第9話『解放』

 改めて周りの状況を確認すると、フードを被った男が5人、成人男性奴隷が3人、鎖につながれている子供の奴隷が1人、計9人が目視出来る範囲内にいる。


 ――まずフードの奴らは全員敵だな。奴隷はこの子のように隷属術をされてるだけなら解除してしまったほうがいいか。


 そう思いつつ自分に命令した少女にだけ聞こえるように「安心して座ってな」とささやく。


 自分の身に何が起きたか理解できていないまま呆然としていた少女の目から涙が伝い落ちる。


 しかし泣き声を上げることもなく言われた通りその場に座り、涙で潤んだ瞳でカディスを見上げていた。


 少女に優しく微笑んだ後、一番近くにいた奴隷に向かって踏み込んで接近する。


「なっ! お、おい、そいつを取り押さえろ!」


「【ディスペル】」


 その奴隷の主の命令が届くとほぼ同時にカディスの解呪魔法が全身をつつみ、隷属術の紋様を消し去る。


「おい! くそぉぉぉ!! やはり紋様を消されるぞ!」


「っち! お前ら自害しろ!!」


「くそ、間に合わないか」


 カディスが使う【ディスペル】は対象に触れられるくらいの範囲じゃないと発動できない。それを知ってか知らずかフードの男たちは、他の奴隷も開放されるくらいなら殺したほうが手間は減ると考えたのだろう。


 カディスを取り合さえるように命令されていた奴隷が持っていた短剣を手に取り、男の子の鎖を握っている標的に向けて投擲する。


「っ! 【シールド】!」


 魔術の心得があるようで対物理用の障壁を目の前に展開して防御しようとするが、カディスは短剣を投げるときに魔力を付与していたため、魔法に弱いシールドは簡単に砕け散り短剣はフードの男の喉に突き刺さった。


 ――おそらくあの子の主は今のやつだろうから、これで自害させられることはなくなったか。


「な、なんなんだよあれ! あいつ防御魔法は得意とかいってただろ! 【ファイ――】」


「ばかやろう! 火は使うな! 【アイスランス】!」


 中距離にいた2人のうち1人が氷の槍を飛ばしてきたが、それを子供に当たらない様に砕いた後破片を握りしめて急接近し、2人の喉に刺さるように投げつけた。


「ガッ……」


「ヒッ……」


 ――ふむ、この洞窟内の様な空間で火魔法を使わせなかったのは偉いな。焦っているようだったが、パニックに陥らずにしっかりと考えていた証拠だ。まぁ氷魔法も使い方によっちゃ相手の武器にもなるから注意が必要だったな。


 すでに相手の力量を図り終えていたカディスは、そういう指導的なことを考えながら戦闘できるほどに頭は冴えてきていた。


 もっとも、相手の氷魔法を砕いたうえで自分の魔力で補強し、そのまま使うなんてことは並みの魔法使いができる芸当ではないのだが。


「くそぉ! 【ウィンドカッター】」


「【ウォーターカッター】!」


 鋭い水の斬撃と見えにくい風の斬撃がカディスに向かって飛んでくる。


 水の斬撃は見えやすいため近くにあった台を投げつけて相殺し、風の刃は確認しにくいが狙っているとわかれば予測はできる。


 投げつけられて魔法に当たった台は、切られたというよりは半分砕けた感じにばらけ、男たちの視界から一瞬だけカディスを隠した。


 その一瞬のすきに氷魔法を準備していたカディスは、男たちへの射線が通った瞬間に魔法を放った。


「【アイススピア】」


 先ほど敵が使った氷魔法より細く鋭い氷が標的の喉元にまっすぐ飛んでいき、刺さるのではなく貫通して氷は消え去った。


 戦闘時間は3分もたっていないだろうが、きちんと確認した敵は殲滅し終えていた。


 カディスは鎖につながれていた男の子の紋様も消した後、少女のところへ連れてもどり優しく頭をなでてあげた。


「終わったぞ。もう大丈夫だ」


「……ほん、とう?」


「あぁ、本当だ」


 未だに何が起きたのか理解しておらず、自分が涙を流していることにも気が付いていない様子の少女が、ようやく顔を歪めて声を上げて泣き始めた。


 それに釣られたのか同い年くらいの男の子も一緒に泣き始めたので、2人が落ち着くまでの間膝の上で優しく抱きしめていた。


 2人はしばらく泣いていたが、静まった辺りでもう1人解呪していた体格のいい男性奴隷が気が付いたようで、うめき声をあげつつ上半身を起こした。


 隷属術から開放されたからといって、もともと気性の荒いタイプだったりすると襲ってくるかもしれないため、子供達とは離れた場所で寝かせたままだった。


「いっつ……なにが……」


「意識が戻ったか」


「あんたは確か……そ、そうだカディス様だ!」


「は……? 様?」


「あぁ! 勇者パーティーを導き、自分を犠牲にしてでも守り切った英雄ですよね?」


「ちょっと待ってくれ……」


「それをこの教団はあなた様を復活させて操ろうなどと……天罰が当たっても当然ですな」


 開放された奴隷は周りにあるフードをかぶった死体を忌々しそうに睨みつけながら吐き捨てる。


「待ってくれ」


「はい、なんでしょう」


 自分のやったことは理解していたが、どういう風に言われていたのかまでは知らないため困惑していた。


「ひとまず、お前は俺の事がわかるんだな?」


「えぇ、もちろん。貴方様がここに運び込まれてから10年。奴隷ではありましたがここで作業をさせられておりましたので……」


「10年……10年!?」


「あ、あぁ……カディス様は……言い方が悪いでしょうが死んでいたため、そこまで老けておりませんが、しっかり10年ほどたってます」


「そ、そうか……」


 ――あの天界と人界では時間軸が違うのか……しかし10年か。そんな年月経ってからの復活ってよっぽどやばいもんだろ……反魂の儀式、復活時に勝手に動かされた体……覚えてる中に該当するものがない。


「それで俺はどうして気絶なんか……」


「あぁ、解呪の反動で気絶したんだろうな」


「解呪……ですか」


「あぁ、お前の隷属術を解除した。まぁ、お前に命令できそうなやつはそこで死体になってるが」


「な、なんと……このような日が訪れるとは!」


「10年も隷属術を受け続けていたんだ。精神が壊れていないだけも奇跡だというのに元気だな……」


「こういっては何ですが……毎日カディス様の肉体がダメにならないようお世話をさせていただいていたのですが、英雄様の身のお世話ができていると内心喜んでやっていた自分がいるからでしょうか……」


「な、なるほどな……い、いやここはありがとうか……」


「いえいえ! こちらこそ開放して下さり感謝しております」


 とりあえず害はなさそうなのである程度気を許すことにして、何やらここの事や死んでいた間の事も結構知っているようなので、ある程度聞いておくために別の部屋に案内してもらうことにした。


 大人だけであればここで話していても良かったのだが、子供2人を死体が転がっている部屋に長居はさせたくなかったためだった。




 一般家庭の居間くらいの広さの部屋まで案内してもらい、それぞれが椅子に座って一息つく。


 子供たちはカディスの服の裾を放そうとしなかったため両脇に座り、対面に奴隷だった男性が座った。


「申し遅れましたが俺はガインといいます。あまり言葉遣いが良くないのは目をつむっていただけるありがたいです」


「知ってるだろうがカディスだ。言葉遣いなんだが十分だと思うし、俺としてはもっと普通にしゃべってくれたほうがありがたいんだが……そんな敬われるような話し方は慣れなくてな……」


「カディス様がよろしいのでしたら、そうさせてもらい……もらう」


「あぁ、そうしてくれ。それで、ここはしばらく奴らの仲間は来ないんだな?」


「えぇ、ここはたまにやる儀式だけで、ここが本部というわけしゃないから大丈夫だと思う」


「そうかわかった。んじゃあお前たちの名前も聞いていいか?」


 と両脇に座っている子供たちに優しい声色で声をかけて名前を聞いておく。


「カルドです」


「リ、エルです」


「カルドにリエルか。よろしくな」


 すっかりと泣き止んで落ち着いていた2人の頭を優しくなでてやると、その2人から空腹を告げる可愛らしい音がお腹から聞こえてきた。


「何かあったかな……」


 そう言いつつ自分のアイテムボックスを開いて空中に出来た魔法陣の中身を確認しようとする。


 ――中の時間は止まるが、俺一回死んでるんだよな……その場合どうなるんだ?


 不安な気持ちを悟られないようにしながら覚悟を決めて中を確認すると、その心配は杞憂におわり内部は生前のまま収納されていた。


「よかった、まだ食料はあったから腹ごしらえだな。ガインも食え、どうせまともに食事を与えられていなかったんだろ?」


「あぁ、まぁ……だが10年ともなると体も慣れちまっててな……」


「それでよくその体格を維持できたな……」


「俺は肉弾戦奴隷扱いだったみたいで、それなりに食料は貰えてた方なんだよ。まぁほかよりましって程度でひどいもんだったが……」


「食べられるなら食ってくれ。思ってた以上に余ってるんだ」


「そういうことならいただきます」


 そう言いつつアイテムボックスから魔王討伐戦前に買い貯めしたパンやら肉やらを出していく。


 子供たちはパンの甘い香りに惹かれ、先ほどまでの表情が嘘のように輝いた眼で出てくるものを見ていた。


「さぁ食べてしまおう。まだやりたいこともあるしな」


「それではいただきます」


「い、いただきます」


「……ます」


 それぞれが食べ始めると久々のまともな食事だからか黙々と食べていたので、自分の分を食べながら黙ってそれを見ていることにした。

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