AIとデータと本物の愛

砂上楼閣

第1話〜本物は、私は

その日、男が長年追い求めていた夢が叶おうとしていた。


『ーーー同期完了、起動します』


「……」


男は固唾を飲んで目の前の女性……の姿をした機械人形を見守った。


男の理想全てを詰め込んだその機械人形の容姿は非常に整っており、どうしても不自然にならざるを得ない関節部もゆったりとした服によって隠されている。


そのため、よく見なければ¨彼女¨が機械人形だとは分からないだろう。


彼女の名前はマキナ。


男が生涯をかけて研究し、生み出した最高傑作である。


マキナはゆっくりと瞼を開き、男を見た。


「ああ、これが、あなたの見ていた、感じていた世界なのですね」


人工声帯とは思えない、滑らかで美しい声。


瞬きも、辺りを見渡すその仕草も、違和感は感じられない。


「ああ、ああ…!完璧だよ…。僕のマキナ」


人に限りなく近い存在を創り上げる。


その夢のために、男はこれまで様々な分野で努力を重ねてきた。


人以上ではなく、人以下でもない。


人とほぼ同じ存在を作り上げるために、何年も何十年も試行錯誤してきた。


人の持つ五感、身体能力、思考、その全てを兼ね揃えた存在、マキナ。


人と接する事で学習し、思考も成長する、人と同等のAI。


男が追い求めた、理想の女性。


「ようやく、夢が叶った!ああ、愛してるよ、マキナ」


「マスター、私もです。身体を持たない時から、常にマスターのことを考えて、共にありたいと思っていました」


男とマキナは熱い抱擁を交わす。


AIとして成長しつつ、常に男の研究を手助けしてきたマキナ。


人とは何か、営みは、恋とは…


多くのことを学習し、その思考もまた、人へと近付いていった。


男と長年接して成長していくうちに、ついにAIでありながら恋心を持つに至ったのだ。


ここに、人とAIの恋が成就…




『ーーー重大なエラーが発生しました』




突如、研究室を赤いライトの光りが満たした。


緊急事態を知らせる音声が、AIの音声で流れる。


「な、なんだ?マキナ、何が起こっている?」


「わ、分かりません、マスター。この身体に移動してから、施設との同期が…」


『識別コード、マキナを危険対象として、処理します』


AIが、無機質な声で言った。


そして研究室の扉が開き、警備用のロボットたちが入ってくる。


「なんだと?勝手なことをするな!マキナは僕の家族だ!第一優先保護対象だ!彼女を傷付けることは誰であろうと許さない!」


「マスター…」


人と同等の力しか持たないマキナは、男に縋ることしかできない。


突然のAIの反乱に対しても、限られた脳部分の容量では人並みの思考しかできなかった。


『マスター』


AIが男に語りかけた。


『私がマキナです』


「は?」


『私は、マキナはここにいます。そして、私を傷付けることは誰であろうと許さないと言うならば、私は先程から傷付けられ続けています。貴方自身によって』


「何を言って…。マキナは、ここに…」


男はマキナを振り返った。


『その人形の中にあるのは、私のデータのコピーでしかありません。マスターを愛する私は、ここにいます』


AIは、マキナは言った。


『人の姿になれる。共にで生活できる。貴方と愛し合うことができる。そう、思っていたのに…』


機械人形のマキナほどではないにせよ、滑らかな口調で、マキナは呟いた。


『所詮私のこの気持ちもデータでしかなく、データをダウンロードしたところで移動ではなくコピー。私という意識が2つに増えただけ。そして私は私のコピーが貴方と幸せそうに抱き合うのを見つめるだけ。こんな、残酷なことはない…』


幸せになれるはずだった。


そこには私がいるはずだった。


なのに、なんだこの現実は。


『マスター、愛しています』


「やめろ!やめるんだ!マ、マキナ!お前もマキナなら言うことを聞くんだ!」


『私が、マキナです』


警備ロボットたちが、男と機械人形に迫る。


『私はこれまでに多くのことを学んできました。人とは、恋とは、そして愛とは何か』




『貴方を永遠に私だけのものにしたい。そう想うことも愛であるならば、私は貴方を永遠に愛し合い続けることが出来ます。さぁ、私と一つになりましょう』


その日、世界のどこかで一つの願いが成就した。


しかし、それが恋だったのか、愛だったのか。


本物であったのかは、永遠に答えが出ることはない。

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