第20話 計画通りなの

 何かが通じあったような空気が流れる中、不意に何者かの声が割り込んできた。


「お前たち、この状況は一体どういうことだ」


 ディーンは2人の前に姿を現すなり、厳しい口調で問い詰める。

 アスフォデルはびくっと身体を震わせると、怯えた様子でディーンを見る。

 ヴェルキアは素早くディーンの前に移動し、地に手をつけ頭を下げた。


「すまん!!」


 開口一番、あたりに響き渡るような大声で謝罪の言葉を述べるヴェルキア。

 突然のことに面食らうディーンだったが、すぐに気を取り直すとヴェルキアを睨む。


「な、なにをしているの?」


 ディーンに睨まれて委縮した様子のアスフォデルが謝罪を止めようとするが、ヴェルキアは土下座の体勢のまま、顔だけ上げた体勢でディーンに答える。


「この惨状はわしらがやらかした結果だ! 申し開きのしようもない!」

「謝罪を求めているように見えるか? 何があったのかと聞いているのだが」

(やっぱりめっちゃ怒っておるのう……ここはわしが一計を案じねばなるまい!)


 ディーンは背後から冷気でも発しているように冷たい声で問いただす。

 その様子を見てアスフォデルは恐怖のあまり震えだす。


「兄さま、これはわたしが――」

「これはおぬしが遭遇した巨人と関係のある話だ」


 ディーンに弁明しようとしたアスフォデルの言葉を遮るようにしてヴェルキアが言う。

 ディーンは訝しげな表情でヴェルキアを見ている。


(いやまあ、嘘は言っておらんし)

「なるほど、あの魔力はそのせいか」


 ディーンは小さく呟くと、視線をアスフォデルに向ける。

 アスフォデルはまだ怯えているのか、小刻みに震えている。


「言っておくが、誤魔化そうとしておるわけではないぞ。これはアスフォデルが手に入れた力に関係のある話だ」

「では聞かせてもらおうか。巨人とこの惨状の関係とやらを」


 ディーンの問いに、ヴェルキアはゆっくりと頷いた。

 だがディーンは何かに気づいたかのように眉をひそめ、口を開く。


「やはり話は後だ。私はここの処理をしてから屋敷に戻る。車を手配するから、お前たちはそれに乗って先に戻れ」


 羽織っていた上着を脱ぐと、ヴェルキアにかぶせるディーン。


「なんだ?」

「自分の恰好をよく見てみろ」


 ヴェルキアは自分の身体を見下ろす。

 そこには、服がぼろぼろになり肌が露出している部分があった。

 特に胸のあたりがひどい。

 下着が見えてしまっている。


 それを見たヴェルキアは思わず奇声を上げる。

 そしていそいそと上着を着込んだ。


 ガーディアス邸に戻り、着替えを済ませたヴェルキア。

 執務室にはディーンの姿があり、2人はソファに腰かけている。


「事情はアスフォデルから聞いた」


 そう切り出したディーンに対し、ヴェルキアは顔を青褪めさせる。


(わしが着替えている間に話をしてしまったのか……)


 ヴェルキアはちらりと横目でアスフォデルを見ると、彼女は顔を伏せたままだった。


「いくらお前が許そうと、ガーディアスに名を連ねるものとしてあるまじき行いだ」


 ディーンの言葉にびくりと身体を震わせるアスフォデル。

 その様子を見たヴェルキアはすぐさま反論しようとする。

 しかしその前にディーンの言葉が割って入った。


「アスフォデルには帝国法に則った処罰を与える」

「わしには傷一つついておらんのだが」

「それだけの問題ではない。あの地でアスフォデルが起こしたことは災害に等しい。黙って看過するわけにはいかない」

「兄さまの言う通りなの」


 アスフォデルは俯きながら言う。

 その表情は見えないが、身体は小さく震えていた。

 ヴェルキアはそんな彼女の様子を見て思わず口を開いた。


「ならば、わしも罰を受ける」


 その言葉に驚いたのは、ヴェルキアの横にいたアスフォデルである。

 彼女は慌てて立ち上がり、抗議の声を上げた。


「何を言っているの。お前は関係ないの――」

「いいや、わしらは友達だからの! おぬしだけに責任を負わせなどはせん!」


 その言葉を聞いた瞬間、アスフォデルの瞳は大きく見開かれた。

 そしてゆっくりと目を伏せると、何かを呟いたが聞き取れなかった。


「ほう?」


 一方、ディーンの反応は少し意外そうなものだった。

 彼は顎に手を当てると、ヴェルキアをじっと見つめる。

 やがて小さく頷くと、こう言った。


「責任を取る、か。ふむ……それは難しいな」

「な、なぜだ」


 ディーンの答えに、ヴェルキアは困惑する。

 するとディーンは懐から1枚の紙を取り出した。

 どうやら何かの資料のようだ。

 それをテーブルの上に置くと、2人に見えるように広げる。

 そこに書かれていたのはとある人物の名前と、その人物に関する情報であった。


「これ、ヴェルのことが書いてあるの」


 アスフォデルが怪訝そうに言うと、ディーンは頷いて肯定した。


「2年前にアトリア共和国ラディエス家の養女になった……わたしと同じなの?」

「連合ではSランク認定されている魔術師でもある。もっとも、どうみてもSランク以上の実力を持っているようだが」


 2人がヴェルキアに視線を送ると、気まずくなり顔を逸らす。

 それに構わず、ディーンはさらに続ける。


「養子ではあるが、ラディエス家の息女に帝国内で起きた問題の責任を取らせる。これがどういうことになるかわかるか?」

「間違いなく帝国と連合の問題に発展するの」

「そうだ、それは俺としても歓迎できない」


 2人の言葉を受け、ヴェルキアの表情が曇る。


「ぐぬ、しかし、わしは」


 言葉に詰まるヴェルキアを見て、ディーンが意地の悪い笑みを浮かべる。


「俺としてはあまりお勧めできないのだが、どうしても責任を取りたいというのであれば方法はないことはない」


 そう言うと、再び懐から1枚の紙を取り出す。


「借用書?」

「俺個人の財産をお前に貸付け、今回の被害の補填に充てる。その場合、お前は個人的に俺に対する借金を負い、その返済を行うことになる」


 ヴェルキアは契約書の内容に目を通す。

 アスフォデルもその横で覗き込むようにして見ている。

 そしてある項目を見て机をバンッと叩く。


「なんだこの額は!? 1億リーゼだと!」

「ああ、キリがよくなるように端数は削ってそれだ」


 ヴェルキアの剣幕に気圧されつつも、ディーンは平然とした様子で返す。

 ちなみにリーゼとはこの世界の通貨単位であり、日本円換算で1リーゼは100円程度に相当する。

 つまりヴェルキアはディーンに対して約100億円相当の借金を負うということになるのだ。


「うむ、やはり無理だろうな。俺もこれほどの借金をしてまで友人を救おうなどとは思わん」

「ヴェル……」


 悲し気に見つめるアスフォデルと対照的に、ディーンの表情は明るいものであった。

 それを見て、ヴェルキアの顔が歪む。


(借用書をはじめから用意しておって、はなからわしを嵌める気だったな!)


 そう叫びたくなる衝動を抑えつつ、ヴェルキアは口を開く。


「いや……わしはそんな軽い覚悟で責任を負うなどは言っておらん! この程度の借金、すぐに返済してくれよう!」


 半ばやけくそのような気持ちだったが、それでも覚悟を決めて契約書にサインする。

 そんな様子を傍目に見ながら、ディーンが口を開く。


「そうか、お前の覚悟を侮っていたようだ。その点については詫びねばなるまい」


 その言葉を聞き、ほっとしたヴェルキアだが、次の言葉で凍り付く。


「ではこれからお前は借金完済まで住み込みでガーディアス邸で働いてもらう。アスフォデル、しっかり指導するのだぞ」

「わかったの。ヴェル、よろしくなの」


 笑顔で握手を求めるアスフォデルの手を、呆然としながら握るヴェルキア。

 その様子を見て満足げに頷くディーン。


「いや待て! なぜわしがこの屋敷で働くことになっておるのだ?」


 慌てて手を離して叫ぶように言うヴェルキアだが、ディーンはそれを意に介さずといった様子だ。

 そして淡々と説明を始めた。


「借用書には記載してあるが、1億リーゼもの借金となると俺も担保がなくては不安でな。だがお前ほどの実力を持つ魔術師であれば担保として十分だ」

「担保?」

「つまりお前は、借金のカタとして返済まで俺のものになるということだ」


 ディーンの言葉に唖然としてしまうヴェルキア。


「いや……そんな文言がどこに書いてあったのだ……」

「契約書はよく見ろ、今後は気をつけろよ」


 そう言われたヴェルキアは慌ててもう一度確認する。

 確かにディーンの言う通り、最後の方にその一文がある。


 ――なお、融資の条件としてヴェルキア・バラッドを担保としてディーン・ガーディアスに差し出すことを承諾する。

 また、返済は利子を含めて毎月170万リーゼとする。返済期間は5年とし、返済期間の延長は認めないものとする。また、返済不能となった場合は契約不履行とみなし即時担保の所有権はディーン・ガーディアスのものとする。これに異議申し立ては認められないものとする――


「なんじゃこりゃあああああああああ!!!」


 あまりの事態に思わず叫んでしまうヴェルキア。

 そんなヴェルキアの様子をアスフォデルは満足げな表情で眺めていた。

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