聖女様はだらけたい 〜猫被り少女の嘘と真実〜

明里 和樹

第1話 聖女様は決意したい

 聖女──それは、この世界の神に選ばれし、特別な存在。


 どの国にも属さず、どの法にも縛られず、どの者にも従わない──しかして、どの者も助け、どの国も救う。


 時に傷を癒やし、時に病を治し、時に魔を払う──神より授かりし、奇跡の力を使って。


 神の前ではどの者も等しく平等であり、神の代弁者である聖女もまた──同じである。


 故に、どの国も彼女を守り、どの法も彼女を助け、どの者も彼女を敬う。


 清く、正しく、美しく。神の如き力を持つ故に、神の如き心を持つ者。それが聖女。この世界の神に選ばれた──清廉潔白な乙女。



 これは、そんな特別な存在である『聖女』の御役目を務める────彼女の物語。



 ✤



「聖女様、おやすみなさいませ」

「ええ、本日もありがとう。おやすみなさい」


 お付きの巫女さんが丁寧な所作でお辞儀をし、就寝の挨拶をしました。私の返事を聞き届けると、ゆっくりと頭を上げ、再び丁寧な所作で、静かに退室していきます。


 扉を開けて部屋の外に出ると、くるり、とこちらを振り返り、再びお辞儀。


 一秒……、二秒……、三秒。


 きっちりとお辞儀をしたあと、ゆっくりと顔を上げ、音を立てないよう、静かに扉を閉めました。


 パタン。


 一秒……、二秒……、三秒……、四秒……、五秒。


 心の中でたっぷりと五秒数えてから《探知魔法》を発動。遠ざかっていく巫女さん以外、周囲に誰もいないことをしっかりと確認します。

 巫女さんが廊下の突き当りを曲がり、更に遠ざかっていくのを再びしっかりと確認します。

 神殿の最奥、この聖女専用エリアに誰もいないことを三度しっかりと確認────ヨシ! した瞬間、私は頭に被っていたベールをぺいっ、とテーブルに放り投げ、羽織っていたショールをこれまたぺいっ、とソファーに放り投げると、寝室への扉を開けて歩いて来た勢いそのまま、倒れ込むように、ぼふっ、とベッドにダイブした。


「ただいま……お布団。逢いたかった……お布団……。私の楽園は……ここにある…………」


 一日振りの再会を祝うように、私を優しく包み込むように受け止めてくれる柔らかいお布団に身を任せ、その、ふっかふかな感触をたっっっっっっっっっっっっっぷりと堪能するべく、顔を埋めたまま、ぐでー、っと、だらける。綺麗に整えられた長い銀髪が乱れるのも構わず、ぐでー、っと、だらける。真っ白で綺麗で高級な聖女服に皺が付くかもしれないけど、ひたすら、ぐでー、っと、だらける。……どうせ魔法で直せるし。


「疲れ……た……」


 暫しの間、疲れた心と身体を癒やすべく、ぐでー、っとベッドの上でゴロゴロしていると、不意に、そんな言葉が口を吐いて出た。


 今日は……忙しかった……。ううん、今日忙しかった……。


 ごろり、と仰向けになって、天蓋てんがいの天井の部分を、ぼへー、っと見詰める。……きっと今の私は、○んだ魚のような目をしていることでしょう……。


 いや、忙しいのは仕方ない。いや、仕方なくはないんだけど、聖女なんだから仕方ない。いや、仕方なくはないんだけど……だめだ、思考がるーぷしてる。あたまがうまくまわらない……。もうつかれたよ、パ○ラッシュ……。


 毎日毎日、朝起きて、御役目お仕事して、帰宅して、お風呂入って、寝る。

 毎日毎日、朝起きて、御役目お仕事して、帰宅して、お風呂入って、聖女のお勉強して、寝る。

 毎日毎日、朝起きて、御役目お仕事して、帰宅して、お風呂入って、聖女のお勉強して、翌日の御役目お仕事の準備して、寝る。

 毎日毎日、朝起きて…………受験勉強で暇の無い学生さんとか、仕事に追われてプライベートな時間の無い社畜さんかな? ……仕事って、なんだろう? 聖女って、なんだろう?(哲学)



 …………ダメだ、このままでは心が病んでしまう!


 ガバッ、と勢いよく上半身を起こすと、この閃きを確かなものにするため、ぐっ、と拳を握る。


 何か、やりたいことをやろう!


 聖女はその存在と立場から、清廉潔白でなければならない。それは分かる。だったら──この部屋の中でだけ、ここで過ごす時間だけ、好きなことをしてやろう。ストレスを発散しよう。そう決めた。今決めた! 私が決めた!!


 決意を示すように、おーっ、と両拳を天高く突き上げる。


 何しようかなー? 何がしたいかなー? とりあえず────とりあえず……とりあえず……とり……あえず……。……ダメだ、何も思い浮かばない……。



 ……やりたいことが、特に何も浮かばい……。大丈夫……? 私もう、微妙に病んでない…………?



 先程までの輝かしい決意が急にしおしおとしぼみ、私は────とりあえず思考をぺいっ、と放り投げ、ふかふかのベッドに、ぼふっ、と、再びダイブした。

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