第28話 忘却の中にある真実
「つ、疲れた……」
また一緒に寝ると言って聞かないアスフォデルをなんとか説得したヴェルキアは自室に戻るとそのままベッドへと倒れ込んだ。
すでに時刻は夜明けに近い時間である。
「随分とお疲れだな?」
ベッドで横になっているとシオが声をかけてきた。
レディセアは普通に契約者以外の前にも姿を現していたが、なぜかシオはヴェルキアと2人きりの時にしか出てこない。
「おう、おぬしがいつまでも戻ってこんおかげで危うく死ぬところだったしの」
「クライアントからの呼び出しだったんだ。お前も社会人だったんだからわかるだろ?」
「クライアントの呼び出し? クライアントがいたとは初耳だがの」
ヴェルキアが訝しげにシオを見る。シオはそんな視線など意に介さず、言葉を続けた。
「おや、言ってなかったか? 俺たちがここグラディーナに来たのはクライアントから依頼があったからなんだが」
「聞いとらん。知らん」
「そう拗ねるな。ふくれっ面しても可愛いだけだぞ」
そう言って疲れ切ったヴェルキアの頬をつんつんとつつくシオ。
その手をうるさそうに振り払うと、ヴェルキアはごろんと寝返りを打って背中を向けた。
「あーもうよいわ。今日はもうおぬしの相手をする気力はない。ゼロだ。寝かせてくれ」
そう言い残して目を閉じようとするヴェルキアを見て、シオはヴェルキアの鼻をつまむ。
呼吸ができないのでヴェルキアは苦しげに眉根を寄せて声を荒げる。
「何をするのだ! わしは眠いというとるだろうが!」
「俺はまだ話足りない」
「知るか! 起きた後でなら相手してやるから今はやめぬか!」
ヴェルキアはそう言って再び目を閉じようとする。
「薄情な奴だ。間男を誘惑したと思えば、すぐさま女を口説き落とすような妻なだけのことはある」
「誘惑も口説き落としもしとらんわ!」
「だがキスはしただろう? しかも俺とした時よりも心なしか嬉しそうに見えたが?」
そう言われて思わず言葉に詰まるヴェルキア。
そして封印したはずの黒歴史を掘り起こされて気分が沈むのを感じた。
「そりゃあわし男だし、アスフォデルのような可愛い女子とキスできればテンションの一つもあがるというものだ」
「は~やれやれだな。お前もう少し節度を持ったらどうなんだ?」
「おぬしが言うな」
あきれたように言うシオに即座に言い返すヴェルキア。
いきなりキスはされるわ、馬乗りになってくるわ、裸で布団にもぐりこんでくるわ、どれも一級のトラウマばかりである。
「まあ俺はお前が誰を好きになろうと誰と関係を持とうと構わん」
シオはそう言うとヴェルキアの上に覆いかぶさった。
突然の行動に驚きながらも、押し返そうとするヴェルキアの手を押さえつける。
「な、何をする!」
「だがお前は俺のものであることを自覚すべきだ。そこは絶対に譲れん」
そう言いながらシオはヴェルキアを見下ろす。
その瞳はどこかで見た覚えがあるような気がしたが、それを考える前に視界が暗くなった。
「そ、そうか、ならよい。わかった、わかったぞ」
「いいや、お前は全く分かっていない」
唇が触れ合いそうな距離で囁くように話す2人。
吐息がかかってくすぐったくなり、ヴェルキアは少し身じろぎをする。
「わしが何をわかっていないというのだ」
「俺はお前の家族だ。で、15年も待っていたのにぞんざいに扱われる俺の方に怒る権利はあるんじゃないか?」
「か、家族? 妻やら夫など本気で言っておるのか?」
困惑気味に聞き返すヴェルキアに対して、シオは身体を起こし、少し考え込んだ後に口を開いた。
「ふむ……家族というのは少し違うかもしれんな? なにせ一生離れることも叶わぬ間柄だ。家族よりも強い絆で俺たちは結ばれた」
頭の奥底で何かが引っかかっている。
シオはネトゲで遊んでいたフレだ。ただそれだけの関係のはずだ。
「……のう、たしか3年くらいか? おぬしと遊んでおったのは」
どうやって出会ったのだったか。
目の前の男は、いや男の姿をしている女は自分の知っているはずの人間ではないかという思いが強くなる。
「だが、それだけだ。それなのにおぬしは、わしのことを随分と以前から知っておるようだな」
「……」
シオの答えは返ってくることはなく、なにやらごそごそと動いている気配がするだけだった。
やがて衣擦れの音が聞こえてくる。
「ん? 何をしておるのだ」
「見てわからんか、お前の手首を縛っているんだが」
シオはなんてことはないと言わんばかりに答えた。
その口調には一切の動揺がない。
まるでそれが当然とでもいうかのような態度である。
対するヴェルキアの方はというと、顔を真っ赤に染め上げて口をパクパクさせる。
「おい、ふざけるでない! 解け! 何をするのだ!」
「そう構えるな。大丈夫だ、最初だから優しくしてやる」
(ま、まずい……目が本気だの。このままでは、一生のトラウマになる事態が起きる、それは回避せねば!)
ヴェルキアはヴァルディードとの戦いの疲労も吹っ飛び、懸命に考えを巡らす。
しかしいくら考えても打開策が浮かぶことはなかった。
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