第2話、『主材その2]]

『ほら..."オカエリ"くださいませ。聞こえてるの?何か言い返したらどうなのよ]]

 白い診察台のようなベッドに、青みがかった同じく白の病衣の様な服を羽織った少女が、そんな事を言う。

 しばししの間、思考が止まっていたローザスであったが...棚に資料が纏まっている...という言葉を思い出し、何も言わずにそっちへ。この時無言だったのは、彼女の"何か言い返したらどうか"に少しだけ反発してやろうと、思ったからである。名も知らぬ少女に大分だいぶ腹が立ったのだ。

 然し直後に、資料を手に取り衝撃の事実を知る。

「試作兵器type,0オー、通称アルキス......まさか?! アレが!?」

『アレ...とは失礼ね!]]

 アルキス...と名付けられたその少女は遂に上体を持ち上げる。白い髪でグラデーションで先が金になった特徴的なウルフカット、アッシュグレイの瞳はハイライトを感じさせず...少し気だるそうにこちらローザスを睨む。

「本当に機械なのか?」

 ローザスは物を投げて来そうな彼女に問うと

『さっきまで無視しといて...はァーん? 相当アナタ面倒臭いヒトね...? ソコに書いてある事が全部よ]]

 そこそこ技術力有る国とは知っていたが...まさか此処迄ここまでとはと、少し感嘆する。そしてある感情が消し飛んだ...。

「つまり君はヒトじゃ無いんだ...という事は、僕は何も気にする事ない訳だ...、」

 数秒前まで、自分より若いガキに、生意気言われたと思って煩わしいと感じたが、機械の雑音ノイズと感じれば苛立ちなど全く持って案ずる事なかれ....と。

 何だか可笑しいが、ローザスは振り切った考えで心を保つ人間だ。恐らくもしも彼が鬱になった所で、結局鬱が何なのかと考え始め...自分なりに難癖付けて蘇る事だろう。...まぁそもそもの感情を取払った様なこの考え自体が既に鬱病の一種なのかも知れないが......何方どちらにせよ無敵だ。


『何よその顔...何考えてるのかしら、今度は私が草臥くたびれろってワケ? はぁ]]

「.........、」

『ちょっと...何か喋りなさいよ、言い返しなさいよ....]]

「.........、」

『.........生きてる? 電池足りてる? オイル飲む? ちょっと......]]

 何も答えずにローザスは工具を持つ。

『何か可笑しいわよアンタ...怒った?ねぇ...ねぇってば......]]

 やはり無言で五月蝿うるさい機械に近づいて行く。

 その様子に少し恐怖を感じたアルキス...思わずベッドから降り、少し後退りする。


 無敵の機械の私が、なんでこんな初見のボケ主人に後退りしないと行けないワケ?それなら私にも択は有るわよ?その工具で大人しくぶっ壊されてやる事などないわ...あ〜イライラする......何よコイツ......


「.........」

『.........]]

 互いに無言。

 でそのまま少し経つ。

「やっぱ具体的に言わないとダメよね、機械ですもんね......入力が無いと出力できませんもん、」

『...な、なんの事よ...私がそこら辺の計算機と同じだって言いたいの? できるわよ! アンタのやりたい事ぐらい...]]

「じゃあ何さ」

『......それは、私に何か......そう! 乱暴! ランボウでもするんでしょ......! へへっお見通しよそんなの.....!]]

「誰が喜ぶんだ機械に......あ、世の中広いからいるかも知れないし......別にそのヒトにかく言う事はしないけど、というかそこまで好きな物が有るって...尊敬はあるが、今のとこは計算機の方がマシだ......結局分からなかった様なんで指示を出すよ? ベッドに、座ってください、こちら側を背中に。今から調整をやりますからね、」

『.........ちっ]]

 舌打ちして眉間にシワを寄せながらだが、素直にベッドに座る...勿論こちらローザス側を背中に...。

「......あ、羽織ってる服を、」

『............はいよ!]]

 アルキスは手早く脱ぐと乱雑にローザスに投げつける。

「ごふっ......、」

 顔にぶつけられた病衣(の様な服)からは無理にでも香ってきた匂いはてつの匂い。服を畳んでベッドに置くと...それをアルキスが前から羽織る......何故投げつけたのか......。

「始めるよ、」

『......はいはい]]

 特殊素材で構成されたリアリティが過ぎる皮膚、このままではどう足掻いてもただの少女...。なのだが...ネジが付いているのを見ると、やはり機械なのだな...と思わされる。彼女の体温は言うまでもなく冷たい...。

 そのネジに多目的ツールのドライバを当てて、ウィーン...と外していく。取り出した独自規格の星型ネジは、転がしてきたキャスター付き作業台のトレイに置く...。そこそこのサイズはあれど、落としたら地獄だろう...。彼女にボロくそ言われるのは目に見えている。

 丁寧に全て外すと...全てのネジの対直線が交わる部分に取り外す為の装置を当て...スイッチを入れる。

 しゅうぃん!

 モーター音がすると、つい先程までは無かった境い目が顕になる...蓋と身体の境い目だ。グイッと指を入れて手前に引くと...

 かこっ...!

 軽い音を鳴らしてそれは外れた。くり抜かれた彼女の背中の内部には、内蔵では無く、配線や装置がびっしりと...。

「すごいな...、」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 彼女は触覚などは感じる事が出来るが...一応彼女の任意次第でオフにできる。外す時に触られて何も言わなかったのは、慣れている訳でも無く、ただただオフにしていただけである...。さっきのグイッて指を入れられる感覚なんて想像もしたくない。

 ローザスが配線に工具を当てたところで...

「電源切って貰える?」

『なんでよ]]

「君の中身ごっちゃごちゃで汚い...、整えるんだ、」

『私が汚いですってぇ!? 失礼な...!]]

 アルキスとしてはぶん殴っても良かったが、今動けば当てられた工具でちぎれてしまうかも知れない...。

「というか...今まで電源切らずにやってたのか?」

『なんで私が従わにゃイカンのよ]]

「前のヒトかなり、というか滅茶苦茶な凄腕だったんだな...ちょっと勿体ないね、......あぁ、僕はそんなに良い腕は持ち合わせて無いからさ...電源切らないと短絡たんらくしちゃうかもだ、」

 短絡とは、回路に金属製の部品が触れるなどして回路が焼き切れるとか...する、電気弄りで最も注意するべき事だ。

『あぁ...もう、分かったワよ...切るわよ? ちゃんと身体支えなさい!]]

 ガクン...と目を開けたまま崩れ落ちそうになる少女を慌てて抑える...。工具は上手く避けたが...。

「骨が折れるわ...、ふう...、」

 一旦アルキスを横たえると、もう一つキャスター付き作業台(工具が入って最も重いもの)を持って来て...彼女の前でロック。力をかけても動かない事を確認すると、作業台を足で挟むように、彼女を前から寄りかからせる。

ゴン......

頭に打たれたアルミの作業台から鈍い音が響く。

「やっべ...、うーん......まぁいっか、」

水に流して作業を開始した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る