第26話 勝利の報酬
「アスフォデル!」
ヴェルキアはアスフォデルを空中で抱き上げる。
アスフォデルの身体からは力が抜けており、ぐったりとして動かない。
呼吸も荒くなっており、顔色も悪い。かなり衰弱しているようだ。
(やはりエーテル体を消滅させると重なりあう肉体の負荷も大きい。早く回復させねば)
≪さっさと魔力を渡してやれ、回復は俺がしてやる≫
シオの言葉にヴェルキアは頷くと、地面に降り、アスフォデルをそっと横たえる。
だが、ゲームの中ではスキルや魔法で簡単に魔力を譲渡していたが、やり方がわからない。
「おい、魔力はどうやって渡せばいいのだ?」
≪昨日の俺がしたみたいにキスするのが一番早いな≫
「それ本当なのだろうな? 冗談を言っている場合ではないのだぞ?」
≪俺だって時と場所はわきまえるさ。今なら魔力の使い方も理解できるだろ?≫
シオに言われた通り、今は身体の魔力を感じ取ることができる。
そういえば先ほどは魔法も普通に使っていたことを思いだす。
とはいえ、緊急時とはいえ女性にキスをするのは抵抗がある。
しかし、躊躇っている時間はない。苦しそうなアスフォデルを一刻も早く治療しなければならないのだから。
意を決し、顔を近づけていく。唇同士が触れ合う寸前で止める。
心臓の音がやけにはっきり聞こえる。自分を落ち着かせようと深呼吸をし、ゆっくりと唇を近づけていく。
互いの唇が触れる直前でまだ躊躇いがあったが、そのまま唇を重ね合わせる。
同時にシオが回復魔法を使ったようで、アスフォデルの全身を優しい光が包み込んだ。
「ヴェル……?」
アスフォデルの目が開き、その瞳には元の姿に戻ったヴェルキアの姿が映る。
ヴェルキアは慌てて身体を離す。顔が熱を帯びたように熱くなっていると思う。
しかしそれも無理もないことだった。
なぜならヴェルキアは今までキスをしたことがなかったのだから。
シオとキスしたことは思い出したくない記憶として今厳重に封印された。二度と思い出したくない。
一方、目覚めたばかりのアスフォデルはヴェルキアを見つめていた。
なぜか顔が赤い。意識が無かったように見えたが、もしかしたら普通に意識はあったのかもしれない。
その考えに行きつくとヴェルキアは慌てて言い訳を始める。
「あ、いや。エーテル体を消滅させるしかなくての、おぬしを助けるためにな、だからキスが目的でこんなことをしたわけではないのだ!」
支離滅裂な説明が口をついて出る。自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
シオの笑い声が頭の中に響く中、アスフォデルはゆっくりとヴェルキアの顔に手を伸ばす。
「アスフォデル?」
そしてそっと頬に触れると、優しく微笑む。
すると、今度はアスフォデルの方から顔を寄せてくる。
唇に柔らかい感触が伝わる。キスをされているのだと気づいたときにはすでに離れてしまっていた。
一瞬の出来事だったが、とても長く感じられた気がする。
呆然としているヴェルキアを見て、アスフォデルは悪戯っぽく笑う。
「もう駄目だと思ったの。助けてくれてありがとうなの」
その笑顔はとても可愛らしくて、思わず見惚れてしまうほどだった。
だが、すぐに正気に戻ると慌てて顔を背ける。
「いや、そんなの当たり前だ! わしらは友達なのだからな」
「ありがとう、ヴェル大好きなの!」
アスフォデルは勢いよく抱き着く。
女性に免疫のないヴェルキアは完全に固まってしまう。
(な、何が起きておるのだ……)
突然起きた出来事に頭が追いつかない。
アスフォデルの温もりが伝わってくる。心臓が激しく鼓動を打つのがわかる。
両の手は行き場を失い宙を彷徨っていた。
今まで感じたことのない言い知れぬ感情が沸き起こってくる。
(なんだ、これは……)
ゆっくりとアスフォデルが離れる。
いつまでも浸っていたいほどの心地よい余韻が心を満たしていた。
目の前に立つアスフォデルを見る。
ゲーム中では兄を失った喪失感を忘れるために戦いに明け暮れていた彼女は、今、幸せそうに笑っている。
もともと美しい少女ではあったが、その姿はさらに美しさを増して見え、胸の辺りが苦しくなるのを感じる。
≪惚れたな≫
頭の中に声が響く。その声はからかうような響きがあった。
「ば、何を言うておる!」
思わず大きな声が出る。自分が抱いていた感情をあっさりと見透かされ動揺してしまう。
「ヴェル、どうしたの?」
アスフォデルが不思議そうに首をかしげる。
「い、いや、わしの契約している宵闇がうるさくての。なんでもないのだ」
「宵闇……大丈夫なの?」
心配そうに見つめてくるアスフォデルに安心させるように微笑みかける。
「ああ、こやつはヴァルディードとは違ってわしに協力的なんでの。おぬしを回復させたのもこやつよ」
その言葉を聞いても、アスフォデルはまだ不安そうな表情を浮かべている。
それはそうだろう。先ほどまで宵闇に身体の自由を奪われていたのだ。そう簡単に信じることはできなくて当然だ。
ヴェルキア自身はもはやその可能性は無いと言い切れるほどに、シオのことを信頼してしまっているが、それをアスフォデルに今理解してもらうことは難しいだろう。
≪そろそろディーンのところに戻った方がいいんじゃないか?≫
シオの言葉を聞いてはっとなる。確かにディーンは複数のディガディダスを相手にしていた上に、バルガスもいたのだ。
すぐにでも戻らなければならないと、急いで立ち上がる。
「アスフォデル、ディーンがおそらくまだバルガスと戦っておるはずだ、急いで戻らんといかん」
「兄さまが?! 急いで戻るの!」
そう言って手を差し出すと、その手をアスフォデルはぎゅっと握りしめてきた。
兄の身を案じているのだろう、ひどく焦っているようだった。
そんな彼女の手をしっかりと握り返すと、ヴェルキアは再び融闇し、宵の空を駆けていった。
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