777/2

げこげこ天秤

お題:「アンラッキー7」

 ぬぁーにが「アンラッキー7」だ。

 ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!!



 そんなふうに、稲葉いなば皐月さつきは河川敷に転がる石をめいいっぱいに蹴っ飛ばした。もし、その小石に「琥珀」なんて名前がついていたらと考えたら、と考えたら小気味よかったが、すぐに恨むべき相手の顔が脳裏に浮かんできて、余計に腹が立ち始める。



「またクソみてぇな歌詞考えやがってよぉッ!!」



 天に吠えるその少女は、さながらメドゥーサのような風貌であった。髪が長くボサボサであることもそうだが、赤と黒に染め上げられていて、近寄りがたい見た目をしている。強調され鋭い目つきはまさに悪魔であり、指輪とピアスの数は世界を恨んだ数。当然、彼女が街を歩けばその派手さで周囲から目を引く。そんな傍目には不良にしか見えない彼女は、背中に背負っているギターケースを身分証明書としていた。


 けれど、そんなギターケースを、いまは地に叩きつけたくなる衝動に駆られている稲葉いなば皐月さつき。彼女の怒りの向かう先は、照月てるつき琥珀こはくという名のバンドメンバーだ。


 二人が所属するのは、ガールズバンド・S/Nスターズ・ナラティヴ。そして彼女たちの作詞・作曲担当は、毎回くじ引きで決められる。そうして、今回の作詞担当は、照月てるつき琥珀こはく。作曲担当が稲葉いなば皐月さつきとなったのである。当初は、「よし来たと」意気揚々だった稲葉いなば皐月さつき。最高の曲を作るつもりで試行錯誤を始めた。


 前回、稲葉いなば皐月さつきが作った曲「夜が明けたら」は個人的に秀逸な出来だと思っていた。同じギター仲間の白鳥しらとり叶撫かなでとの力作である。ところが、照月てるつき琥珀こはくやベーシストである黒峰くろみね六花りっかからは不評だった。お洒落なギターのメロディーに比べて、他パートは酷く単調なものだった。ゆえに歯に物を着せない物言いをする黒峰くろみね六花りっかからは「夜が明けたら、私たちは休憩時間」とまで言われる始末だった。


 その上、黒峰くろみね六花りっかが作って来た「ヴィアヴァスタの観測事象」は、稲葉いなば皐月さつきを失意のどん底に突き落とした。ベースラインがクールであるのはもちろん、他パートも主人公級にカッコいいメロディラインをもつ作品に仕上がっていた。TAB譜に記されていたのは、本来ギター担当の自分が作るもの以上に、ギターの良さを引き出してしまうような旋律。そんなことがあってから、稲葉いなば皐月さつきにとって黒峰くろみね六花りっかは仮想敵。次こそは負けるものかと挑んだのが、今回の作曲だった。


 ところが、相方の照月てるつき琥珀こはくがいつまでも歌詞を書かない。歌詞がなければ、曲を完成させることは出来ない。ついに業を煮やした稲葉いなば皐月さつきが催促をしたのが今日――3月13日。そうして、見せられた歌詞ノートはここ二週間の成果物――ゼロ文字!!



「って言われても、気が乗らないんだよねー」



 さらに、こんなふうに。照月てるつき琥珀こはくは、遅延を詫び入れる様子もなければ、やる気を見せる素振りさえなかった。ちなみに、作詞作曲の期限は特に設けられていないから、照月てるつき琥珀こはくの行為は何かに違反しているわけではない。けれど、デフォルトで殺気をみなぎらせている稲葉いなば皐月さつきは、待つということを知らない。ついに、胸倉を掴もうと迫る。


 他方、やはり照月てるつき琥珀こはくはメンバーで一番の問題児だった。100%ムラっ気で出来ている存在。スイッチが入れば、3曲だろうが4曲だろうが、ハイクオリティな歌詞をあっという間に仕上げてしまう。けれど、本当に気まぐれなものだから、期限というものを知らない。学校では、頭はいいのに遅刻の常習犯。定められたルールを守るのは苦手で、それゆえに誰もを驚かすような発想を持っている。実際、バンド内では唯一。キーボードを叩いたと思えば、別の曲ではサックスを吹いてみたり、バイオリンを弾いてみたりする。気まぐれな根無し草――それが照月てるつき琥珀こはく


 だから、作詞・照月てるつき琥珀こはく×作曲・稲葉いなば皐月さつきは相性的にナンセンスを通り越して、壊滅的なものと言わざるを得なかった。



「ったく、とんだ貧乏くじだ」

「……」

「あ? んだ、その顔は。言いたいことがあれば言――」



 次の瞬間、照月てるつき琥珀こはく稲葉いなば皐月さつきに飛び掛かった。攻撃? いいや違った。吐き出された「貧乏くじ」という言葉に、何かを閃いたと言わんばかりの表情を浮かべていた。そう思うが早いか、照月てるつき琥珀こはくは、勢いよく稲葉いなば皐月さつきが持つスマホをひったくると、まるで自分のものと言わんばかりの速度でロックを外し、保存されているであろう新曲のデータを漁る。もちろん、奪い返そうと抵抗する稲葉いなば皐月さつき。だが、見た目に反して、反射神経は照月てるつき琥珀こはくの方が早い。繰り出される攻撃を、五条大橋の上の牛若丸よろしくかわしながら録音データに辿り着くと、イヤホンをぶっさして悠々と鑑賞する。



「て、テメェッ!!」

「ふん、ふん、ふん、ふーん♪――なるほどね!!」



 そして、照月てるつき琥珀こはくは、ついに歌詞を思いついた。稲葉いなば皐月さつきが言った「貧乏くじ」という言葉――不幸アンラッキー。そして、今日は3月13日。教科担任が指名する時のノリで、3+1+3が脳裏でおこなわれたとき、タイトルも決定された。



「聞いてください!! 新曲『アンラッキー7』!!」

「――ッ!! ざ……ざっけんな!!」




 

 *  *  *  *  *

 *           *

――  『777/2アンラッキー7』  ――

 ♪           ♪

 ♬  ♪  ♬  ♪  ♬


 


 希望が絶望に変わる、その顔が好きだ。

 だって、よく言うだろ? 

 他人の不幸は蜜の味って。


 人を不幸に叩き落すには、幸せをチラ見せすればいい。そうやって見せた希望ねだんの高さが、絶望コクの深さだ。落ちて来る水で電気を作るように、真っ逆さまに落ちる君の速度が、僕のエネルギーだ。ぽっかりと空いた奈落の入り口が、僕の口腔だ。


 僕はアンラッキー7。

 2番目の7。


 77……が揃えば、君は歓喜。たちまち満ちていくドーパミン。あとは最後に、君の脳汁が色褪せていく瞬間を見るだけだ。さあ、宴の時間だ。果たして君は、9よりもおいしいのかな(7 ate 9)?


 けど、この世はそうやって出来てるんだろう? 数の決まった餌が色んな場所に吊り下げられてる。みんな垂らされた餌を食らおうとして、必死になって紐なしバンジーしてないかい?


 僕はアンラッキー7。

 僕は君を食べたい。





「うっせぇ!! ぬぁーにがアンラッキー7だ。ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!! またクソみてぇな歌詞考えやがってよぉッ!!」








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