目覚めと出会い
第7話『天界と黒い空間』
何もない真っ白な空間に、光る球体がフワフワと漂っていた。
「あぁー。もっと結界系の魔法も練習しておくんだったなぁ。まぁ天啓に名前が挙がってたわけじゃないし、こうなることも可能性として考えてたけどさぁ」
その球体から誰かに話しかけているわけではないが、しっかりとした言葉が出てくる。
「ま、さすがに勇者たちは生き残っただろ。あいつら領地が欲しいとか言ってたが、ちゃんと要望は通ったのかねぇ。通ったとしたらどんな風な街になるかみてみたかったもんだ」
行く当てどころかひたすら真っ白い空間が続いており、その異様な光景が広がる空間に困惑することもなく受け入れていた。
「死んだのは分かってるからここは死後の世界なんだろうな。しいて言うなら他にも俺の様なのがいると思ってたんだが、なにもいないのは驚きだ……」
いくら移動した感覚があったとしても、何も見えてこないし何も起こらない。
「意識があるままこの状態ってもしかして俺地獄に落ちたのか……? いやまぁ殺しとかはしたし、そうなっても不思議じゃないか……」
自分や他人を守るために悪人を殺したことはもちろんある。もしそれが原因であるなら人助けのためだったんだから仕方ないと、多少の恩情は与えてくれてもいいのではないかと落胆する。
「地獄にしてもこの手のは嫌だなぁ……もう魂というか精神体か? になってるから発狂するのかどうかわからんし……」
などと今後起こるかもしれない最悪の可能性も考えて、肉体のない状態ながら身震いする。
しばらく漂っていると、かすかだが声が聞こえた気がした。
「――て」
「お? 今何か聞こえたか?」
「――た――け――」
「こっちの方からか」
声を認識した瞬間、遠くに黒いぼやけた空間が見えることに気が付いたため、ゆっくりと近寄っていく。
「たすけて」
「やっぱり声だ……助けを求めてるみたいだが、この中に入るのは勇気がいるな……」
徐々に近づいてみると、元の肉体だったとしても簡単に飲み込んでしまいそうな大きさの黒い空間が広がっている。
その中から声が聞こえているのは確かなのだが、さすがに飛び込むのは躊躇ってしまっていた。
「おーい、聞こえるかー?」
「助けて――怖い――なんで――助けて」
声をかけてみるが反応はなく、繰り返しそのような単語が聞こえてくる。
「ま、この真っ白空間にいるよりはましかもしれんな……このままここにいてもおかしくなっちまいそうだし、いってやりますかね!」
そういうと球体は黒い空間に飲まれていき、入ったと同時にその黒い空間も消え去った。
「い、行ってくれましたか……というか行ってしまいましたか……」
真っ白い空間に突如2枚の真っ白い羽根の生えた女性が現れてそうつぶやく。
「い、いやいや、今のは私のせいじゃないですよね? いや、私がもっと早く声をかけていれば……?」
などとブツブツ呟いていると、その女性の真後ろに4枚の羽根の生えた女性が姿を現す。
「それで、カディスの魂は?」
「ヒィ!」
「ん? 何を怯えているのです。彼の魂に説明と案内を頼んだ件はどうなりました?」
「い、いえそれがですねぇ……」
「もとはと言えばあなたが天啓の際に加護を与えるはずだったのでしょう?」
「そ、そうなんですが、やはり私には力不足で4人にしか……彼は元から強かったですし加護がなくとも生き延びると信じておりましたので……」
「まぁ後から加護を与えるとなると少々難しいのは分かりますが、下界に干渉できる事柄は限られますし、下手に手を出すわけにもいきませんから……そのため死後のこの世界で加護について謝罪し、転生の案内をすることがあなたに与えられた役割でしょう」
「そうなのですが……」
「魂が見えないということは、私と入れ違いで送ったのでしょうか? 彼も良い素質を持っていましたし、転生の際にお願いしたいこともあったのでその説明をしにきたのですが……」
「い、いえ。まだ送ってはいません……」
「まだ送っていないということであれば、この空間を彷徨っているのでしょう? 早く見つけてあげなさい。私は先に行って待ってますから」
そういうと4枚羽の女性が踵を返し別の空間に移動しようとする。
「――ました……」
「何か言いました?」
「なんか黒い空間に入っていきました……」
「え……? もう一度お願い……」
「ですから! 彼の魂はなんか急に表れた黒い空間に入っていっちゃって消えちゃいました!」
「……は?」
内容を理解した途端、4枚羽の女性からものすごい圧があふれ出る。
「ヒッ、ち、ちがうんです! ち、ちがわないけどちがうんです! ごめんなさい!!」
「ちゃんと謝罪はできたのですか?」
「い、いえ……何も伝えられてません……」
「なんですって……?」
「い、いえ……謝罪と言ってもどう切り出したものか全く思いつかなくて……」
「あなた、仮にもあの人界で女神と言われてる存在なのでしょう?」
「で、でも下級神じゃないですか!」
「そりゃあ下級神じゃない私たちが人界に干渉したら、力が強すぎて崩壊することがあるからよ! それでその黒い空間はなに!?」
「お、おそらく蘇生系のものだと思います。魂が人界にもどったのかと……」
「あぁ肉体の損傷は少ない方だったし【リザレクション】は可能だったのでしょうけど……人界だと10年よ?」
「10年とは……?」
「あ、な、た、が! 魂を1人で放置していた時間よ!!」
「そ、そんなに……」
「私達基準で考えないようにって教わったでしょう!? この空間が人界とは別の時間の流れでよかったわね。本当に10年も放置してたとしたら大事よ?」
「ご、ごもっともです……」
「まぁ人界に戻ったのならいいでしょう」
「いいんですか?」
「まだましって意味ですからね? そのうち彼と接触できるタイミングもあるでしょうし」
ニコリと笑っているが漏れ出ている圧は収まっておらず、それはまだお怒り中であることを表していた。
「よ、よく教会にも来てましたし、何とかタイミングは作れると思います!」
「私は干渉できないから、その時が来たら私を呼びなさい。転生してもらう際にお願いしたかったことを伝えなくちゃいけないから」
「そのお願いとは……い、いえ聞いちゃまずいのであればスルーしてください!」
「そうねぇ……まぁあなたは人界で女神扱いされてますしいいでしょう。わずかにですがあの世界の邪神が力を取り戻しつつあるようです」
「ちょ、それ魔王と同じでまた天啓案件じゃないですかぁ!!」
「”わずかに”って言ったでしょう! 数十年数百年でどうこうなるものでもないわ」
「で、でしたら彼に何をお願いするつもりだったのですか?」
「魔王が討伐されたにも関わらず、邪神の影響で魔王出現以前と比べるとモンスターが狂暴化してるからそれらの討伐の助力、あとその関係でダンジョン内のモンスターも強くなってるけど、その分いいものが入手しやすいから行ってみなさいと、後半は死ぬようなことになってしまったお詫びみたいな助言ね」
「それは勇者達には伝えなくてもいいのでしょうか……」
「もちろん伝えてもいいわ。ただカディスは転生してもらう予定で、成長するまでの間休息できるだろうという算段の上で更に強制はしないお願いですからね? 勇者達にも強制はしないけれど、優先的に動いちゃいそうだからもうしばらくは休ませてあげなさい。そのための討伐専門の組織もあるようですし」
「わかりました。しばらくは伏せておきます。カディスさんの件も伏せておきますか?」
「そうですね、彼らからすれば10年たってますからね……なんにせよ復活したのであれば、彼が自分で決めることだから伝えない方がいいわね」
「そうですね……」
「彼の二度目の人生に幸福がありますよう。まぁ加護が与えられるわけじゃないけどね。それじゃあ私は忙しいから戻ります。あとはしっかりやるのよ」
「は、はい! わかりました! 伝言の件も今度はしっかり伝えます!」
「……何かあったら呼びなさい」
「わかりました!」
そういうと4枚羽の女性はフッと真っ白の空間から消え去る。
「うぅ……なんとかなりましたぁ……カディスさんごめんなさい……」
緊張状態から解放されて、二枚羽の女神はその場に座り込んでしまう。
「そういえば、結局どこで復活したんでしょうか……干渉は出来ないけれど見るくらいなら少しはできるもんね」
などと独り言をいいつつ、カディスの魂を追って人界の様子を映し出す。
そこは神聖とは程遠い、どこかの洞窟の様な岩肌に人や動物の骨などが飾られている不気味な空間だった。
「あ、あれ……? 別の人移しちゃったかな……」
『お、おぉぉぉ……あの英雄カディがよみがえったぞ! ”反魂の儀式”は成功だ! これで我々は強力な力を操れる! 褒美は俺のもんだ!』
という聞きたくなかった類の喜びの声が聞こえてくる。
「うわぁ…、さかの反魂の儀式……そりゃあ10年たってますもんね、禁術でもなきゃ復活は無理だったんでしょうね……」
苦笑しながらその様子を眺めつつ、カディスが起き上がるのを確認した直後に映像を消した。
「ま、まぁ復活したことに変わりはないし大丈夫でしょう。あとはカディスさんが神殿か教会に来てお祈りをしてくれた時に伝言は伝えましょう!」
そもそも人界と天界のでは人の命に対しての認識が違うので、女神と呼ばれている彼女も楽観的に考えていた。
儀式につかった魔法陣等がそろっていてかつ、それにカディス自身が乗っている今であれば、強制的に干渉して儀式を失敗にするくらいは出来たはずなのだが、女神は教わった通り”極力人界には干渉しない”を貫き通してしまった。
その結果カディスはアンデッドとして復活してしまったが、上位の女神が言っていたお願いの内容だけみると、ことはうまく運ばれることになる。
しかし結果が見えてくるのはだいぶ先になるため、この後女神は他の女神からこっぴどく怒られることになるのだった。
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