セブンスターおじさん

奇跡いのる

第1話

 コンビニでアルバイトを始めて一週間が過ぎた。

 何となくの偏見で、コンビニって楽なんだろうなと思い込んでいたのだけど、実際に働いてみると思いのほか大変だった。というか、普通にめちゃくちゃ大変だった。


 マニュアル化されているとはいえ、覚えることが多すぎる。レジの操作、商品の検品や品出し、在庫の補充や店内の清掃、ファストフードの調理など、多種多様にその業務は存在する。レジひとつ覚えるにしても、接客マニュアルや商品ごとに異なる操作方法など、ため息が出るほど煩雑だ。


 ネットでコンビニ店員を小バカにするような奴は実際に働いてみるといい。いかに大変なのかを思い知るだろう。恐らく一日で音を上げるに違いない。何故なら自分がバカにしてきたように、他人からバカにされるのだ。これはなかなかに耐え難い。


私が初めてレジをひとりで任された日のことだ。


「いつもの」と、レジに並んだ五十代くらいの男性客が私に向かってそう言った。私はこの男性客を知らない。なので、「いつも」が何を指しているのか私には分からなかった。


「お客様、いつものとはなんのことでしょうか?」

「いつものだよ、早くしろよ」


 男性客は怒鳴り声を上げて、私を睨み付ける。あまりにも理不尽だ。初対面の女子高生に叫び声を上げるのが、大人のすることなのか。私は父親に虐待を受けて育ったので、大きい物音や怒鳴り声にトラウマがあって、怒鳴られるだけで萎縮して泣き出してしまいそうなくらい、動揺してしまう。


「はやくしろ、待たせんなよ、いつものだよ」

「いつものと申されても、存じ上げませんので」

「使えねーな、そんなんだからコンビニ店員はカスなんだよ」


 埒があかない。せめて、「いつもの」が何かを教えてくれればすぐに終わる話なのに、このおじさんはそれを教えてくれず、人を罵倒して怒鳴り散らかすだけだった。


 涙が堪えきれない。人前で泣くのは嫌なのに、怒鳴り声を浴びせられる度に心が切り刻まれるようだった。


 その時、そのおじさんの後ろから、黒いスーツを着た二十代くらいの綺麗な女性が声をかけてきた。


「いつものってあれですよね、タバコのことですよね?」


 おじさんにそう言うと、タバコの銘柄を言う。女子高生の私はタバコの銘柄を言われてもよく分からない。番号で教えてもらいたい。


「お、お姉ちゃん、わかってるねー。本当にこのくそ店員は使えねえんだよ」


 スーツの女性はバッグから何かを取り出し、少しの間背を向けた。


「これでしょ? おじさん?」


 そう言うと、おじさんの首筋に火のついたタバコを押し付けた。おじさんは叫び声を上げて、その場に倒れ込んだ。スーツの女性はそのおじさんの背中をハイヒールで踏みつけた。


「みっともない真似してんじゃないよ、若い子を怖がらせて。このクソジジイがっ」


 おじさんは悲鳴を上げながら走って店の外へ逃げていった。あんなに怖かったのに、その後ろ姿は滑稽にさえ思えた。あんなのにびくびくしていたなんて……



「京子ちゃんっていうんだね、あんなの気にしちゃダメだよ」

「あ、ありがとうございます」


「さてと、私にもいつものお願い」


 彼女はそう言うとイタズラっぽく笑った。


 あのー、いつものって何でしょうか?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セブンスターおじさん 奇跡いのる @akiko_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ