第27話 変わった未来
あっという間に侯爵邸へとたどり着いた2人は、屋敷の中庭へと降り立つ。
そこには数体のディガディダスの死骸と、ところどころ傷ついているものの無事に立っているディーンの姿があった。
その姿を見た瞬間、アスフォデルの表情が明るくなる。
すぐさま駆け寄ると、力いっぱい抱きついた。
「兄さま! 無事でよかったの!」
「アスフォデル……お前も無事でよかった。本当にな」
アスフォデルの頭に手を乗せながら、安堵の表情を浮かべるディーン。
そんな2人を見ながら、ヴェルキアは取返しのつかない最悪の事態が避けられたことを理解し、ほっと胸をなでおろした。
「さすが大見得を切っただけあったの。とはいえ苦戦はしたようだがの」
「お前こそ。またずいぶんとひどい格好だ」
ディーンの言葉に自分の身体を見下ろすと、服がまたボロボロになっていたことに気づく。
ヴェルキアは自分の姿を確認すると苦笑し、あたりをもう一度見渡す。
「魔術師団のものが駆け付けたおかげで何とかなったのか?」
周囲には魔術師たちが戦闘の後始末を始めていた。
「いや……実はな、俺も
その言葉にヴェルキアは思わず目を丸くする。その様子を見て、ディーンはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
一方のアスフォデルは世界がひっくり返ったかのように驚く。
「ヴェル、今すぐ宵闇から兄さまを解放してほしいの!」
慌てた様子でヴェルキアに詰め寄るアスフォデル。しかし当のディーンは全く動じていない様子だ。
それどころか余裕すら感じさせる笑みを浮かべている。
その様子を訝しげに見るヴェルキアだったが、ディーンが事情を説明する。
「いや、あいつが契約を持ち掛けてこなければ今ごろ俺はあの蟲の腹の中か、とにかく生きてはいなかっただろう」
その言葉を受けて、ヴェルキアはディーン1人に任せたことを強く後悔した。
だがあの場では他に選択肢は無かったのだと自分に言い聞かせる。
それでも後悔の念が消えることはない。
「そんな顔をするな。これは相手の力を見誤った俺のミスだからな」
ディーンは少し困ったような顔をして笑う。
「でも、もう大丈夫なら兄さま、ヴェルに頼んで――」
「あーもう、そんな心配する必要ないわよ」
アスフォデルがなおもディーンの身を案じて詰め寄ろうとすると、突然女の声が割って入った。
それはディーンのすぐ近くから聞こえた。
その声の主を探すように辺りを見回すアスフォデル。
そこにいたのは宙に浮く非常に目のやり場に困る恰好をした美女だった。
「あのねぇ、アタシをあんたを騙して乗っ取ろうとしていたこすい泥棒みたいな奴と一緒にしないでくれる? 不愉快なんだけど」
「レディセア、アスフォデルは俺の身を案じているだけだ。お前に対して敵意を向けているわけではない」
「んなもん見てりゃわかるわよ。でも文句の一つも言いたくなるってもんでしょうが」
煽情的な姿の美女は不機嫌そうにそう答えると、空中であぐらをかいて座り込む。
その姿はまるで重力を感じさせない。ふわりと浮き上がり、ゆっくりと空中に留まっている。
そんな様子をぽかんとした顔で見ていたアスフォデルとヴェルキアだったが、ハッと我に返ると美女に問いかけた。
「お前が、兄さまを助けてくれたの?」
「そーよ。こんないい男が死んだら世界の損失でしょうが。助けない理由がある? ないでしょ?」
そう言うと妖艶に微笑む美女。それを見たヴェルキアは何とも言えない表情を浮かべた。
(レディセア……好物は美男子と公言する、宵闇の18禁女。なぜこやつがこんなところに?)
ヴェルキアは困惑していた。ゲームで見た限りでは彼女の契約者はディーンではない。
いやそもそもこんなとっつきやすい性格ではなかったはずだ。
「アンタがディーンの妹? 造形は悪くないけど、あんまり似てないわね。チビだし」
「チビじゃないの! わたしはまだこれから背が伸びるの!」
「チビはみんなそう言うのよ。諦めなさいな」
そう言ってクスクスと笑うレディセアに、ムッとした表情を向けるアスフォデル。
そんな2人をディーンは苦笑しながら見ている。
「で、アンタが契約者のヴェルキア?」
レディセアの矛先が今度はヴェルキアに向く。
彼女はヴェルキアを上から下までじっくりと観察すると、ふっ、と笑った。
「アンタもそこのチビと同じ意見?」
その問いにヴェルキアは逡巡する。
目の前の存在はゲームの中とはずいぶんと印象が異なる。
しかしその行動原理は先ほど本人が言った通り、好物の美男子を保護し、いずれ皆おいしくいただこうという欲望に忠実なものだ。
それは単に性的な意味でしかなく、実際に食べられたりするわけではないので無害だと判断する。
「いや、ディーンを助けてくれたことに裏はないように思う。わしは問題ないと思うぞ」
「へぇ~。アンタはちゃんと考える頭がついてるじゃない。そこのチビと違って」
その一言にムッとするアスフォデル。それを見てますます楽しそうに笑うレディセア。
それを呆れ顔で見つめるディーン。
(だが、アスフォデルは本来ヴァルディードではなく、こやつと契約していなかったか? いろいろと齟齬が生じているのか、元からゲームの内容が正確でなかったのか)
そもそも男と契約したらレディセアの本懐が遂げられないのだから、やはりおかしいと思うが、ひとまずの危機が去ったことによりヴァルディードとの戦いによる疲労が一気に押し寄せてきたため、いったん思考を打ち切ることにした。
それにもう一つ気になることもある。
「あやつはどうなったのだ?」
「バルガスには逃げられた」
ヴェルキアの問いかけにディーンが答えた。
それを聞いてアスフォデルの顔が曇る。
「あいつ、ヴェルのこと狙ってるの! 放ってはおけないの!」
アスフォデルはディーンにすがりつくようにして訴える。
「奴とはまた見えることになる、次は逃がさん」
「そうよ、あのハゲ、顔面に鉛玉ぶち込んで2度と舐めた口聞けないようにしてやるわ!」
バルガスはずいぶんとレディセアに嫌われたようだ。
もっとも自分も嫌いなタイプなので、気持ちはよくわかるのだが。
「ひとまず、お前たちはもう休め。事情はその後聞く」
そう言われたので素直に従うことにしたヴェルキアはアスフォデルと共に屋敷の中へと入るのだった。
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