第21話 巨人
「では、そろそろ巨人の件について聞かせてもらおうか」
そう切り出したのはディーンだった。
頭を抱えて唸っていたヴェルキアも、それを聞いて顔を上げた。
「おぬし……今の流れでよくもまあ……」
「元々その話をするための場だ。話が脱線したのはお前にも責任の一端がある」
呆れた表情を隠そうともしないヴェルキアに対し、ディーンは特に悪びれた様子もなく答える。
諦めたようにため息を吐くヴェルキア。
その様子を見ていたアスフォデルは小さく笑っていた。
気を取り直したように咳払いをすると、ヴェルキアは語り始める。
「はぁ~仕方ないのう……では聞くが、おぬしらはいつから世に魔法がもたらされたのか知っておるか?」
「記録の上では、約100年前を境に魔法を扱う魔術師が登場しているな」
「さすが兄さまなの」
ディーンの言葉を受けてアスフォデルが誇らしげに胸を張る。
それを横目で見ながら、ヴェルキアが話を続ける。
「では、魔法がどのように人々にもたらされたかは知っておるか?」
「諸説あるが、どれも推測の域を出ない話だ。現状では未解明だと言っていいだろう」
ヴェルキアの質問にディーンは淀みなく答えていく。
その内容に満足したのか、ヴェルキアは大きく頷いた。
そして少しもったいぶったような口調で話し出す。
「ふっ、この世に魔法がもたらされたのは、異界との扉が開いたためだ」
「異界との扉だと? 確かにそんな説もあったような気がするが」
「まあ聞け。およそ100年前のアトリアの北、人の住まぬ地であるアルタイルにそれは現れた」
「アルタイル……そのあたりは確かに人が住めぬ極寒の地だ。そしてその付近が魔晶石の産地だったな」
その言葉にヴェルキアは正解とばかりに大きく頷いてみせる。
「うむ。扉から近いが故にな。そして、扉からは異界にある要素、エーテルがもたらされた」
「エーテル? それは初めて聞くな」
「そうだろうな。魔法の発動に魔力が必要なことは知っての通りだが、魔力は人体で生産されているわけではない」
「ヴェル、すごくもの知りなの」
感心した様子で呟くアスフォデル。
しかしディーンの方は特に反応せず、黙って続きを待っている。
「異界の扉からもたらされたエーテルに触れた人体は、エーテルを吸収することによって人体に重なるエーテル体を創り出した。エーテル体に生まれた器官、アストラル・レヴネは吸収したエーテルを魔力へと変換する。これで人は魔力を生成しておる」
「ねえヴェル、それって巨人の話と関係があるの?」
首を傾げるアスフォデルの問いに、ヴェルキアは質問で返す。
「そういえば、ヴァルディードのことは話したのかの?」
「ヴェル、なんであいつの名前を知っているの?」
(あ、やらかした)
しまったという顔をするヴェルキア。
それを見て訝し気な表情になるアスフォデル。
「ヴァルディードのことならもう聞いている」
「う、うむ、ならば話が早い」
誤魔化すように咳ばらいをするヴェルキア。
「奴らは異界の扉よりこちらの世界へ来た、異界にエーテル体のみで存在するものたちだ。わしは
(わしというかゲーム内でそう呼ばれていたのだが)
「宵闇……」
ディーンはその名を
それを見ながらヴェルキアが続ける。
宵闇とは何か、宵闇の目的は何かを。
「奴らはこちらの世界の存在ではない故、エーテル体のみの存在で肉体を持たぬ。そのため、この世界に元からいる生物の肉体を奪おうとする」
「エーテル体のみでは何か支障があるのか?」
「うむ。エーテル体には肉体が持つ五感、味覚、聴覚、嗅覚、視覚、触覚が無い。魔力により疑似的に再現しているが、奴らは肉体から得られるそれを欲しておるのだ」
「ではあの巨人は、宵闇とやらに肉体を奪われた生物、いや、元人間ということか?」
「その通りだ。もっともアレは宵闇との同化に耐えきれずに元の形を失ったものだがの」
頷くヴェルキアを見て、ディーンは難しい顔で考え込む様子を見せる。
一方、ヴェルキアの言葉を聞いて不安げにしているアスフォデル。
「では、ヴァルディードもアデルの肉体を奪おうとしているのだな」
「そんな……」
ディーンの言葉にショックを受けた様子のアスフォデル。
「そんなことにはさせぬ」
「ヴェル……」
しかし、すぐに強い意志を込めてそう言った。
そうして彼女の頭を優しく撫でるヴェルキア。
「何か手があるのか?」
ディーンの問いに考え込む素振を見せるヴェルキア。
(エーテル体を完全に消滅させてすぐに再生させることだが、ヴァルディードもおそらく聞いているであろうこの場で下手に話すわけにはいかぬな)
しばらく考えた後、口を開く。
その顔に浮かぶのは自信に満ちた笑みだった。
「ふっ、わしを誰だと思っておる? 手などいくらでもある」
自信満々といった風に言い放つヴェルキアだったが、それを聞いたディーンは疑惑の視線を向ける。
その表情はどこか胡散臭い者を前にしたようなものだった。
「アデルが不安がっているからと適当なことを言っているのではあるまいな」
そう言ってヴェルキアの横で不安そうに俯いているアスフォデルを見遣るディーン。
そんなディーンにやれやれと言った調子で首を振るヴェルキア。
おおげさにため息を吐くと、諭すように語りかける。
「妹の危機に不安になる気持ちはわからんでもないが、この件はわしをどんと頼っていいぞ」
「まじめにやれ。手落ちがあれば利息を上げるからな」
「わしはずっと真面目なんだが!?」
真顔で告げるディーンに対し、心外そうに叫ぶヴェルキア。
2人の様子を見ていたアスフォデルが小さく笑ったのを見て、ヴェルキアの表情が和らぐ。
「悪いが少しだけ待ってくれ。わしにも準備せねばならんことがあるのでな」
「うん。ヴェル、わたし待ってるの」
つい数時間前には命のやり取り、いや一方的に殺意を向けてきていたアスフォデルが、今ではまるで家族に向けるかのような穏やかな表情で微笑んでいた。
その変化に戸惑いを覚えつつも、アスフォデルと友達になれたことを嬉しく思うヴェルキア。
「さて、そろそろ食事の時間だな。ヴェルキアよ、夕食の手配を頼むぞ」
「はぁ? なんでわしがそんなことをせねばならんのだ!」
唐突に話題を変えたディーンがそう言うと、ヴェルキアは嫌そうな顔で反論する。
しかし、そんな反応を予想していたかのように余裕の表情を向けるディーン。
「別にやらなくても構わないが、お前の給料の査定がどうなるか楽しみだな」
「夕食の準備をすればよいのだな、喜んで!」
勢いよく立ち上がり、大仰な仕草で礼をしてみせるヴェルキア。
そのままくるりと反転すると扉へと向かう。
だがアスフォデルが慌てて呼び止めたことでその動きが止まる。
「ヴェル。お仕事の時はちゃんとお仕着せを着るの」
「……」
その言葉を受け、無言で振り返るヴェルキア。
そこには真剣な表情をしたアスフォデルの姿があった。
彼女はどこから出したのかメイド服のようなものを手に持っている。
それを見たヴェルキアは大きくため息を吐いた。
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