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山野エル

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 中央都市七番街七番地に建つ集合住宅の七階、そこの七号室が彼の家族の居所だった。その一階には、まだ閉塞されていなかった紙の本を売る店が軒を構えていた。

「あんたも物好きだね」

 店主が男に笑いかける。男は勘定台の上に数冊の本を丁寧に置いて笑みを返した。

「あんたに言われたかないね」

「あんたの部屋の底が抜けやしないか心配だよ」

「そうなりゃ、やっと引っ越しできるさ」

 店主は本をまとめて金を受け取ると、今度は心配そうに目を細めた。

「あの子、今日も階段でずっと過ごしてた。早く顔を見せてやりな」

「悪いな」

 店主は「いいってことよ」と言わんばかりに、男を追い払うように手を振った。男は足早に店を出て、そのガラスの嵌められた扉を振り返った。金色の字で「LUCKY 7ラッキーセブン」と書かれている。大昔の迷信を店の名前にしたらしい。

 集合住宅の入口に向かうと、階段の一番下の段に座って本を読んでいる女の子が男の目に入る。男の姿を認めると、女の子は勢いよく本を閉じて表情をパッと明るくさせた。

「おかえり!」

「なんでいつもここにいるんだ」

「だって、つまんないから。ここにいたら、おじちゃんも話し相手になってくれるのよ」

 娘を連れて階段を七階まで上がると、さすがの男の息も上がる。

「一階にも二階にも空き部屋があるのに……!」

 娘の小言に喘ぐように「幸運の数字だぞ」と返すと、娘の呆れたような視線が突き刺さる。


 部屋の中には本棚が並んでいる。その空いた場所に新しい本が差し込まれる。

「そうすぐ本棚が埋まりそう」

 そういう娘の目はキラキラと輝いていた。

「今日の分の薬は飲んだのか?」

「もちろん」

 そう言って部屋に引っ込む娘の背中を一瞥して、男は新しく調達してきた薬の箱を鞄の中から取り出した。「遺伝子補助剤」は、遺伝子操作されていない人間にとって、生きていくうえで必要不可欠なものだ。


「パパ、学校ってどんなところ?」

 食事の席で娘が尋ねた。男は渋い顔をする。

「行く必要はない。そのための本だろ」

〝自然交配〟の子どもたちには、学校への編入資格がない。だから、こんなに隅に追いやられた場所で生活するしかないのだ。

「ちょっと気になっただけだよ」

 言い訳のように呟く娘を見て、男は心の奥が重くなるのを感じた。


「パパ!」

 暗闇の中、隣室から聞こえるその声に男は飛び起きた。家の中にいくつもの靴音が響いていた。

「〝未編集〟を確保! あとは捨ておけ!」

「パパ!」

 その声に縋るように寝室から飛び出した男の前に巨体が飛び出して来て、その衝撃で男は七階の窓の外に弾き飛ばされ、背中から落下した。激痛と衝撃の中で呼吸もできない男の視界の中で、今しがた放り出された窓から火が上がる。

「──!!」

 娘の名前を呼ぼうとしたが、声が出なかった。

 ──なにが幸運の数字だ。

 男はそうして意識を失った。


   ***


「まだ探してるのか?」

 顔を隠した情報屋が去り際にそう言った。本屋は答えなかった。

「〝未編集〟の遺伝子は兵器に転用されてる。例外はない」

「その人工筋肉工場の遺伝子根源試料の情報はあるのか?」

 本屋の端末に情報屋からの情報が着信する。本屋はその情報と、手元の情報の照合を始めた。

 やがて、絶望にまみれた目でがっくりと肩を落とした。

「そろそろ本屋も畳んだらどうだ? 中央都市の動きが活発化してる」

「そのつもりはない」

 情報屋は肩をすくめて立ち去って行った。

 本屋の脳裏に、あの集合住宅の階段の光景が蘇る。

 偶然だろうか、あれから七年が経とうとしている。

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7 山野エル @shunt13

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