第18話 力の実感

(……カタログスペック上ではわしが負ける要素はないはず)


 シオがいない以上、融闇することはできない。

 ゲーム内ではおよそ魔力の最大値の4割程度が地力だったので、150万から160万が今のヴェルキアの魔力となる。

 対してこの世界では宵闇トワイライツ契約者テスタメント以外で100万以上の魔力を持つ者は片手で数えるほどだ。


 アスフォデルはゲームの中で幾度も敵として立ちふさがる。

 宵闇の契約者であり、最終的にその魔力量は今の融闇時のヴェルキアを超えている。

 逆に言えば、それ以前の彼女、ましてゲーム本編開始前ともなればたとえ契約者であったとしても今のヴェルキアの方が優勢のはずだ。


(とはいえ油断はできない相手だのう。わし、魔法も使えんし、武器もないし……どう戦う?)


 どうしたものかと思案していると、少女が大鎌を振り上げた。

 次の瞬間、勢いよく振り下ろす。

 すると、刃の部分が伸びてヴェルキアに襲い掛かった。

 咄嗟に横に飛び退いて回避したが、床が裂け、城が揺れる。


「やっぱり早いの。でも――」


 アスフォデルの瞳の色が変わる。

 その瞳には紅色の光が宿っていた。彼女の周囲に漆黒の魔力が立ち昇る。


「すでに契約を果たしていたようだの!」


 それを見たヴェルキアは舌打ちをする。


「灰になれっ! カルネージフレア!」


 アスフォデルの手に巨大な黒い火球が生み出される。

 それをヴェルキアめがけて投げつけた。


(ほんとに灰になりそうだが、わしなら耐えられるはずっ! めっちゃ怖いがっ!!)


 左手を前にかざし、アスフォデルの放った火球を直に受け止める。

 一瞬で対象を焼き尽くす炎を、左手で受け切り、かき消した。


「ふ、ふはははは、わしにその程度の魔法は効かんぞっ!」


 心臓が早鐘を打っているのがわかる。

 しかしそんな様子は一切見せず、余裕ぶった態度をとる。

 実際はめちゃくちゃビビっていたのでただの虚勢なのだが。


 一方で目の前の少女、アスフォデルの瞳は驚愕に見開かれた。


「今のを、魔法を使わないで素手で受け止めたの……?」

(そりゃあ驚くだろうの。契約者と同化した宵闇の魔の欠片は、100万を超える魔力を与える。しかし、契約者がその力をいきなり100%使えるかというとそうではない)


 城は今の魔法の衝撃で崩れ始める。2人は外壁に生じた穴から外へと飛び出した。


(欠片の力を使うほどにエーテル体が同化され、欠片の力を引き出せるようになっていく)

「ヴァルディード! もっと力を寄越すの!」


 アスフォデルの瞳がさらに真紅に染まり、全身から紫色の光が溢れ出す。

 それと同時に、彼女の体から凄まじい量の魔力が噴き出した。

 まるでそれは彼女自身が闇を纏っているかのようだった。


(まずいな、ちと同化が進みすぎておるのでは?)


 これ以上の欠片との同化は危険であると判断する。


(女性に振るう拳など持ち合わせておらぬが、アスフォデルを止めねば!)


 ヴェルキアが地面を蹴り、距離を詰める。

 だがアスフォデルもそれに反応し、右手に握る大鎌を振りかぶる。

 間合いに入る直前、ヴェルキアはさらに加速しアスフォデルの背後をとる。


「アスフォデル、その力は使い過ぎれば身を滅ぼすことになる! もうやめよ!」


 ヴェルキアが叫ぶと同時に、背後からアスフォデルを羽交い絞めにしようとする。


「黙れ黙れ! お前を殺せないと兄さまに捨てられるの! わたしは兄さまに必要とされるの!!」


 アスフォデルはヴェルキアの動きを読んでいたかのように振り向きざまに大鎌を振るい、ヴェルキアを切り裂こうとする。

 しかしヴェルキアはその攻撃を間一髪のところで躱した。

 そして再び距離をとろうとする。


 ヴェルキアと距離ができたことで、アスフォデルは一度動きを止める。

 少女は大きく息を吐き、呼吸を整える。


(しまった、反射的によけてしまったが、あの鎌の刃もわしなら問題なかったのでは)


 今更ながら自分の行動に後悔する。


「ディーンがおぬしを捨てると言ったのか? そんなことはなかろう!」

「兄さまが必要としているのは強い魔術師なの! お前が来たから、わたしはもう兄さまの1番じゃないの! だから、お前を超えて、殺すの!」


 怒り狂ったような形相でそう告げる少女に気圧されるヴェルキア。

 同時にこの少女の狂気の原因が自分の存在にあるのだと理解する。


「ならばディーンのやつに聞いてみよ! もしあやつがおぬしを捨てるというのなら、わしがディーンをぶん殴ってやる!」

「うるさい! お前はもう黙るの!」


 そう言ってアスフォデルは再び右手を振るう。

 今度は先程よりも巨大な炎の球が形成される。

 その球の内部には竜巻のようなものが吹き荒れており、それを無理やり球状に押し込めているように見える。


(あれは無理だろう! 受けるのはヤバそうだの!)


 本能的にそれが危険なものだと悟ったヴェルキアは回避を試みる。

 炎が届かない場所まで跳躍しようと足に力を込めたその時だった。

 突如として地面から漆黒の腕が何本も生え、ヴェルキアの体を掴む。


「逃がさないの! これで、死んでしまえー! ボルテックスフレイムーーッッ!!」


 アスフォデルが叫びながら右手を横に薙ぐと、ヴェルキアに向かって無数の炎の竜巻が放たれた。

 ヴェルキアは足を拘束する腕を振りほどくが、一瞬遅くヴェルキアが竜巻に呑まれる。


(くそっ、死んでたまるか!)


 轟々と燃え盛る炎に包まれ、無駄だと思いつつも防御姿勢をとったヴェルキア。

 今までに経験した大型の台風など比べ物にならないほどの風圧と熱が襲いかかり、呼吸すらままならない気がした。


 アスフォデルの放った魔法は周辺の地形を抉り取り、崩壊した城の残骸を巻き上げる。

 その状況をヴェルキアは平然と眺めている。

 城は完全に崩れ去り、見る影もない状態になっていた。


「え……どうして、生き、てるの……。わたしの、全力の魔法を、受けたはず、なのに」


 災禍が過ぎ去った後も、ヴェルキアはほぼダメージなしでその場に立っていた。

 衣服はところどころ焼け落ちていたものの、身体には目立つ傷はない。

 その様子をみたアスフォデルは呆然と呟やく。


(まったくだの……わし、本当に人間なのか? これが異世界転生チートか……)


 だがアスフォデル以上に驚いていたのはヴェルキア自身であった。

 自分が生きていることにももちろん驚いているのだが、それ以上にアスフォデルの一撃を受けて無傷でいることに驚きを隠せなかった。


「わたしじゃ、あいつに、勝てない、の? どうして、どうして……」


 目の前の光景を受け入れられないといった様子で呟く少女。

 今の攻撃で魔力をすべて使い果たしたのか、彼女は膝から崩れ落ちた。

 そんな少女の様子を見てヴェルキアはアスフォデルに歩み寄った。

 ヴェルキアは膝をつき、少女と同じ目線の高さになるよう腰をかがめる。


「のう、アスフォデル。わしと友達にならんか?」


 突然そんなことを言い出すヴェルキアに対し、アスフォデルは理解できないといった表情で見上げる。

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