世界一ついてない男のラッキーナンバー
阿々 亜
世界一ついてない男のラッキーナンバー
ニューヨーク市警のジョン・ウィリス警部補はいつもついていない。
非番の日にはきまっていつも事件に巻き込まれる。
今日こそはそんなことはないと願いながら、彼はJFK空港にやってきた。
娘の誕生日を祝うために、これからロサンゼルスに行くのだ。
手荷物検査を済ませ、ロサンゼルス行の搭乗ゲートに到着したが、早く来すぎてしまって出発時刻まで1時間もあった。
仕方なく売店で新聞を買い搭乗待合で時間をつぶしていると、とある男が話しかけてきた。
「失礼、ニューヨーク市警のジョン・ウィリス警部補ではありませんか?」
男は30代の白人で、ポケットのたくさんついた高機能ベストを着て、首からプロ用の大きなカメラを下げていた。
「そうだが.........」
ジョンは警戒しながらも肯定した。
「おお、これはすばらしい!!まさか、ニューヨーク市警の英雄と飛行機をご一緒できるとは!?」
男は大喜びでジョンの隣に座った。
「あんたは?」
なれなれしい男の態度にジョンはあからさまに不機嫌になっていた。
「あー、大変失礼を。私はアラン・グルーバー。フリーのジャーナリストです」
ジャーナリストと聞いて、ジョンはこの男の目的をおおよそ察した。
「こんな幸運は一生に二度とない!!ぜひともこの機会にウィリス警部補の英雄譚をお聞かせいただきたい!!」
ジョンはため息をついた。
ニューヨーク市警のジョン・ウィリス警部補とえいば、数々のテロ事件を解決してきた英雄である。
新聞や週刊誌の記者、フリージャーナリストといった連中にはこれまでさんざん絡まれてきており、うんざりしていた。
「あんた今日ついてるっていうんだったら、俺と関わらないほうがいい。俺の不幸がうつるぜ」
ジョンは自称“世界一ついてない男”だった。
これまで解決してきたテロ事件は全て、偶然にも(不幸にも)その場に居合わせたことで巻き込まれてしまったものばかりだった。
「何をおっしゃいますか!?ジョン・ウィリス警部補と同じ飛行機に乗る!!こんな心強いことはない!!もし、万一上空でハイジャックが起きてもあなたが解決してくれる!!」
すさまじく物騒なことを言うアランにジョンは辟易してヤケクソにまくしたてた。
「ああ、そうさ!!俺が非番の日に乗ったバスは必ずバスジャックに遭い、俺が非番の日に乗った船は必ずシージャックに遭い、俺が非番の日に乗った飛行機は必ずハイジャックに遭う!!俺はそういう男だ!!」
途中から話が聞こえていた同じ便に乗る周囲の乗客たちが皆「え、まじで?」「ちょっと、勘弁してほしいんだけど......」という顔をしている。
「だが、今日の俺は違うぞ!!」
ジョンは懐から一枚の細長い紙を取り出した。
それは、これから乗る飛行機の航空券だった。
「見ろ!!便名はUL777便!!そして、航空券番号の下3桁は777!!今日の俺はついている!!だから、今日これから乗る飛行機には何も起きない!!」
ジョンは誇らしげに航空券を掲げ、周囲の乗客たちも『おーっ!!』と感嘆の声を上げて拍手した。
「いやー、素晴らしい!!今日は何から何まで運命的だ!!すみません、記念にちょっとその航空券を写真に撮らせてください!!」
アランはそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出し、ジョンの航空券を写真におさめた。
「さー、それでは空気もあたたまったところで聞かせてください!!ニューヨーク市警ジョン・ウィリス警部補の英雄譚を!!」
「あんた、まだ諦めてなかったのか..........」
「当然です!!そうですね........まず、手始めに.........去年の事件!!ワンワールド・トレードセンター占拠事件!!あれについて聞かせ下さい!!」
「あー......あれか........」
「TIMEの記事を読みましたが、あの日3月25日はご自身の誕生日だったとか........」
「あー、そうさ。家族と一緒に展望台のレストランでディナーを楽しむ予定だった。だがそこへ、頭のイカレたテロリストどもがマシンガンを持って突入してきたんだ」
「それをあなたは大切な家族を守りながら、撃退した.......本当にすごい.........」
「いつものことさ。なんてことはない」
「そうは言ってもあなたももうそんなにお若くないでしょう?今の御歳はたしか..........」
「56だ」
「もうそろそろ、テロリストの相手はキツいんじゃないですか?」
「たとえ70になっても、あんなチンピラどもに負ける気はないよ」
「いやー、頼もしい.........おっと、失礼.........仕事の電話だ」
アランはポケットからスマートフォンを取り出し、喋りながら遠くへ離れていった。
ジョンは「やれやれ、やっと静かになった」と手元の新聞に目を落とした。
そうしてアランが戻ってこないうちに搭乗案内のアナウンスが流れた。
ジョンは席を立ち、搭乗待ちの列に並んだ。
やがてジョンの番がやってきて、航空券のQRコードを読み取りセンサーにかざす。
すると、ブザー音がなり、読み取りセンサーが赤く光った。
本来であれあれば、センサーは青く光るはずだった。
「失礼、Mr。航空券に問題があるようです」
搭乗ゲート付きの航空会社職員が怪訝な顔で話しかけてきた。
「なんだって?手荷物検査場では問題なく通れたんだが.......」
「確認致しますので、航空券を」
ジョンは職員に航空券を渡し、搭乗待ちの列から外れた。
職員はパソコンを操作し、航空券の番号を打ち込み照合する。
「Mr、この航空券はキャンセルされ、行先変更の処理がされております」
職員はそう言って、航空券をジョンに返した。
「なんだって!?そんなはずは........」
「お待ちください........」
職員はパソコンを操作しさらに情報を読み取る。
「えーと、数分前に御本人からのお電話があり変更になったようなのですが.......」
「何かの間違いだ!!俺はそんな連絡していない!!」
「Mr、失礼ですが、ご本人確認のため身分証明を........」
「おいおい、勘弁してくれよ........」
ジョンは渋々鞄から財布をとりだし、さらにその中から運転免許証を取り出す。
いっそ警察官証明を出そうかとも思ったが、非番の日に出すのは縁起が悪いので止めた。
ジョンの横では他の乗客がするするとゲートを通り過ぎていく。
その中に、先ほどのアラン・グルーバーがおり、声をかけてきた。
「おや、ウィリス警部補、どうされたんですか?」
「なに、ちょっとしたトラブルだ」
ジョンはめんどくさそうに適当な返事をした。
「ウィリス警部補は有名人ですから、誰かの嫌がらせかもしれませんね。もう少しご一緒したかったのですが、残念です」
アランはそう言い残して、搭乗ゲートを通り過ぎていった。
ジョンは航空券の便名と航空券番号を睨みながら呟いた。
「くそ。これじゃ、アンラッキー7じゃねーか........」
ロサンゼルス行の飛行機は空港の工事の都合で離れたところに止まっており、搭乗ゲートからバスでの移動だった。
アランはバスを降り、タラップを上り機内に入った。
通路を進み、手荷物を持ったまま一番奥のトイレに入る。
扉に鍵をかけ、便器のふたをおろし、その上にカメラを置いた。
懐から、手荷物検査で引っ掛からないくらいの短いプラスチック製ドライバーを取りだし、カメラを分解し始める。
ある程度ばらばらになったあと、今度は部品を元とは違う形に組み合わせていく。
そうこうして数分後には、アランの手の中に小型の拳銃ができあがっていた。
アラン・グルーバーは、昨年のワンワールド・トレードセンター占拠事件の犯人グループの後方支援部隊の一人だった。
突入した仲間たちは皆捕まったが、アランを始め後方支援に徹していた者たちの多くは警察の追跡をかいくぐり、今も市中に潜伏している。
そして、アランは今日この飛行機をハイジャックし、当局に仲間の釈放を要求する計画をしていた。
そんなところに、待合で仇敵のジョン・ウィリスをみつけたのだ。
アランは考えた。
ジョン・ウィリスが飛行機に乗っていたら、ハイジャック決行のときにとてつもない障害となる。
アランはなんとかしてジョンを排除できないかと、情報を集めるためにジョンに近づいた。
そうして話しかけたところ、ジョンは便名と航空券番号の話を始め、誇らしげに航空券を掲げた。
アランはその瞬間、航空券番号を使ってジョンの航空券をキャンセルすることを思いついた。
そして、航空券をスマートフォンで写真を撮った。
だが、それだけでは足りない。
電話でキャンセルするときに本人確認で生年月日が必要になる。
アランは必死にジョン・ウィリスについて知っている限りのことを思い出した。
そして、週刊誌であの事件の日がジョンの誕生日だったという情報を思い出した。
あとは誕生年だが、そこは年齢を聞き出して逆算した。
必要な情報がそろったので、電話がかかってきたふりをして、ジョンから離れ、航空会社に電話をした。
電話対応した職員に不審に思われないよう、急用で行先を変えなければならなくなったと言い、適当な行先に変更した。
(ウィリス警部補。あんた今日だけはついてるよ。俺のおかげで事件に巻き込まれずにすんだんだからな.........)
アランはニヤリと笑い、拳銃を懐にしまった。
カメラに偽装していた残りの部品は手荷物にしまい、何事もなかったかのようにトイレを出た。
(さあ、あとは離陸して、適当な高度になったところで.......)
このあとの手順を考えながら通路を歩いていたが、アランはそこで機内の異常な状態に気付いた。
(なんだ...........)
見回すと、他の乗客も、キャビンアテンダントも誰もいないのだ。
見える範囲、機内にいるのはアランだけだった。
(なんだ、いったい何が起こったんだ!?)
アランは慌てて、通路を走った。
やはり誰一人いない。
そして、飛行機の搭乗口にたどり着く。
搭乗口は開いたままだった。
アランは搭乗口から外を見て愕然とした。
飛行機の周りを空港警察が取り囲んでいたのだ。
『アラン・グルーバー!!お前は完全に包囲されている!!武器を捨てて投降しろ!!』
空港警察がUL777便を取り囲んでいる様子を、ジョン・ウィリスは搭乗待合からガラス越しに眺めていた。
そして、ジョンの携帯が鳴り、電話に出た。
相手は、包囲している空港警察の現場指揮者だった。
『今、投降したよ。それにしてもよくわかったな。奴がハイジャックを計画してるって.......』
「最初から妙だと思ってたんだ。アイツ、ジャーナリストであんなプロ用のカメラ持ってるくせに、写真を撮らせてくれと全く言ってこなかった。それどころか、俺の顔の写真は撮らないくせに、航空券を撮らせてくれと言ってきた。しかも首から下げてるカメラは使わずに、わざわざスマートフォンを取り出してな。不審に思っていたところに、俺の航空券が知らないうちに行先変更になっていた。俺は『ちょっとしたトラブルだ』としか言わなかったのに、ヤツは『誰かの嫌がらせかもしれませんね。もう少しご一緒したかったのですが、残念です』と言ってきた。つまり、誰かの仕業で俺が飛行機に乗れなくなったということを知っていた。だとしたら、一番怪しいのはこいつだ。もし、こいつが仕組んだんだとしたら動機はなんだ?俺に同じ飛行機に乗ってほしくなかった?じゃあ、なんで同じ飛行機に乗ってほしくないんだ?こう考えれば簡単だ。“ニューヨーク市警のジョン・ウィリス”に同じ飛行機に乗ってほしくないやつなんて、“ハイジャック犯”くらいしかいない」
そう思い至ったジョンは、大急ぎで空港警察の友人である彼に連絡した。
空港警察はアランがトイレに入っている間に無線で機内に指示を出し、乗客と乗員を避難させ、飛行機を包囲した。
『いや、お見事だ。初めてじゃないか?あんたが騒動が起きる前に事件を解決するのは...........』
「なーに、今日の俺はいつもと違ってついてただけさ」
ジョンは懐から航空券を取り出し、便名と航空券番号の“777”を満足そうに眺めた。
さらに二言三言話したあと、ジョンは電話を切り、搭乗ゲートに戻り、職員に話かけた。
「あー、すまない。この航空券、あのハイジャック犯のせいで別の行先に変更されてしまってるんだ。申し訳ないが、またロサンゼルス行に戻してくれないか?」
「かしこまりました」
職員は航空券を受け取り、パソコンを操作する。
が、職員はしばらくして困った顔をして、航空券を返してきた。
「申し訳ありません。この席はもうキャンセル待ちのお客様に回ってしまって.......」
「何!?じゃあ、他の席は!?」
「それが、今日はこの後の便も含めて全て満席で........」
ジョンはしばらく頭を抱えたあと、航空券を眺めながらつぶやいた。
「やっぱり、アンラッキー7だったか...........」
世界一ついていない男のラッキーナンバー 完
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