【KAC20236】さあ、のんではなそう

サカモト

さあ、のんではなそう

 いつの間にか、ぼくの住んでいるマンションの最上階がカフェになっていた。

 店主はハンサムボブカットの十六歳で、三白眼の女の子だった。店は彼女が学校の終わった放課後から開店する仕組みになっている。



 平日、夕方になると、ぼくは住んでいるマンションの部屋を出てエレベーターへ乗り込む。

 最上階の七階は、まえはひとフロア、すべて大家さんの部屋だった。いまは改装というか、改造されて、カフェになっている。ある日、こつぜんとそうなっていた。

 そのカフェの店長は、つのしかさん、という女の子だった。高校生で十六歳だときいている。

 彼女は見どころが、あるおかっぱ頭をしていて、だいたい、きりりと決まってハンサムだった。そして三白眼の持ち主でもる。

そして、店へ通うちに、彼女と多少話すようになった。

 ただ、そのときはほぼ、お客さんはぼくしかいない。いつも店へ行く時間帯がそういう、お客さんが空白な時間帯らしい。

ぼくはいつも席へ座る。

 すると、彼女はオーダーを取りにくる。

 彼女はその三白眼を差し向けて、たえばそう「そこのキミ、人生の手ごたえ、ってなんだと思う」とか、急に、得体の知れない発言をぶつけてくる。

 そして、こっちが慌てて考え、何か答え返すまえに。

「いらっしゃい、なんにしましょうか」

 と、ふつうの接客に、モードを切り替えてくる。

 でも、そう注文をきいておいて「まあ、どうぜ、いつものレギュラー珈琲ですよね」とか、言って来る。「さあ、ほら、いつものアイディア不足の、ご注文をどうぞ言い放てばいい」

 とか、言って来る。

 つまり、毎回、その第一声で、ぼくに何かを仕掛けがちだった。そして、その後は、気分次第で追い打ちも好き勝手に仕掛けてくる。目的は、きっと、ささやかな愚弄だった。

 このささやかな愚弄については。

 と、いや、それは、そっとしておこう。

 でも、ある日のことだった。夕方になったものの、ぼくは用事があって、いつもより一時間ほど遅く四階の部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。

カフェある最上階のボタンを押す。

エレベーターが上昇する。

 最上階について、つのしかさんのカフェへ入った。すると、すぐにいつもと店の様子が違うことがわかった。

 お客さんがいる。女性のお客さんがいた。七人、このあたりの住んでいる人たちっぽい。みんなでひとつのテーブルについて、和気あいあいと談笑していた。

 この時間帯に、ここまでお客さんいることが初めてだった。ぼくがいつも座る席は、開いているので、習慣的にそこへ座る。

 やがて、テーブルにつのしかさんがやってきた。

 で、三白眼でぼくを見る。今日も、ハンサムなボムだった。化粧も仕上がっている。

 今日は何を仕掛けてくるのか。

「いらっしゃいませ」

 と、構えて思っていると、業務的な挨拶をされた。

 おや、っとなった。でも、これはこちらを油断させるためではないか、と心をさらに構えた。

で、待った。

でも、なにも仕掛けてこない。

 つのしかさんはただ「ご注文はどうしましょうか」と、聞いて来る。

 なるほど、今日は、泳がして、この先で仕掛けくるか、愚弄。

 うすい愚弄を。

 そう考えた。でも、仕掛けてこない。彼女は、ミクロン単位のささやかな愚弄も放たず、三白眼で見てくるだけだった。

 向こうの席では、七人のお客さんが、まだまだ楽しそうにお話している。こっちの席まで聞こえて内容によると、近所でやっているカルチャー・スクールの合唱仲間らしい。たしかに、みなさん、よく声が出ている。

 けっきょく、彼女は仕掛けてこないので「あの、レギュラー珈琲をください」と頼んだ。

「承知いたしました」

つのしかさんは、淡々といって、会釈をするとカウンターへ戻ってゆく。

 ささやかな愚弄がない。いや、なくていいし、ふつうのカフェは、客を愚弄しない。

 しkし、どうしたんだろう。つい、カウンターをのぞき込んでいると、七人のお客さんたちが「やれやれ」と、声をあげながら席を立ちはじめた。それぞれがレジで会計を済ませ、がやがや言いながら、店を後にした。

 とたん、店のなかが静かになる。

 ほどなくして、つのしかさんが注文した珈琲を持ってやってきた。

 あ、口もとに笑みがある。

 いや、よく見ると、笑みは笑みでも、ほくそ笑みだった。

 ああ、そうか、きっと他のお客さんいるところで、ぼくをささやかに愚弄するのを避けたんだな、この人。わかってしまった。なんせ、ちょっと、うきうきしている。そのハンサムボブカットの下にある、アタマのなかに、思いついたらしい、ささやかな愚弄を積載している様子が見ぬけてわかる。

 やがて、彼女は珈琲を静かにテーブルへ置いて言った。

「さあ、のんではなそう」

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