の姿でだと? ということは地球でわしの前に現れたのが本来のあやつの姿で、今わしの前で男でいるのは、わざわざそうしているというわけか)


 本来女であるシオがなぜヴェルキアの前でだけ性別を変えているのか、その理由は今までの行動からはっきりとしている。

 ヴェルキアへの嫌がらせ――

 いや、本来男である自分を女にして、男の姿で迫って嫌がらせをするのが目的だと予想できる。


(おのれシオめ!)


 この世界に来て理不尽な目に合っているのはすべてシオのせいではないかと思い込みはじめ、心の中で怒りを燃やす。

 本来男である自分が男に迫られるなど本当に理不尽極まりないことである。

 ヴェルキアがシオへの対抗策がないか考えていると、いつの間にか隣に来ていたディーンが書類のようなものを手渡してきた。

 何枚かあるそれを無言で受け取ると内容に目を通す。


 1枚目の内容は昨日の1件に関する報告書のようだった。

 要約すると昨日の古城跡地の戦いの結果、稀少鉱物が掘れる鉱山が消滅したらしい。

 ヴェルキアはそこに記載された被害総額の大きさを見て全身に脱力感を覚え、ぐったりと椅子に寄りかかる。

 あれは仕方がないことだったのだ。損害が出たとしても自分の責任ではない。


「これは……なんというか、すまなかったの」

「ああ、それで他のにも目を通してほしいのだが」

「あ、わかったのだ」


 2枚目の書類を見るとどこかで見たような形式ばったものだった。

 そこに書かれている内容はこうだ。


「今回の稀少鉱山の消失した件に関する補償についての契約書?」

「我々は今回のことは事故として処理するつもりだったが、エストリエからお前の覚悟を聞いた」

「いや、何をだの」

「今回の件に関するアル・マーズ侯爵領で発生した損害のすべてをお前が負うと」


 ディーンがヴェルキアの肩に手を置く。

 その手の重さはまるで肩を押しつぶそうとしているかのようだ。

 ディーンは真剣な顔つきのままだ。

 どうやら冗談ではないようだ。

 そしてその言葉の内容を理解した瞬間、ヴェルキアは絶句する。


「何を言っておるのだ! あれはわしの責任ではないだろう! ヴァルディードの奴がすべて悪いのだぞ?!」


 ヴェルキアは思わず立ち上がり大声を上げる。

 その拍子に椅子が音を立てて倒れた。


「いやいや、アンタほんとすごいわ。アタシなら速攻逃げるわ。無理よ、そんな借金返すの」

「わしにだって無理だ! なんだこの金額は!」


 ヴェルキアは書類を指して叫ぶように言う。

 その様子を見ながらアスフォデルは機嫌がよくなったのかにこにこと笑っている。

 レディセアは机に肘をついて楽しそうに笑っている。


 そこに記載されている金額は500億リーゼ。

 日本で言えば5兆円相当である。


「どうやって返済するつもりなのか俺にも到底想像がつかないが、返済が滞ればお前はガーディアス家の財産になる。嫌なら精々頑張れよ」


 それだけ言うとディーン達は食堂を出て行った。

 残されたのは茫然としたまま座り込むヴェルキアだけだった。

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押しつけ婚姻から始まる理不尽転生 ~女キャラにされて男から求愛されてる憐れな救世主様は思うように無双ができない~ やきいものりす @yakiimonolith

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