第2話 聖女様は長湯したい①
「ぬ……くふわああぁぁぁ〜〜〜…………♪♨♪」
頭と身体を綺麗に洗い、長い髪の毛を後頭部で纏めると、ちょんちょん、と足の爪先で湯船の温度を確かめてから、ゆっっっっっっっくりと、身体をお湯に沈めていく。…………変な声が出た。
私の身長ではちょっと、この超一流旅館の大浴場かのような聖女専用のお風呂、通称『聖女の湯』の湯船は深すぎるので、浴槽の底に《創造魔法》で椅子を作って腰掛けると、肩までゆっっっっっっっくりと浸かり、両腕と両脚を、のびー、っと、伸ばす。
「あ〜、極楽極楽ぅ…………♨」
手や足の指先が、じんじんと痺れにも似た感覚を伝えてくるけど、やがて冷えた身体があったかいお湯で温まり、心地良い感覚へと変わる。
「ふゆぅ〜〜……♪」
湯船に椅子を置いたりこんなだらしない声を出したりしているのがもしバレたら、巫女長のお話という名のお小言が、くどくどくどくど……と飛んでくるのは分かりきってるけど、もう無理。もう限界。
というか……誰にも従わなくていいはずの聖女に物申せる巫女長って何なの……? 世界の陰の支配者なの……?
はあ……猫を被るのは得意だと思ってたんだけどなぁ……。品行方正な聖女様を演じるのは、孤児院育ちで庶民上がりの私には、思ってた以上に負担だったっぽい……。
それでなくても私には、不思議な“記憶”がある。
ここでは無い世界。高度に発展した世界。“ビル”というお城よりも高い建物が立ち並び、“車”や“電車”、“飛行機”といった速くて便利な乗り物が街を行き交い、そこに住まう人々は綺麗な服を着て、その日の気分で好きな物を食べて、趣味や運動に打ち込む。そんな“自由”な世界。……まあ、中には「学校だるい……」「仕事したくない……」って、虚ろな目で言って出掛ける人達もいたけど。
そんな不思議な世界。なぜだか“懐かしい”世界。……そして誰にも“言えない”世界。
……あー。今にして思えば、私が猫を被り始めたのって、“あの世界”のことを黙っているためだった気がする。それが私の“嘘”の始まり。
でもあの世界の“知識”はとても役に立った。特に魔法を使うのに。
お世辞にも裕福とはいえない孤児院で、みんなでそれなりの生活ができていたのは、多少なりとも私があの世界────“地球”の知識を使って、いろいろと便利な魔法を創ったり使ったりしていたからだ。……まあそのせいで今、こんなところで聖女なんてやっている羽目になった訳だけど。
聖女──神様に選ばれた、特別な存在。
……う〜ん……。その責任と重圧は、地球の知識と価値観の混じった私には、正直……重い。普段からこの異世界のことを黙っているのに加えて、清く正しく美しい、完全無欠な聖女様を演じることは、思った以上に負担だったっぽいなぁ……。……まあでも。
「ふにゃあぁぁぁ〜〜〜……♪」
湯船の中で、まるで棒のようにカチコチになっているふくらはぎを親指の腹で揉み揉みすると、凝り固まった筋肉がゆるゆると解れ、まるで疲労物質が湯に溶けて消えていくかのような錯覚に陥る。
揉み揉み揉み。揉み揉み揉み。揉み揉み揉み。
「あ"あ"あ"あ"あ"〜〜〜〜気持ち良いぃぃ…………」
「ふわああぁぁにゃぁぁ~~〜〜…………♪」
これまでは勉強や睡眠の時間を少しでも捻出するために、肩まで浸かって百数えたらすぐに出てたけど……今日からの私はもう違う! 巫女長なんて怖く無い! ……いや嘘です。ちょっと、というかかなーり怖いけど……。
それでも今日は思いっ切り────長湯してやる!
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