第22話 悪意
(あれ、ここはどこなの?)
アスフォデルは夕食をとった後、ヴェルキアの部屋でしばらく他愛のない話をしていた。
一緒に寝ようとせがんだが、どうしてもダメというので自室に戻って就寝したのだが……。
(どうしてわたしは勝手に歩いてるの?)
周囲を見渡すが夜の闇に阻まれて何も見えない。
しばらく歩くと灯りが見えてくる。
そこは魔術師団の本部のようだった。
本部の中は深夜であっても最低限の人員は配置されている。
しかし、どういうわけか人気はない。
そのまま師団長の部屋まで進み、扉を開く。
そして机に向かう人物へと声をかける。
「何をのんきにくつろいでいる」
「やあ、遅かったな」
アル・マーズ魔術師団の師団長である男、バルガスの姿がそこにあった。
彼は椅子に座りながら、机の上にあるグラスに手を伸ばす。
「最終調整に時間を要した。元を正せばお前が奴の処理に失敗したからだ」
「返す言葉もないな」
バルガスは苦笑した。
「それで、そちらはどうなのだ?」
「見ての通りだ、アスフォデルの身体は完全に我が掌握した」
アスフォデルの身体を乗っ取ったヴァルディードはそう答える。
ヴァルディードはアスフォデルの身体を確認するように見下ろす。
(掌握した? どういうことなの? わたし、どうなってるの?)
アスフォデルは混乱する頭で必死に考える。
ヴァルディード、
そう、この身体はおそらくヴァルディードに乗っ取られてしまったのだ。
(そんな……こんなの嘘、私……)
アスフォデルは絶望に打ちひしがれる。
しかしアスフォデルの絶望に気づくものはおらず、バルガスは続ける。
「では、今宵限りでアル・マーズ侯爵にはご退場いただこう」
「当初の計画通りであれば我がわざわざ代替え役を務めずに済んだものを」
「君の手を煩わせてしまったことは本当に済まないと思っている。しかし、誰があんなことを予想できる?」
「ヴェルキア・バラッドか……」
アスフォデルがその名を聞き、はっとなる。
(こいつら、兄さまとヴェルを狙ってる?)
先ほどまで己の身に起きたことに混乱していたアスフォデルだったが、今は目の前の状況に困惑している。
「彼女はできるだけ傷をつけずに連れてきてほしいのだが」
「それは奴からの要望か」
「私と彼女、両方からだな」
「我でもそれなりに手を焼く。善処はするが、どうなるかは保証できん」
ヴァルディードは肩をすくめる。
その様子を見て、バルガスは呆れたように苦笑する。
「君が手を焼く? 冗談もほどほどにしたまえ。君の力はかつて帝国軍をたった1人で壊滅状態に追いやった
「あんな気味の悪い枯れ木のような奴と我を一緒にするなよ。本体も今の我も奴に劣ることなど万が一にもありえぬ」
「ならば我々の要望を叶えることはできるな?」
ヴァルディードは舌打ちする。
それから不満げに言う。
その言葉を聞いただけで普通の人間なら失神しそうなほどの殺気を漂わせながら。
「当主はお前がやれ」
「ああ、事故とはいえ失態は失態だ。責任は私が負おう」
「お前がしくじっても我は助けんぞ」
2人の会話を聞いてアスフォデルは懸命に考えを巡らせる。
(兄さまとヴェルに伝えなきゃ……ううん、私の身体を取り戻すことはできないの?)
だがどれほどもがいても身体を自由に動かすことはできなかった。
そうしていると、突然身体に衝撃が走る。
まるで何者かに自分の身体を掴まれたような感覚だった。
「どうした? ずいぶんと機嫌がいいようだが」
「何、この身体の持ち主が目覚めたようでな」
「ほう、意識は残していたのか?」
「当然だろう? 我が好むのは人の憎しみや絶望だ」
ヴァルディードはそう言って笑う。
一方、アスフォデルは先ほどから自身を包む圧迫感に苦しみながら叫んでいた。
(ヴァルディード、その身体は渡さないの! 兄さまにもヴェルにも手出しはさせないの!)
「よく聞けアスフォデル。お前にできるのは我がすることをただ見ているだけだ。いいか? これからお前にできた初めての友達を目の前でいたぶってやる」
「ヴァルディード、私の話をもう忘れたのか?」
「ちっ、わかっている。とはいえしばらく身動きができない程度にはしておくのは許容しろ」
ヴァルディードがそういうとアスフォデルは先ほどよりも強く締め付けられる感覚に襲われる。
(い、痛いの! やめて!)
「過ぎた力を求めた結果だ。お前の兄を目の前で料理できないのは残念だが、死体になった兄さまとは対面させてやるから、楽しみに待っているがいい」
「私が言うのもなんだが、なかなか悪趣味だな」
「女を嬲り殺すのが趣味のお前に言われたくはないな」
バルガスは肩をすくめて笑った。
それに対してヴァルディードもまた笑みを浮かべる。
「私はそうするのが目的ではない。結果的にそうなっているだけだ」
「同じことだろうが。お前の玩具にされる女どもには同情するよ」
アスフォデルは痛みに耐えながら2人のやり取りを聞くことしかできない。
己の無力さに涙がこぼれそうになる。
「さて、ではそろそろ始めるとするか」
「ヴェルキアには昼間の場所で待つと伝えておけ。我と奴が戦えばあの屋敷も跡形もなくなるからな」
「それは困るな。承知した」
そう言ってバルガスは部屋を出て行った。
ヴァルディードもまたバルコニーへと移動する。
「くくく……楽しみだな、アスフォデル」
ヴァルディードは邪悪な笑みを浮かべながら夜の空を舞った。
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