続・どうする家康はどうすれば良かったのか?「偶然目にした10話に唖然とした私が考える10話で浮き彫りになった問題点・近年の大河ドラマとの比較を添えて」
コメディとシリアスのバランス/その演出はどうよ?
コメディとシリアスのバランス/その演出はどうよ?
昨年の鎌倉殿の13人を手掛けた三谷幸喜氏は、コメディ寄りの脚本を手掛ける人だと思っています。なので、鎌倉殿の13人にもコメディ要素はありました。けれど肝心なところは締めていた。そこで鎌倉殿の13人は、コメディ要素を含みつつも、シリアスな物語として成立していたのです。
例えば、鎌倉殿の13人の序盤。
主人公から見ると、父親や兄たちは酷く頼りない、ともすれば間が抜けている様にも見える。
だが、そのような日常から、いざ戦場という非日常に舞台が変わると、主人公と父親たちの関係は一変する。頼りなく間が抜けている様に感じられた父親たちは、戦場では実に見事な動きをする。逆に、日常において優れている様に見えた主人公は戦場に置いて、頼りなくなるのである。このギャップが非常に良かった。
どうする家康は、コメディを前面に出しすぎて、締めるところを締めないものだから此処面白いでしょ?のノリがともすれば痛いのである。
こういうのが楽しいという人もいるのでしょうけども、少なくとも私には合わなかった。
あと信長の速射描写も疑問を抱きました。おそらく信長の強さを表したいのでしょうが、そもそも信長が銃ではなく弓を、それも速射する意味が演出として効果的だったでしょうか?
弓を射るならむしろゆっくりと弓を射ている最中「将軍様お討ち死に」の報を受けても一切動揺せずにもう一射して的に的中させる。或いは継矢させた方が良かった。
もしくは、ものすごい強弓を使っているとかですかね。
このドラマの演出は、とにかく早く、沢山、を強さの証しと考えている節があるように思います。
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