第17話 無血開城。
『集え、大聖女ウルティミア・フォレッソの名の下に』
『教皇を含む教会上層部は悪魔に支配され、善良な神父様達が苦しんでいる』
その話は、瞬く間に王国全土に広がった。
が、その状況を俯瞰で見ていた者がいれば、あるおかしさに気付いただろう。
人の噂とは、背鰭尾鰭を付けて、より主語が大きく、話が大きくなって広がるものだ。
しかしこの件に関して言えば、『教皇とその一派が敵だ』という以上に話は大きくならなかった。
民の暮らしに密着した地方の教会を襲撃するような暴動に、発展しなかったのである。
その理由を、後の歴史学者はこう語る。
『噂の広がり方が、王都や前線からではなく、各地で同時多発的に発生している』こと。
『教会総本山陥落、二人の聖女擁立までの速度が異常な程迅速であった』こと。
そこに絡む様々な事情から、『三人の聖女が行使する奇跡的な力によって、真実を民衆に広めた』とする言い伝えが真実なのだろう、と結論付けたが。
事実は、もっと冷徹かつ非情である。
時の為政者が、人民を統制する為に、十数年を掛けて間者を各地に潜ませており、情報を統制し、一斉蜂起を示唆したのだ。
が、情報伝達手段が未来に比べて足りない状況において、それがなし得るとは後の世の人間は誰も考えなかったのである。
この事態を目論んだ者たちの全ての行動は、迅速かつ冷静に行われた。
また合わせて歴史書には、『総本山の陥落は無血開城であった』と言われる。
赤と白の大聖女が現れたことを告げた第二王子アルテ・ユグドリアン……赤の大聖女クレッサ・フォレッソを見出し、生涯守り抜いた、双子の聖人ウルティミア・フォレッソの片割れが説得によって支配されていた者達の洗脳を解き、悪魔を討ち果たしたのだと。
しかし、歴史書というものは、為政者の都合の良いように改竄されるものである。
悪魔に支配された教会を取り戻した聖女らの美談には……当然のことながら、裏があった。
※※※
「……これは、どういうことだ?」
クレッサらの説得から半月にも満たない時間で、前線の兵士を率い、隣国の軍と合流して総本山に向かったアルテは、その状況に眉をひそめた。
教会総本山の大門が開いている。
人の姿は少なく、総本山に仕えていたと思しき幾人かの者たちがその近くに並び、首を垂れていた。
隣国の将と目を見交わした後、アルテは代表して彼らの元へと赴く。
すると、代表者らしき一名の男性が進み出て、恭しく告げた。
「……教皇、フェリヘルテ・ドーンは、もう、この場にはおりませぬ。また、ドーン派の者達は皆、神の御許へ参りました。我々はアルテ殿下の遠征を歓迎し、この聖地を受け渡す準備が出来ております」
「誰の差し金だ?」
「……大聖女ウルティミア・フォレッソ様の手を、鋼によって齎される血で穢すことを、憂うお方が、おられましたので」
密やかな言葉を受けて、アルテは口元を引き締める。
ーーー父上と、兄上か。
「侮られたものだ。僕には、その覚悟がないと判断したのだな」
おそらく目の前の男や、立ち並ぶ者たちは、彼らの手の者なのだろう。
服装からして、おそらく数人はかなり高位であるように見受けられる……かなり早い段階から、教会に潜入していたことが見受けられた。
「手柄は、全て貴方様のものにございます」
「名誉を望んでいた訳ではない」
声こそ荒げなかったが、アルテは強く拳を握り締めた。
父や兄の計略を教えられていなかったことも、そうだが。
アルテに任せなかったということは、土壇場で怖気付くと思われ、信用されていなかったことの証左だろう。
しかし。
「僭越ながら、そうではございません。高貴なお方より、言伝てを預かっております」
「何だ?」
「『お前の手は、人々を癒す為にある』……だ、そうです」
眉根を寄せていたアルテは、一度深く瞑目すると、空を仰いだ。
「……そんな、御伽噺の為に?」
王国には、癒し手の物語が存在する。
教会の聖書にも記されているその物語には、『人を癒す力を持つ聖女が罪を犯した場合、神の加護を失う』と記されていた。
ーーーもしそれが本当なら、クレッサが力を持ち続けていることがおかしいだろう。
彼女は、孤児だった。
人を殺すことを罪とするのなら、人の物を盗むことだって、盗んだ物を口にすることだって、罪に違いない。
彼女自身が盗みに手を染めていたかどうかは、アルテには分からない。
しかしクレッサは、孤児の集団で暮らしていたという。
金を稼ぐ手段もなく生きていた彼らが、そうした罪を一つも犯さなかった訳がないのだ。
ーーー兄上は、身内に甘い。
ロティアナのことも、ミーアのことも。
そしてこの段に至って、リザルドは自分の手だけを汚し、アルテにまでも甘さを見せたのだろう。
寂しさを覚えつつも、アルテは小さく息を吐いて笑みを浮かべた。
ーーーあの人こそ、為政者に向かない。
彼が、アルテの手を汚すことを明確に拒否するのなら。
出来ることは今後、身内に甘い彼の治世が曇らぬよう、それを支えることだけだろう。
「案内してくれ。教皇を継ぐ為の神器は、残っているのだろう?」
「はい」
アルテは、引き連れてきたのに無駄になった軍勢を見回す。
兄の計らいで、彼らが傷付かなかったことに、どこか安堵する気持ちに気づかないフリをして……事情を説明する為に、彼らの元へと戻った。
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