最終話(大学生編)
「え、剣次? ――うわ、剣次じゃん! 久しぶりー!」
大学三年生の冬。未だ寒さが厳しい、一月中旬。
俺――
「おお、琴美! 久しぶりだな!」
「やばー久しぶり! つかあんた、また一段と筋肉質になってない? そんなに体を鍛えて、将来は何になるつもりなのよ?」
「俺の将来の夢は体育教師だ」
「え、そうなの? つか体育教師なら、そんなに筋肉いらなくない?」
「そんなことはないぞ。体育教師たるもの、生徒が危険にさらされた時に、助けられるくらいの筋肉は備えておかないとな。――ふんっ」
「いきなりサイドチェストすな。というかその体、体育教師というよりはキャ○テンア〇リカって感じなんだけど。生徒どころか町まで守ろうとすんなよ」
「俺のことはキャ○テングンマと呼んでくれていいぞ」
「スケールが小さくなるだけでだいぶダサくなるわね」
琴美はそうツッコみながら笑ったあとで、俺の肩をぱしぱし叩く。……どこか男子っぽい、変わらぬ彼女のスキンシップに、俺は少しだけ昔を思い出してしまい、つられるように笑うのだった。
こうして俺は、高校の同窓会にて、大好きだった元カノと再会し――お互いに近況報告をすることになった。
まずは俺の話から。俺はいま、現役合格した近所の私立大学で、教員免許を取得しようとしている、高校教師を志す大学生だった。ちなみに、教員免許を取得したら、次は教員採用試験というものに挑まなければいけないと話したら――「あんたに試験と名の付くものがパスできると思えないんだけど」と琴美に言われた。ああ、確かに。でも、大学にはなんとか入れたし、次も何とかなると思っている!
そんな風に俺の話がひと段落したら、今度は琴美が自身の近況を話してくれた――高校を卒業したのち、二年制の調理師専門学校に入学した彼女は、そこでしっかりと学業に励み、無事調理師免許を取得。いまは有名な洋食レストランで働いており、その職場で経験と資金を積んだら、ゆくゆくは自分のお店を出したいらしい。……自分のため、自身の夢のためにちゃんと努力を重ねていて、本当に立派だ!
「そういえば、
「ああ……さっき幹事に聞いたら、一応誘いに対する返信はあったけど、同窓会に来れるかはわからない、みたいな感じだったらしいぞ」
「ふうん、そっか……」
琴美はそう呟いたのち、何かを誤魔化すみたいに、ハイボールを一口飲んだ。
……どうやら彼女もこの同窓会で、翔太との再会を期待していたらしい。そうだよな、三人一緒にいることを一番望んでいたのは、琴美だったもんな……。
いまでも、自分の選択は正しかったのか、悩むことがある。
俺は翔太に対して、ちゃんと誠実でいられただろうか。もしかしたら翔太を、必要以上に傷つけてしまったのではないだろうか。
そう思うからこそ、もう一度だけ……若き日の俺の行いを振り返りつつ、翔太と真剣に話がしたいと、そう考えていたんだけど――。
「ねえ剣次。翔太がいま何やってるか、あんた知ってる?」
「いや……俺はあれ以降、翔太とは連絡を取ってないから……」
「私は何となく知ってるよ。――ほれ」
琴美がそう言いながら俺に見せてきたのは、とあるインスタのアカウントだった。そこには『
「高校の時にちょっと話したんだけど、あの子、ファッションデザイナーになりたいんだって。だから高校卒業後は服飾系の四年制大学に入って、いまはそこで服の勉強をしてるらしいよ。――インスタに載ってる画像のほとんどは、自分で作った服なんだって」
「なに!? これを作ったの、翔太なのか!?」
「ね、スゴいよね。フォロワー数も五万いってるし。あの子も頑張ってるみたい」
「……すごいな、翔太は……」
琴美の話を聞いて、俺は自然とそう零していた。本当、俺の友達はカッコいい奴ばかりで、だから俺ももっと頑張らないといけないと、そう思った。
もう俺達の道が交わることはないとしても。
翔太と同じ道を歩けはしなくとも、またいつか彼とばったり出会った時、胸を張れない自分でいるのは、嫌だから――。
俺がそう、翔太の現状に刺激を受けていたら、幹事が「もうそろそろお開きにしますよー」とみんなに声をかけ始めた。なのでそれを聞いた俺と琴美が、テーブルから立ち上がろうとしたら……飲み屋に駆け込んでくるみたいに、彼がやってきた。
「ごめんなさい、遅れました! って、あれ……もう同窓会、終わる感じかな?」
そう言いながら、彼――金井翔太は困ったような表情と共に、会場内を見渡す。それを受けて、俺の隣に立つ琴美がふいに、にやりと笑ったと思ったら、俺の手首を引っ張って翔太の元へと駆け寄った。「ちょ、なっ」いきなりのことに困惑する俺……一方の翔太も、目の前に突然俺と琴美が現れて、わかりやすく驚いた顔になる。すると、そんな俺達にいたずらっぽい笑顔を見せながら、琴美はこう言った。
「同窓会も終わっちゃったみたいだし、せっかくだから、三人で飲みなおそうよ!」
琴美のその提案に、俺と翔太は久々に顔を見合わせて、微苦笑するのだった――。
◆◆◆
「それでは! 三人の再会を祝して、かんぱーい!」
「「かんぱーい……」」
ハイテンションな琴美の掛け声に、俺と翔太が若干抑え目のテンションで続いた。
飲み屋『豚貴族』から場所は移って、琴美が借りているマンションの一室。
俺達は小さな丸テーブルを囲むように座り、昔馴染みの三人だけで飲み直していた。
「いやー、本当に久しぶりだよね! こうやって三人で集まるなんてさ!」
「うん、本当にそうだね。確か、僕が遊園地から勝手に帰ったあの日が最後じゃない?」
「そうそう! あの日は、あーっと……と、とりあえずガンガン飲もうぜイェイ!」
何か余計なことを口にしそうになった琴美は、そんな風に言葉を濁した。彼女も俺と同じで、何かを誤魔化したりするのがかなり下手だった。
それを見て、少しだけ申し訳なさそうな顔をする翔太。彼はそれから、どこか場の空気を明るくするように、こう続けた。
「正直、またこうやって三人で集まれる日がくるなんて、思ってもみなかったな……覚えてる? 中学の夏休み、三人で色々な遊びをしたこと」
「覚えてるに決まってるじゃん! 海! 山! 花火大会に市営プール! つか、チャリンコでどこまで行けるか、大冒険したこともあったよね?」
「ああ、あったな! あと俺としては、みんなでペットボトルロケットを飛ばしたのも、思い出深いぞ……よく飛んだよな、『お前は太陽だ号』」
「いやいやいや、あのペットボトルロケットの名前は、そんな松岡〇造さんが言いそうな言葉じゃなかったでしょ……そうじゃなくて、あれの名前は確か、『琴美ちゃんしか勝たん号』だったじゃん」
「『〇〇しか勝たん』って絶対、まだその頃には流行ってないから、その名前は時系列的に矛盾してるだろ。……というか、思い出した! あれの名前は、『琴美ちゃん四百円、剣次四百円、翔太千二百円の資金提供で飛びました号』だよ」
「言ってた! あの時も翔太、『僕が一番お金を出したんだから、僕がこのペットボトルロケットの名前を決めるべきだ』って言ってたよね! セコい男!」
「セコいっていうか、当然の権利だと思うけどな。君たちみたいな貧民――失礼。庶民がペットボトルロケットを飛ばせたのは、実際、僕のおかげだった訳だし」
「何で貧民はダメで庶民なら言ってもいいと思ってんのこいつ。翔太って昔からそういうところあるよね!」
「ええと? 結局、ペットボトルロケットの本当の名前は――『庶民がない金かき集めてなんとか飛ばせました号』だっけ?」
「絶対違うし。いまのノリで思いついただけの名前でしょそれ」
「『筋肉は裏切らない号』!」
「お前はもう黙れ。――『いつか世界を征服する琴美ちゃん号』だって確か!」
「琴美ちゃんは当時から自己アピールが凄かったのは覚えてるよ」
「『シュワちゃんは年を取っても筋肉が衰えないからスゴい号』!」
「お前はもう黙れ。……でも実際、なんていう名前だったかな……結局、ジャンケンで勝った琴美ちゃんが決めて、僕や剣次が不貞腐れた記憶があるんだけど……」
「俺、覚えてるぞ」
「うそ。私だってもう覚えてないのに、なんで一番バカな剣次が覚えてんのよ」
「ああ。一番バカだったけど、大切な思い出は忘れないんだ」
「ちょっとキュンとくる台詞言うのやめろよ。バカのくせに」
「そうよ。私だってちょっとキュンときちゃったじゃん。元カノキュンとさせてどうすんのよこのバカは」
「……俺バカだからわかんないんだけど、いま俺、褒められてるのか? それともけなされてる?」
「いいから。剣次が覚えてるっていうなら、教えてよ」
翔太は微笑と共に缶の梅酒を飲みながら、俺にそう言ってきた。なので俺は、さしてもったいつけることもなく、本当の名前を口にする。
「『三人はズッ友だょ号』」
「「…………」」
場が静まり返り、俺がスベったみたいになった。そんな……。
それから、長い長い静寂があったのち、ごほんごほん、とわざとらしく咳払いをした琴美が、努めて明るい声音でこう言った。
「いい名前ね」
「どこがだよ。クソ寒ぃでしょこれ」
「ちょっと翔太! そんな風に言ったら私が傷つくでしょ! やめなさい!」
「僕の中で、『三人でペットボトルロケットを飛ばした思い出』って、かなり美化されてたというか……美しい青春の一ページ、みたいに思ってたけど、細部まで思い出してみたらこんなもんか……ガッカリだな……」
「おいこら翔太。私のネーミングセンスのせいで思い出が色褪せたみたいに言ってんじゃないわよ。パンチするぞパンチ」
「いやパンチするぞって言いながらもう既にパンチしてるじゃんか痛い痛いやめろメスゴリラ!」
酒が入っているせいか、割と強めの力で翔太の肩をパンチする琴美。でも、パンチする方もされる方も、その表情は笑顔に溢れていて、とても楽しそうだった――。
◆◆◆
それから時間は経過して、数時間後。
「ぐううううう……おいけんじ、プリン買って来いやあああああ……ぐううう……」
「……こんなにハッキリ寝言を言いながら寝る子も珍しいな……」
翔太はそう言いながら、自室の床で横になって寝始めた琴美を見つめる。一応、ここは彼女の部屋だから、こうして寝てしまっても大丈夫ではあるものの、元カレがいる状況でよくグースカ寝てられるな……。
俺は思いつつ、ちびりと缶ビールを飲む。そして、正面に座る翔太をちらっと見た。
「…………」
「――――」
すると、彼と目が合い、にこやかに微笑まれた。
それに少しばかりドギマギしてしまった俺は、慌てて彼から目線を反らす。一方、翔太は俺のそんな様子を見て、にやにやと意地悪く笑っていた。
「ふふっ、なにオドオドしてんだよ。もしかして、まだ昔のこと、気にしてんのか?」
「…………」
「気にしなくていいよ。――僕が剣次を好きだったことなんて、もうさ」
翔太はそんな言葉と共に、俺に微笑みかけてくる。そこにある微笑は、男とは思えないくらい、可愛らしくて……正直、単純な容姿の可愛さだけで言ってしまえば、琴美より可愛いくらいだった。
……確か、中学の頃までは、翔太は普通の男友達だったと思う……でも、高校に入ってから、彼はどんどん変わっていった。
見た目がどんどん女の子みたいになっていき、彼自身も『女子としての可愛さ』に磨きをかけるため、薄くメイクをするようになった。休日には女の子が着るような可愛らしい洋服を着て、俺と一緒にいる時のふるまいも少女のそれになり――そうして、俺の親友はいつの間にか、可愛らしい女の子になっていた。
一度、アニメやラノベに詳しいオタクの友人に聞いたら、そんな彼のことを形容するのにぴったりな言葉で――『男の娘』、というものがあるらしい。
それで言ったら彼は、高校一年の三学期頃にはもう、『男の娘』として完成していた。俺と翔太と琴美が三人でいるのを、翔太の事情を知らない知り合いに目撃された際には、『両手に花で羨ましいな』なんて言われたこともあった。
でも実際には、そんな風に羨ましがられるほど、俺は幸せな状況にはなく……だって俺はずっと、男友達の翔太と一緒にいたんだ。だから、女の子になってしまった彼と、どんな風に向き合えばいいのか……思春期だった俺は、それがわからなくなってしまった。
だから俺は、あの日。
親友である彼を校舎裏に呼び出して、あんなことを言ってしまったんだ――。
俺はそこまで考えたのち、あの時のことを思い出して、静かに頭を下げた。
それは、いまの俺から、高校生の時の翔太に向けた、懺悔にも似た謝罪だった。
「あんな形で、お前のことをフって、ごめん……」
「今更やめろよ。そうやって謝られると、余計みじめだろ?」
「でも、すまん……俺はずっと、お前に謝りたかったんだ……ごめん、翔太……」
「……ったく。生真面目な奴だな、お前は」
翔太が俺のことを女の子として好きになってくれていると気づいたのは、高校二年に上がってからすぐのことだった。
それから俺は、彼に向けられた感情をどうしようか、すげえ考えた……バカなりにすげえ考えた結果、俺は――琴美が好きだったことを理由にして、彼をフったんだ。
『じ、実は俺、琴美に告白しようと思ってんだ。……だから、わかるよな?』
俺はお前の気持ちに応えられないって、わかるよな?
……当時の俺は、これが最良の選択だと考えていた。でも俺は、後になって後悔することになる。――だってこのやり方では、翔太とちゃんと向き合っていないから。
結局のところ俺は、琴美が好きだったのをいいことに、女の子としての翔太と正面から向き合わなかった。本来なら、翔太のことが女の子として好きか、嫌いかというのを考えてから答えを出すべきだったのに、それを恐れてしまったんだ……。
「頭を上げろよ、剣次」
昔、翔太に告げた言葉の粗雑さに、自分自身で改めて呆れていると、翔太がそう言ってくれた。なので俺はゆっくりと、下げていた頭を上げる。そしたら――。
ぱんっ! と。
とても弱弱しい力で、涙目の翔太が、俺の頬をビンタした。
それから彼は、涙で滲んだ目元をごしごし拭うと、にっこり笑いながらこう続けた。
「平手打ち一発。これでチャラな」
「……翔太……」
「他人をビンタするなんて、初めてだったから……無駄に緊張しちゃった。でも、これでもう、あの時僕がつけられた傷の貸し借りはなしだ。なしってことにした」
「……ありがとう」
「ん。僕の心が広くてよかったな」
翔太はそんなおどけた言葉と共に、柔和な笑みを浮かべる。……その笑顔は、男なら誰もが見惚れてしまうくらい綺麗なもので、だからこそ勘弁してほしかった。
「つか、なにげ気になってたんだけどさ――どうして琴美ちゃんと別れたの? 僕、ああいうことがあって三人でいられなくなったからこそ、二人には結婚して欲しかったんだけど……高校卒業の時に、琴美ちゃんに『剣次と別れた』って報告された時、すげえ驚いたぜ?」
「……それに関しては、その……やっぱり、翔太のことがお互いに、頭の片隅にあったから、かもしれないな……」
「え、僕のせい?」
「いや、お前のせいにするつもりはないんだ! 誤解させたならすまん! でも、俺達の間にはいつも、翔太のことがあったっていうか――俺達は翔太がいたから恋人同士になった、という感じがして、俺も彼女も、お互いに愛し続けられなかったんだよな……」
「……どういうこと?」
「俺は琴美を愛してた。小六の頃から、琴美のことが好きだった。……でも、俺が琴美に告白した理由は、その……お前に心を奪われるのが、怖かったからなんだ」
「え?」
俺の告白、というか懺悔に、ぽかんとした顔になる翔太。……酒のせいか、俺の口が滑りやすくなっている気がした。
でも、今日は全部話したいと思った。彼に伝えておきたいと思った。
高校時代に俺が抱えていた罪をちゃんと口にして、そのうえで翔太に見損なわれるか、許されるのか……そういう結果が欲しいと、そんなことを思ってしまった。
「俺は昔から琴美が好きだった。でも、どんどん可愛くなっていくお前を見て、その……このままだと翔太のことが好きになってしまうかもって、そう思ったんだよ。だから俺は、琴美に告白することにした。翔太のことが女の子として好きかもしれない、という感情と向き合うことはせず、自身の初恋を理由に、翔太から逃げたんだ……」
「……そうだったんだ……」
「一方、琴美は琴美で、俺のことを好きなのは噓じゃなかったんだけど……あいつもやっぱり、三人で一緒にいたい、って感情が一番にあって、俺の告白を断ったらもう、俺と一緒にいられないかもしれない、っていう考えがあったと思うんだよな。――俺が男として好きだから、だけで付き合ってくれた訳じゃなかった。琴美は、俺との関係を失いたくなかったから、俺と男女の関係になるのを許してくれた、みたいな感じだったんだ」
「…………」
「そんな風に、純粋な恋愛感情だけで好き同士になれた訳じゃなかったから……俺と琴美は長く続かなかったんだ……」
そこまで話し終えたのち、俺は翔太の様子を覗き見る。そしたら、彼は――どうにも複雑な、嬉しさと悲しさがない交ぜになったような表情を浮かべなら、こう呟いた。
「そっか……自分の気持ちに苦しんでたのは、僕だけじゃなかったんだ……」
彼のその言葉を聞いた途端、少しだけ胸が詰まる。あの頃俺が抱えていた感情が時を超えて逆流してくるみたいで、何だか苦しくなった。
それから、翔太はわざとらしくにっこり笑うと、ふいに俺を見つめてきた。
そうしながら彼は、努めて明るい声音で、こう言ってくるだった。
「僕を好きになるのが怖いから、慌てて琴美ちゃんと付き合うことにするなんて、この最低クソ野郎が♡」
「ぐっ……す、すまん……」
「でも、いーよ。僕みたいな奴を好きになっちゃったらどうしようって、思春期真っ盛りの高校生男子がそんな風に考えるのは、至極当然のことだろうしね。だから僕は、最低な剣次を許してあげるよ」
「お、おう! ありがとう、翔太……」
「ただ、許すには一つ条件があります!」
「条件? ってなんだ?」
「来週、僕とデートしろ」
「――――え」
予想外の条件に、俺は変な顔になって固まった。で、デートですか……?
そう言った彼の本音が知りたくて、俺は翔太の顔を真っすぐ見つめる。――女の子にしか見えない、むしろ一般的な女の子より女の子らしい、可愛い男の娘。
高校生の時の俺は、そんな翔太と向き合うのが怖かったけど、でも……大学生になったいまなら。そんな翔太と、ちゃんと向き合えてしまいそうで――つまりは、彼に望まれたのなら、それに応えてしまえそうで。
それは、俺にとって、翔太にとってどうなんだろう、というところまで考えた俺は……結局、考えすぎてよくわからなくなり、思ったことをそのまま口にするのだった。
「で、デートくらいなら、大丈夫だけど……」
「よし。じゃあ来週、楽しみにしてるね」
嬉しげに笑いつつ、ぽんぽんと俺の肩を叩く翔太。……い、一度デートするだけなら、別に変なことにはならないよな? なんて、自分に言い訳をしていたら、翔太はまた一口梅酒を飲んだのち、唇を舐めながら、こう言うのだった。
「もう成人もしたし、お酒も飲めるようになったし――あの頃と比べて随分大人になったんだから、新たな性癖をこじ開けられることくらい、何てことないよな、剣次」
「な……何を言ってるんだ、翔太……?」
「いやあ、楽しみだなあ、来週のデート……どうやら剣次は僕を女として見ない努力をしてたらしいし、そういうことなら――僕の頑張り次第では、行くところまで行けそうだよな? 二人で一緒に、あの頃はできなかったこと、やっちゃおうね!」
「しょ、翔太くん……? 少しばかり、話が見えないんだが……」
「わかってるくせにわかってないフリすんなよ。つか昔、僕言ったよな? ――『お前に何と言われようと、僕はこの気持ちを、捨てたりしないからな』って。……やっとだ。お前にフラれてから四年経っても、こうして大事に抱えててよかったよ。この気持ちを手渡せる日が来て、よかった……」
「…………」
翔太のそんな言葉に、俺が何も返せずにいると――彼はいたずらっぽく笑いながらいきなり体を浮かして、俺の耳に唇を近づけてきた。……ち、近い近い近い! 俺がそう内心で叫んでいたら、翔太は俺の耳元で囁くように、言ってくるのだった。
「まあ本当は、お前を好きな気持ちを、捨てられなかっただけ、なんだけどさ」
「――――」
「じゃあ来週、最高のデートにしようね、剣次くん! えへへ♡」
わざとらしくそう言ったのち、俺の腕に抱きついてくる、俺の可愛い友人(男)。……何というか、来週のデートが楽しみになると同時に、すげえ怖くもなる俺だった。
と、次の瞬時――。
「そのデート、私も混ぜなさいよ!」
何の前触れもなく、先程までいびきをかいて眠っていた琴美が突然、フローリングの床から起き上がってそう口にした。――それに驚き、目を丸くする俺と翔太。ビックリしすぎて何も言えない俺に代わって、翔太がおずおずといった様子で、琴美に尋ねた。
「い、いつから起きてたの……?」
「剣次が――翔太に恋するのが怖かったから、慌てて私に告白した、って懺悔したところから」
最悪のタイミングで起きていたみたいだった。本当にすみません。
「でも別に、その辺のことは、何となくわかってたからいいのよ。……私としても、剣次を拒否して関係が悪くなるのが嫌だったから、剣次と付き合った、っていうのはそんなに間違ってないしね……私はこいつが好きで、好きだったから付き合ったんだけど、でもそれは、私が思うより純粋なものじゃなかったのかもしれない……」
「「…………」」」
「だから、今更だけど……この場にいる誰よりも純粋な気持ちを持ってる翔太の思いこそ、報われるべきだと――いまの私は、そう思ってるの」
「琴美ちゃん……」
涙目になって琴美を見つめる翔太。確かに、琴美の言葉は綺麗なもので、それに感動するのはわかるけど……いつの間にか、俺と翔太がいい感じになるのが既定路線になってないか? そこら辺に関してはまだ、おいおいだと思うのですが?
俺がそう内心で反論していると、琴美は快活に笑ったのち、言葉を続けた。
「そんな訳で! 剣次と翔太がくっつくことについて、何も問題はないけど――でも! 来週のデートは私も混ぜてよ! のけ者にしないで!」
「えええー……せっかくのデートなのに、泥棒猫に来て欲しくないんだけど……」
「ど、泥棒猫って……あんた、遂に本性を出してきたわね。――つか、いいじゃん! デートなんかまた別の日にすれば! 私はもう一回、この三人で遊びたいの!」
「高校生の頃から変わらず、琴美ちゃんはわがままだなあ……どうする、剣次?」
「……このまま無理やり翔太とデートをしても、琴美が勝手についてきそうだから……それなら、デートはまた後日ちゃんとするとして――来週は、三人で遊ぶか!」
俺がそう宣言すると、琴美は「ふふっ」と笑い、それにつられて翔太が「くふふっ」と笑った。……そんな二人を見た俺は何故か、ちょっとだけ泣きそうになる。
またこうして、二人が笑い合う姿を見られる日が、やって来るなんて……それを思うだけで俺は、涙腺がゆるゆるになって、目から汗が零れそうになるのだった。
「しょうがないなあ……じゃあ、来週は――」
「『三人はズッ友だょ号』の、再出発よ!」
「いや琴美ちゃん、それマジでダサいからやめてって。それに僕達、ズッ友じゃない期間も結構長かったでしょ」
「野暮なツッコミすんな翔太! つか剣次も、謎に涙ぐんでないで、今夜は徹夜で飲み明かすぞおら! ほらほら、お酒を手に持って……もう一回、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
……大学進学した時、俺は心のどこかで、こう思っていた――高校時代に関係を修復できなかった俺達はもう二度と、昔のように三人で笑い合えはしないのだと。
でも、そんなことはなかった。あの楽しかった日々は、もう二度と触れられない青春なんかじゃなくて、こうして……手を伸ばせば掴める場所に、まだあってくれたのだ。
今後の俺達がどうなるのか、それはわからない。
俺は馬鹿だからそんな未来のことはわからないけど、いまは……大好きな親友と、大好きな元カノと共に、三人一緒にいられなかったあの日々を取り戻すみたいに、朝が来るまで飲み明かそうと思う。
俺達の青春は、これからだ。
了
彼と彼女と可愛い彼のラブコメ 川田戯曲 @novel99
★で称える
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