第16話 聖女の務め。


 クレッサの宣言に、集まった人々が応えようとした……ところで。


「ハッ! 調子に乗るなよ、偽物!」


 と、声が上がった。

 そちらを見ると、大柄な男がクレッサを睨みつけている。


 仲間らしき青年が「やめろよ」と止めるが、彼は怒鳴り続けた。


「納得がいったぜ! 『日に一度の奇跡』を起こしてたウルティミア様が現れたってのに、あんなちまちました真似をしてた理由がよ! あの程度の怪我も癒せない偽物女がよ!」


 彼の顔には、見覚えがある。

 クレッサが救護の建物で、怒鳴りつけた兵士だった。


 どうやら、自分が先に癒されなかったのを根に持っているらしい。

 しかし、クレッサはこういう状況を想定していた。


 前に出ようとするアルテを手振りで留め、彼に目線を戻すと、声を掛けた。


「ウルブス。あんた、本当に何も分かってないのね」


 すると、名前を呼ばれたことが意外だったのか、彼の勢いが少し削げる。


「あたしの力が不足してるのは、認めるわ。でも、あんたを先に癒さなかったのは、その横にいる彼の為よ。ねぇ、ガルン」


 先ほど「やめろ」と止めていた青年にも、そう呼びかけると、ウルブスは眉根を寄せる。


「何だと?」

「ウルブス。あんたは、不意を打って襲って来た魔狼から仲間を庇って怪我をしたわね。それ自体は凄く立派だと思うわ。そのお陰で誰も死なずに魔狼も狩れたんでしょう。……でもね、魔狼に吹き飛ばされて気絶したあんたを逃したのは誰か、あんたは知ってる?」


 クレッサは、ウルブスとの板挟みになって苦虫を噛み潰したような顔をしているガルンを指差した。


「あたしは知ってるわ。ねぇ、ガルン。あんたでしょう?」

「あ?」

「……それが何だってんすか?」


 ウルブスが、驚いた顔でガルンを見るが、彼はこちらに言葉を投げ返して来た。


「ねぇ、ウルブス。あんたを放っておいてあたしが先に癒したのは、あんたを逃すために、死ぬほどの大怪我を負いながら魔狼を倒したガルンよ」


 クレッサは、弾けるようにこちらに顔を向けた彼を怒鳴りつける。


「それを見捨てて、あんたのちんけな怪我を癒した方が良かったっての!?」


 狼狽えたウルブスは、視線を泳がせた後に、ガルンに目を向ける。


「ガルン、お前、そんなことを一言も……」

「そんな恩着せがましいこと、わざわざ言うわけねーだろ……そもそも、俺を庇って怪我したんだろうがよ……」


 照れ臭いのか、あるいは目立ちたくないのか、ボソボソと反論しながら目を伏せるガルンに、ウルブスが呆然と立ち尽くす。


「他にも、あんたを抱えて逃したバロウとアオウ、ガルンと一緒に魔狼を狩ったゲーテ。皆それぞれに怪我を負ってたわ。結果的に|あんたの怪我が(・・・・・・・)|一番軽かった(・・・・・・)のよ! 皆があんたを助けようとしたから!! ウルブス! あたしはあんたの仲間の命を見捨てて、あんたの怪我を先に癒した方が良かったっての!?」

「そいつは……」


 一気に言葉を吐き出すと、ウルブスは顔を歪め、顎を引く。


「そもそも、あんたが助けた連中でしょうが! 昔、狂熊が出た時も、一角兎が出た時も、竜蛇が出た時も! あんた、ガルン達を助けたから、皆必死にあんたを助けようとしたのよ!? だから先に助けようとしたのに、一刻を争う怪我を負ったガルンを見捨てた方が、良かったのかって聞いてんのよ! 答えなさいよ!」


 クレッサの発言に、何故か人々がざわめく。


「……? 何よ?」

「お前……何でそんなこと、覚えてるんだ……?」

「そんなの普通でしょ!? 舐めてんの!?」


 バカにされたような気がして、クレッサはいきり立った。


「あそこにいるベーベが、病気の人の為に薬草を取りに行って毒草で倒れたことも、そっちのムルビオが隣国の賊に襲われて瀕死になったことも、ここのパンジャが崩れた建物の下敷きになって骨を折ったことも、全部覚えてるわよ! もしあたしの力が足りなくて死んでたら、あたしが生きてる限り覚えておかなきゃいけないんだから!」


 そう怒鳴り終わって、肩で息をしていると。

 何故か、静まり返っていた人々の中から小さな歓声が湧き上がり、徐々に大きくなっていく。


「な、何?」


 予期せぬ事態に、クレッサは皆の顔を見回した。

 何故か一様に、感動したような表情を浮かべたり、あるいは実際に涙を流しながら祈るように両手を握っている人までいる。


『聖女様!』

『クレッサ様!』


 そんな声まで上がり、唖然としていると、ウルブスがいきなり膝をついた。

 さらに、地面に頭を擦り付けて、歓声に負けない声を張り上げる。


「申し訳ありませんでした!! 聖女様!!」

「いや、え? 別にそこまでしなくても……」


 というクレッサの声は、さらに大きくなった歓声に呑まれ。

 結局、事態に収拾がつかなくなって、そのまま下がることになった。


「一体何なの? いきなり皆叫び出して。あたし、何かした?」


 天幕の中でアルテに問いかけると、彼は何故か真剣な目でこちらの顔を見る。


「君は。自分が治療した人々を、まさか全員覚えているのかい?」


 ウルブスも同じようなことを言っていたが、クレッサには、意味が分からなかった。


「当然じゃない。あたしが癒した、あるいは看取った|7755人(・・・・・)分、全員どこの誰かで、どんな人なのか、ちゃんと知ってるわ。天涯孤独な人も、どんな暴言を吐いた人でも。せめてあたしが死ぬまで覚えていてあげることが、聖女としての務めでしょう?」


 クレッサは頬を膨らませた。

 偽物であっても、その程度のことはやって当然のことだ。


 癒しの力が足りない分、他のことはきちんとやろうと、薬草や病気のことも必死に覚えた。


「驚いたな……」

「何に?」

「行動にも、頭脳にも、だよ。まさか、全員覚えているなんてね……確かに、君は一度覚えたら、人の名前を間違えもしないし、道にも迷わないし、礼儀礼節に関する質問もしなかったね」

「……? 忘れないでしょう、普通」

「いや、その能力は決して普通じゃないよ。クレッサ。普通の人間は、関わったそれだけの人間のことを、覚えていられない」

「え?」


 クレッサは、思わず目をまたたいた。


「嘘でしょ?」

「本当だよ。君にとっては普通かもしれないけどね」


 クスリと笑ったアルテは、いきなりクレッサを抱き締める。


「ちょ、何々何!?」

「君は、癒しの力にはさほど恵まれなかったかも知れないけどーーー」


 と、アルテが耳元で、どこか熱っぽい声で囁く。


「ーーー間違いなく、君は聖女たるべく生まれてきた女性だよ、クレッサ」

 

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