第5話『教団』

 半円状の大陸の最南部にある海岸に、ある程度外海まで航行できるようなしっかりとした小型の船が泊めてあった。


 その船は魔道具で水流を操って推進力を生む魔導船と呼ばれている船だ。動力に魔力を使うため、魔法が使えるものじゃないと操縦できない欠点があるが、風向きや人数に関係なく動かせるため重宝されていた。


 そのすぐ近くに数人乗っている手漕ぎ型の小型船が寄っていき、それを確認した男が接近してきた船に寄っていく。


 後から来た方の船から外套のフードを深くかぶった2人組が立ち上がると、ほかの者に命令して棺桶の様な箱を降ろす作業をしはじめた。


「どうだった、なんだその箱は」


 陸地で待っていた人物がその2人に話しかけるが、その2人が命令して降ろそうとしている箱が目に入り問いかける。


「言われていた物は指示通り回収出来ました。ですが損傷が激しく、左腕は見つかりませんでした。隷属術をかけた奴隷を泳がして可能な限り回収しましたが、やつらはモンスターに食われ、そのままだと我らも襲われそうだったので帰還しました。お許しください」


「奴隷の事はどうでもいい。指示したものを持ち帰ったのなら構わん。しかし、だと?」


「損傷が激しかったんで、その血で寄ってきた奴らに食われたんでしょう……」


「蓋を開けて見せてみろ」


 そう言うと男は箱の中身を確認するために2人に近寄り、開けさせた箱をのぞき込むと潮と血、そして皮膚が焼けたような臭いが混ざり合って男の鼻を衝く。


 そんなひどい臭いにも顔色を変えず、中身をしっかりと見るために光魔法で小さな光源を作りだして確認する。


 人目に付くわけにいかないので最小の明りだったが、暗いところに馴染んだ目には十分な明るさだった。


 箱の中をよく見た男は、あちこち裂傷や火傷がひどいが比較的傷の少なかった頭部で人物を判別できたため、間違いなくカディス本人だと確認できた。


「ふふ。ふはははは! 何ということだ、死んだのか! これは僥倖! 神は我らに味方した!」


「しかし、勇者達ではなく付いていってたおっさんですよ? ”魔王討伐に向かった者たちの一部が入手できればいい”との指示だったので持ち帰りましたが……」


「それでいいのだ! 女神の天啓があった勇者たちが死ぬとはおもっておらん。手足や指だけでもと思っていたが、そんな中死者がでたのが奇跡だ! しかもそれが勇者たちの指南役に選ばれたカディスなのだからな!」


「それでこの死体をどうするので? 国に持っていって褒美を貰うんですか?」


「なぜそんなことをしなきゃならんのだ。古い遺跡から出てきた魔法書に書いてあった闇魔法で蘇らせ、我々の言うことしか聞かぬようにして操り、国を乗っ取っていくのだ」


「で、ですが勇者パーティーがいますが……」


「知らんのか。勇者たちはそれぞれが特化しているが、こいつは違う。カディスは全てにおいて高水準な能力を持っている女神に愛されし肉体、もしくは勇者をも上回れる世界の不純物だ」


 それぞれの特化分野のみでは劣るが、別分野の力をかけ合わせることでその特化している勇者たちをも上回る。そのような異常な能力を秘めていたのがカディスだった。


 ただし魔王やモンスターには勇者や聖女のもつ聖属性が特攻になるため、その手の相手には勇者たちの方が強くなる場合もある。天啓を受けていないカディス自身が手柄を立てるのも憚られると思い、要所要所で手を抜いていた可能性もなくなないが。


「そんな人物だったんですか……」


「本来なら大けがをする可能性の高いあの戦闘で誰かの一部でも回収出来れば、それを培養し新たなモンスターを作ろうと考えていたのだが、これだけ肉体がそろっているならこいつを蘇らせた方がリスクも手間も少ない。培養に失敗して失うくらいなら、奴隷たちに禁術を使わせれば失敗してもその奴隷が死ぬだけだからな」


「なるほど」


「ふはは、これから忙しくなるぞ。闇魔法の適性をもつ奴隷を増やさねばならんのだからな」


「また攫わないといけませんね。次はどのあたりにしますか」


「この辺りではやり過ぎたからな。東へ抜けてそこでやるぞ。まずその箱は俺が本拠地へ持ち帰る」


「わかりました。余った奴隷はどうしますか」


「ちょっと待ってろ」


 そう言うと男はまだ手漕ぎの船に乗っていた奴隷に向けて、黒い靄の様な魔法を放つ。


 奴隷がそれを吸い込んだあと突然苦しみだし、口や目からか血を流し始めて死んだ。


「ふん。こいつらは闇の適性が低すぎる。これにすら耐えられんのであれば禁術を使わせたところで無駄だ」


「い、いまのは……」


「適正があるかどうが判断するための闇魔法だ。安心しろお前たちにもかけていたが、お前らは隷属術を扱えるだけあって平気なようだ」


 そう言われて冷や汗をたらすが、現状生きていることに安堵を覚えてほっと息を吐いた。


「さっきの靄は体内に残る呪いの様なものだ。強めに使えばお前らもどうなるかわからんがな。さっき俺が口にしたことを話そうとすれば発動するかもなあ?」


「そ、そんなこといたしません!」


「自身のためにもそうしろよ。俺が帰っている間に準備を整えて置け」


「わかりました」


 魔導船に箱を積み込ませた後、男は陸から離れて別の島へむかった。




 箱を受け取った海岸が見えなくなったあたりにある島に、本拠地としている場所がある。


 本拠地と言えど表立って活動することはできないので、森の中でカモフラージュしつつ山の側面から内部を繰り抜いて作られている場所だ。


 その拠点の奥へ箱を持った奴隷と一緒に向かい、厳かな装飾のされたドアを開いて中に入る。


 内部はドアの装飾ほど凝ってはおらず、正面の奥の像の前に1人の男性が跪いて祈りをささげているようだった。


 その像が邪神と言われるものの形をしていなければ、普通の司祭に見えたかもしれない。その男性が立ち上がると、箱をおろした奴隷と一緒に男は跪いた。


「帰ったか」


「は。教主様ただいま戻りました。しかも神はやはり我々を見ているようで、こちらをご覧ください」


 そう言うと男は箱の蓋を取り奴隷に片側を持ち上げさせて、教主と呼ばれた男に見えるようにする。


「お、おおおぉ。なんと。あの戦いであればもしやと思っておったが、まさかここまでそろった死体を入手できるとわ!」


 そう言うと像に向き直り跪いて感謝の祈りをささげる。


「回収に向かわせた捨て駒たちの話では、大爆発する際に結界が張られ衝撃を緩和し、消えた後に島の残骸の中に紛れて降ってきたそうです。それがちょうど潜伏していた付近だったため回収できたとか」


「それは邪神様が我々に加護を与えて下さったのじゃな。先行した者が巻き込まれて死んでも、後続が何かしら回収できればと思っておった。何も回収できずとも別の作戦を実行するくらいに考えていた所に、先の者らがこれほどのものを持って帰れるなどそれ以外ありえん」


「そうでございますね。その際に隷属術をかけていた奴隷を数名失っておりますので、闇魔法の適性のある者を攫うついでに補充する準備をすすめております」


「うむ。あの魔法は使用するだけでも相当な適性がないと発動しないだろう。仮に発動しても成功するとも限らん。なるべく多く用意するのじゃ。余ったら余ったで別の使い道もあるしのう」


「やり方はこちらに任せてもらっても構わないので?」


「構わん。あぁ、ついでに資金も用意しておいてくれ。裏取引の連中と事を構えるのは面倒なのでな」


「仰せのままに」


「それと追加の人員はここへ連れてくる前に隷属の魔術を施して奴隷化しておくようにな。そのために数人連れて行って構わん。ここから逃げられるとは思わんが、この死体が手に入った以上僅かな可能性も潰しておきたいからの」


「かしこまりました。それでは準備して出発いたします」


 そう言うと男と奴隷は箱を置いて邪神像のある部屋から退室した。


「邪神様。このようなものを賜り、わたくしめは感動しております。どうかこのまま我らを見守ってくださいませ」


 教主の男は再度邪神像の前にひれ伏すように祈りをはじめ、長い間その姿勢のまま祈り続けた。

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