第14話『英雄の本』
昨日と同じく夕食を取ったあとはカディスが見張りをすることになっていた。
移動している昼間に休ませて貰っていたので、体力的には問題はなかった。
昨夜と違うところはガインが早めに寝てしまったかわりに、昼間カディスと一緒にお昼寝をしていた子どもたちが一緒になって焚き火のそばに座っていた。
「ガインさん寝ちゃったね」
「昼間は俺も休ませてもらってたし、視界も悪かったから気を張ってて疲れたんだろう」
「わたしたちも寝ちゃったから……」
「はは。気にする事はないさ」
そう言いながら2人に果実水をコップに注いで出してあげる。
「そういえば、2人はよく遊んでたのか?」
「リエルのいた孤児院によく遊びにはいくけど、あんまり遊んだことはないよな?」
「うん。わたしはシスターやお姉ちゃんと本を読んだりしてたから」
――確かに大人しいリエルと、比較的活発そうなカルドが一緒になって遊ぶことは少ないか。
「ミナカから攫われたのは2人だけだったのか?」
儀式場に子供の死体が1つあったことを思い出して、そろそろ聞いてもいいかと判断して聞いてみるが知らない子だったようだ。
――複数の街を襲える規模なのか、たまたま移動時間の差で一緒になったのか……どちらにせよ3人は攫われたのは間違いないし、リエル達の話を聞く限り他にも犠牲者が多数いる。長年似たようなことをし続けられていることを考えると、隠れるのは相当うまいようだな……
「カディスさんは、あのカディスさんなの?」
「あの、とは?」
「英雄の本にでてくる……」
ガインとの自己紹介の際にそれらしいことを話していたが、子どもたちはそれどころじゃなくて頭に入っていなかった。
ようやく攫われる前のような落ち着きを取り戻し始めて、ガインとカディスの話を聞いているうちに思い出して気になってしまったのだ。
「まって……本があるのか?」
「孤児院にあったよな?」
「すごく強い光る魔法で敵をなぎ倒し、勇者様と一緒にいっぱいの敵に向かっていって切り倒し、最後は勇者様たちを守る為にすごい魔法つかって死んじゃったって」
――うぅーん……間違ってはいない……いないんだが、最後のはもっと練習していれば俺も死なずに済んだかもしれないし、反省する箇所も多いから英雄扱いは精神的に来るものがある……俺の場合死んでるから本来であれば知ることもなかった事だし。
「んあぁー、まぁそうだな……そのカディスであってるな……」
「すげぇ……そんな人に魔法を教えてもらってるなんて……」
「あー待て待て。そのなんだ、英雄に教わったみたいな事は言うんじゃないぞ? 本があるから知ってると思うが俺は死んだんだ。ただの魔法使えるおじさんに教わった程度ならいいが……いや、それはそれで親としては不安か?」
「いっちゃだめなの?」
「あぁ。俺が復活したことは人に話しちゃだめだぞ。他の人に知られると消えちゃうんだ……」
大げさに悲しそうな表情をしつつ、嘘を交えて俺が復活したことが広まらないように説得していく。
――賢いこの子たちのことだから、こう言っておけば広めはしないだろう。
「わかった!」
「わたしも」
「よしよし、いい子たちだ。ご褒美にお菓子を出してあげよう」
夕飯を食べてから結構時間は経っているため、少しであれば食べられるだろうし問題ないだろうと2人に手渡す。
――儀式で復活したからリエルの命令には逆らえないが、このことはリエルにだけ伝えたので大丈夫か。しかし本かぁ……あれから10年だし、大陸中を混沌に陥れた出来事だもんな、解決されたらそりゃあ本にもなるか……
「勇者たちの本ならまだわかるんだがなぁ」
「あるよ?」
「あ、やっぱりあるのか」
「英雄の本と同じくらい有名」
「俺の本主体で比べられるって……いやまぁ英雄譚とかはいつも人気か。俺も小さい頃読んだしなぁ」
「どんなお話だったの?」
「んー。山奥に暮らしていた少年が、旅をする冒険者に憧れてあちこちのダンジョンで経験を積み、最後には世間を脅かしていたドラゴンを倒すみたいなやつだ」
「しらない」
「わたしも」
「うそだろ? あれも相当有名なはずなんだが」
「今の英雄の本ってなると勇者とカディスさんのしか読んだことない」
「えぇ……町に行ったら俺の言った本も探してみるか……」
「みつけたら読ませて?」
「あぁ。もちろんだ」
今夜の魔法の練習はカルドも加えて色んな話をしつつ行った。
カルドは【ライト】の魔法で魔力を込める練習を、リエルはあのような閃光を夜間に放つと目立つため、魔法は発動させずに魔力操作のみの練習を眠くなるまでやっていた。
翌朝、馬に果物をあげるのに慣れてきた子どもたちを見ながら、焚き火などの後片付けを済ませて出発する。
昨日の雨のせいでぬかるんでいるが、少し速度が落ちるくらいで移動自体に問題はなさそうだった。
しばらく移動していくと、カディスが張っていた索敵魔法に引っかかるものがあった。
「ガイン、もう少し速度上げられるか?」
「このあたりはぬかるみが酷くてこれ以上は無理そうだ。何かあったのか?」
「俺の索敵魔法に反応ありだ」
「人か……?」
「いや、モンスターだな。数は7、恐らくウルフ系統かな」
「7頭も……」
「速度が上げられないなら、馬の休憩も兼ねて止めてくれ」
「大丈夫なのか?」
「はは、誰に聞いているんだ?」
「そうだよガインさん、カディスさんだよ?」
「英雄の」
「ごめん、ちょっとそういうのはやめてほしいかな……」
自分で言う分には良かったのだが、子どもたちがそれに乗ってきて称賛してくるとは思っておらず、気恥ずかしくなってしまう。
「はっはっは。たしかにそうだな。それじゃあ一旦止めるぞ?」
「あ、あぁ頼む」
馬車は徐々に速度を落とし、止まる頃には察知している敵もすぐ近くまで寄ってきていた。
しかし警戒心があるからかすぐには姿を表さず、木々の影に隠れて様子を伺っているようだった。
「それじゃあ行ってくるから、馬車から出るなよ」
「わかった!」
「うん」
子どもたちにそういうと馬車から降りて、察知したウルフたちの方へ向かおうと歩きだす。
馬車から数歩移動した辺りで、茂みから真っ黒な狼が1 匹だけ姿を表した。
「ブラックウルフか。賢い上に薄暗い森の中だと見つけにくく、その隠密性から奇襲を得意とするモンスターだな」
まだ馬車に声が届く範囲なので、子どもたちにどういうモンスターなのか教える。
「でも1匹しかいないけど……」
「こいつは斥候か囮なんだろう。現に後方で3匹ずつ左右に別れたようだしな」
「かしこい……」
「まぁ、相手の準備が整うまで待つ必要もないからやらせてもらうか。【ライトニング】」
カディスが右腕を前に出してそう唱えると、手から雷のような電撃が飛んでいき、見えているブラックウルフに直撃する。
避けるまもなく魔法が当たったブラックウルフは「ギャウッ」と断末魔を上げて絶命した。
先行していた1匹がやられたことで、二手に別れていた他のブラックウルフが左右から一斉に飛びかかって来たのを確認し、カディスはそれぞれに左右の腕を向ける。
「【チェーンライトニング】」
それぞれの手から電撃が放たれ、グループの近い標的に当たったあと、そこから近い別の標的に連鎖していく。
飛びかかってきていた6匹は、地面につく頃には事切れており、辺りには焦げたような匂いが漂っていた。
「終わりっと」
「さすが……」
振り返るとガインが信じられないというような表情をしていたのに対し、子どもたちの目はものすごく輝いていた。
「ど、どうした?」
「すごく強い光る魔法だ……」
リエルが昨夜話してくれた俺の本の内容をつぶやく。たしかにカディスは雷系統の魔法が得意でよく使っていたため間違いではなかった。
「い、一応売れるだろうから回収して来る。丁度いいから昼飯にするか!」
あまりそういう視線を受けるのが得意ではないがディスは、話を逸らすためにそそくさとブラックウルフの死骸を回収しに向かった。
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