第16話 09時04分 覚悟
エレベーターを使う度胸はない。
待ち伏せでもされていたらお手上げだからだ。
まさかこのラグジュアリーホテルそのものがフィールドになるなんて想定外もいいところだ。
いくつか客室のドアを開けようとしてみるが、開くことはない。
消火器でもあれば破れるかもしれないが、近場には見当たらない。
僕は隠れるように非常階段への扉を開き、自分の身を滑り込ませた。
「はっ! はっ! ――はぁぁぁぁぁぁ…………」
扉に背中を預けて滑るように腰を落とす。
自然と大きな吐息が漏れた。
殺されかけたという事実に僕の気持ちが追い付いていない。
そして覚悟も足りなかった。
僕はゲームに出演する決意をしたあの日を思い出し、自分の両頬を思い切り叩く。
ここで自己嫌悪に陥っても仕方ない。
僕は僕自身でこのゲームを望んだんだ。
炙った鉄を水に浸けるよう無理やり気持ちを冷ます。
……状況を整理しよう。
あの婦警は開始と同時に部屋から出て状況を理解したのだろう。
誰が、というよりも誰でもいいから殺して罪をチャラにしたいということだ。
女性アバターにしているが、どう見ても中身は男だ。
そしてもう1人の女性アバター。
赤黒のラバースーツで一瞬アバターが機能していないのではと勘違いするほどだった。切れ長の冷ややかな目にくわえて、ショートボブの白髪にタバコ風の砂糖菓子を咥えていた。
なんで一瞬でなぜ僕がそこまで判断できたのか。
それは僕があいつを知っているからだ。
正確に言えばアバターを。
VTuberの『
ルネ
アバターのコンセプトは人に媚びないクールな女性のはずだが、会話のテンションが低いものの可愛げが抜けずそのギャップで人気があったVだ。
可愛げと言っても病み要素を多分に含んだ特急列車だ。
一度決めたこと、約束は何がなんでも守り、嘘を決して許さない、愚直なまでの一途さ。
相手が有名だろうが、無名だろうが我を貫き通すという、危なっかしさによる怖いもの見たさファンが多数を占めているはずだ。
まぁあくまでも僕個人の意見だけど。
だが……本人というわけではないだろう。恐らくあれは『擬態アバター』ということだ。
現存するVTuberやPTuberのガワを被ることで、視聴者の興味を引くというやり方だ。もともとVやPに熱を上げていた人がよく使うやり方で『なりきりプレイ』をするやつも少なくない。
まぁ本当に好きならこんな殺し合いで選ぶなんてありえないと思う。あくまでも僕個人の意見だけどね。
動揺するだけした後に、Vのアバターについて考えたのはどうやら正解だったようだ。
震えていた膝も収まり、内からノックし続けていた心臓の音も落ち着いてきている。
そんな僕が今やるべきことは見えている。
アバター情報と関連するものが入っているかはともかく、弱みを握れる可能性は高い。
でも、まさかフィールドがホテルとは……客室に入れないとしても横にも縦にも広すぎるだろ……
なぜなら基本的にさっさと見つけて、ゲームに銃器以外での盛り上がる要素を提供してほしいという狙いが透けているためだ。
だいたい初日の1時間でほぼ
僕は唯一の武器ではあるが、心許ないフォークを力の限り握りしめながら非常階段を降り始めた。
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