第12話『野営と魔法の基礎』
邪神教徒達が通っていたと思われる痕跡のある道から外れて進んでいき、夕暮れにはちゃんと止まって休むことにした。
馬たちもずっとこのまま走り続けさせるわけにもいかないため仕方のないことだが、ある程度移動したと言ってもただでさえ走りにくい木々が多いところを、馬車の速度で4時間程度なのでまだ気は抜けない。
本来であれば野営するなら川辺の近くが良かったのだが、水などはカディスが魔法で用意するようにして、見つかりにくい森の中の適当な場所で夜を明かすことにした。
「子供たちは寝たか?」
「あぁ、さすがにな」
夕食をアイテムボックスから出してみんなで食べたあと、焚き火等の野営の準備をする間子供たちをガインに任せていたのだが、疲れや解放された安心感や満腹感など、様々な要因からくる睡魔に勝てなかったようですぐに寝付いてしまったようだ。
寝ている子どもたちを起こさないように、ゆっくりと荷馬車の荷台から降りてきたガインに木製のコップを渡す。
「酒は強いか?」
「昔は強かったが……」
「んじゃ飲めるな」
そう言いつつガインのコップにピッチャーからワインを注ぐ。
「見張りはいいのか」
「見張りは俺に任せておけ。索敵魔法も併用してるし安心してくれ。それに今日は考えたいことも多くて中々寝付けそうにないからな……ガインは御者をやってもらってるんだ。飲んでゆっくり休んでくれ」
「そういうことなら頂こう……美味いなこれ。10年ぶりってのもあるかもしれんが……」
「まぁセントリア国王のお気に入りだからなぁ。10年も経っていりゃもっと美味いワインになってたかもしれんが、アイテムボックス内の時間が経過しないのが惜しいと思える珍しい例の一つだな」
そう笑いつつカディスも一杯だけと決めて注いだワインを飲む。
気持ち的にはそこまで懐かしいわけではないのだが、体に染み渡っていく感覚が少し懐かしさを感じさせる。
「ぶっ。へ、陛下のお気に入りか……そりゃうまいわけだ……」
「アイテムボックス内に樽で入ってるから遠慮はするなよ」
一口目に比べるとチビチビと飲み始めたガインにそう言うが、「久しぶりの酒だから少量にしておく」と言われたのでしまっておくことになった。
樽を出すのは手間なので、勇者パーティーで飲んでいたころもこうやってピッチャーに少しずつ移して出していた。宴会や飲みつぶれてもいい席では樽ごと出そうと思っていたが、その機会は生前には訪れなかった。
「カディス殿は俺たちを送ったあとどうするんだ?」
「そうだな。あちこちを見て回りたいな」
「カディス殿なら冒険者として資金稼ぎしつつ、その金で旅も出来そうだな」
「冒険者かぁ」
「登録はしてなかったんだっけか?」
「いやぁ昔したがセントリア王都に長居するようになってからは、訓練とか色々忙しくなってそっちは顔を出してなくてなぁ……それに俺は死んだんだからどちらにせよ登録はし直しだ」
「たしかに言われてみればそうだったな……俺なんかがカディス殿とこうして話せるのは夢のようだ」
「その知名度とかも問題かなぁ……俺は天啓に名が上がっていなかったからあまり公の場には出なかったんだが、ガインの反応を見ると知ってる人は多そうだしな……」
「まぁ勇者様の国には石像を立てるとか言われたしな。カディス殿の武勇を称えるって言って」
「マジかよ……」
「でも俺が知っていたのは邪神教徒達が言ってたのを聞いたからだからなぁ……黒髪黒目というのは耳にすることも多かったが、聞かなければ分からなかったと思う。それにカディス殿自身が言うように人の多い場所では顔を出してないから、一般的には知ってる人は少ないんじゃないかと」
「でも石像も作られたんだろ?」
「まぁあの手のは特徴を掴んでいるだけで、並べて見ない限りそうそう分からないだろ? それにカディス殿は死んだって公表されてる上に10年も経っている。更には髪の色と片目の色も変わってるからよっぽど親しい間柄の人物でも気付けるかどうか……」
「たしかに髪の色を変えるだけでも雰囲気は変わるし、10年前に死んだやつと同一人物扱いされることはないか。それなら変に偽名にしなくていいし気楽でいいな」
「まぁその年で登録となると奇異な目で見られたり、やんちゃな若い奴らに絡まれる可能性が出てくるが、カディス殿ならなんの問題もないだろう」
「いや、極力いざこざは避けたいんだが……」
そう言いつつ苦笑いしていると、近くの茂みでガサッと何かが動く音がした。
「まさか!?」
「いいや、今のはただのうさぎだ。索敵は続けているから安心しろって」
「そ、そうだったな……しかしまだあの儀式場からそこまで離れてないし……」
「死体もそのままにして来たから不安か?」
「まぁ……」
「不安にさせて悪いが、俺の死体を偽造したところであの子らのような存在が増えるのを防ぎたかったんだ」
「カディス殿の死体もなく仲間が死んでいれば、復活したか盗まれたかになり、ひとまず儀式用奴隷を攫わなくなると……」
「ついでに教徒の死体も放置して重要そうな書類は収納してきたし、復活したにせよ盗まれたにせよ躍起になって犯人を探し始めるだろ。そこを迎撃して本拠地を暴くつもりだ」
「なるほど……」
「もちろん危険なことに変わりはないからお前たちを町へ送って、安全が確保できるまでは極力大人しくするつもりだがな」
「俺も一応戦闘奴隷だったから戦える。なにか手助けになりそうなことがあれば言ってくれ。奴らには妻の……村の仇を討ちたいからな」
「わかった。その時はちゃんと声をかけるさ」
ガインはコップに残っていたワインを飲み干すと、休むために荷馬車の方へ向かっていった。
パチパチと弾ける焚き火を眺めつつ明日の予定を考えていると、荷馬車から小さな影が降りてきてこちらへ向かってきた。
「どうしたリエル。トイレか?」
「ううん……」
そう言うとカディスの隣にちょこんと座って、同じように火を眺め始める。
アイテムボックスから果実水を取り出して目の前に差し出すと、ゆっくりと手を伸ばして受け取った。
「……ありがとう」
「ジュースもまだまだあるから欲しくなったら言えよ?」
「ちがう。連れ出してくれたこと」
「あぁ……いや、お礼を言うのは俺もだな。復活させてくれてありがとうな」
「命令されただけ……」
「それでもだ。ちゃんと『助けて』って言葉は聞いていたさ」
リエルは比較的大人しい性格のようで、泣きこそするが落ち着いているときはずっとこんな感じだった。
「ほんとう?」
「あぁ本当だ。そうだ。ちょっと実験に付き合ってもらえないか?」
「じっけん……」
「そんな怖がることはない。簡単なことだよ」
短期間とはいえ奴隷化されていた上に、死ぬ可能性のあった儀式をされられたのだから怖がるのも無理はなかった。
しかしカディスとしても、その儀式の効力がどの程度あるものなのか確認しておきたかったので、リエルに協力を頼んだのだ。
「たとえばそうだな。『右手を上げろ』って俺に言ってみてくれ」
「う、うん。み、右手を上げて?」
その言葉はカディスの耳に届いているが、勝手に腕が動くことはなかった。
「ふむ……絶対ではないのか? 今度はそうだな……魔力を口や胸あたりに込めるとか、『命令するぞ』みたいな気持ちで言ってみてくれ」
「み、『右手を上げて』」
今度はカディスの意思に関係なく体が動いてしまった。
「なるほどなぁ……今のは魔力を込めたのか?」
「わからない……わたし魔法使ったことないから」
それはまだ10歳程であれば当たり前のことだった。光源となる【ライト】の魔法は危険性も少なく子供でも魔法の練習に使われるくらいだったが、孤児院育ちのリエルにはまだそれすら早かったのだろう。
「ふむ。よしわかった! 俺にどうしてもしてほしいことがあるときは今みたいに命令しろな。ただそうでもないときは言葉だけでお願いしてくれると助かるな」
「命令はしたくない……」
「優しいな。でも危ない時とか助けてほしいときはちゃんと命令するんだぞ? その使い分けを出来るように魔法の練習してみるか?」
「うん、する。魔法使ってみたい」
――もう俺を復活させるというぶっ飛んだ魔法を成功させてるが、あれはまた別物だしな。本人が扱い方を分かっていないようじゃ意図しないタイミングで暴発する可能性もあるし、教えることに越したことはないか。なんにせよこの娘が大人しく優しい子でよかった。
しばらく教えていると慣れない魔力操作の練習に疲れ、時間も遅かったためリエルはカディスの膝に頭を載せて眠ってしまった。
――なかなか飲み込みが早くて教えがいがある娘だな。今動かすと起きそうだし、もうちょっとしっかり眠ってから馬車に戻してやるか。
安心しきっているような寝顔をしているリエルの頭を優しく撫でつつ、彼女が深い眠りにつくまでのんびりと焚き火を眺めて夜を過ごした。
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