第15話 大聖女ウルティミア・フォレッソの名の下に。


「本日はわたくしより、皆様にお伝えしたいことがございます」


 ロティアナは、集まった民衆に向けて静かに語り出した。


「我らが主の御名の下。わたくしは人々の為に、この身を捧げる覚悟で邁進して参りました……」


 それは、決められた話を語るだけの場である筈だったけれど。


「と、言いたいところではありますが、申し訳ありません。決して、そのようなことはありません」


 すると、民衆がざわりとざわめく。


「わたくしが、その覚悟を決めたのは、ほんの半月前のことです。皆様には申し訳なく、不甲斐ないことに……わたくしは、教会の傀儡でした」


 ロティアナは、震えそうになる声音を必死でこらえ、聖女の顔をして民衆に語る。


 教会がどのような不正を行なっていたか。

 それが人々の生活にどんな影響を与えていたか。


「多くの、皆様に触れ合う教会の方々は、皆真摯に、あなた方の暮らしを支えてくれたことと思います。彼らの多くは、善良な神の使徒です。……ですが一方で、総本山の頂点となる教皇猊下は……いえ、教皇たるべき、フェリヘルテという男は! 神の名を隠れ蓑に、裏では悪魔の如く対立を煽り、武器を我々だけではなく隣国にも与え、人々の命で私腹を肥やしている。そのような事が、許されていい訳がないのです!」


 民衆から、賛否どちらの声も上がる中、ロティアナは怯まず言葉を重ねた。


「信じられないでしょう。我々の命を、教会が食い物にしていたなど。しかしわたくしは、その事実に気づきました。……事実を知り、もたらして下さったのは、大聖女ウルティミア・フォレッソ様です!」


※※※


 天幕を出たクレッサに、目の前の階段を上がりながら、アルテが声を掛ける。


「さぁ、君の役目を果たす時だ。……ウルティミアとして」

「ええ」


 数段高く設置された舞台の上に立ったクレッサは、民衆の前に進み出る時にさらっとアルテにだけ聞こえる声で囁いた。


「でもあたしは……

「どういう意味だ?」


 疑問に答えず、クレッサは民衆の前に立った。


「大聖女ウルティミア・フォレッソ様が、お戻りになられたぞ!」


 集まった人々は、大歓声で迎えてくれた。


 この地でウルティミアの名を騙り、助けた者達の顔がちらほらと見える。


 彼らは、クレッサを信じる目をしていた。



 そんな人々を裏切っていたことを、クレッサは今日、告白する。



 クレッサはいきなりヴェールを脱ぎ捨てて、それを足元に叩きつけた。

 纏めていた赤毛がぶわりと風に広がり、鋭いと言われる目で、化粧で多少隠されているそばかす顔で、民衆を睥睨し。


 そのまま、怒鳴り声を上げた。


※※※


 民衆が、ロティアナの口にしたウルティミアの名前に静まり返る。

 彼女の偉業は、その奇跡の御技は、この王国に住む民ならば誰でも知っている。


 未だ、その存在を讃え、惜しむ者は多く、吟遊詩人にうたわれる存在なのだ。


 そうしてロティアナは、ここで影武者を紹介する……手筈だったが。


「彼女は生きておりました。自らの死を偽装し、その身を賭して隣国に赴き、今なお、戦争終結の為に尽力して下さっております。……民を、救うために!」

「ロティアナ……?」


 台本にない、幾つかの流れにたまりかねたのか、リザルドが小声で語りかけてくるが、ロティアナは反応しなかった。

 しかし、民衆は既に湧き上がり、歓声による地鳴りのような音が広場を覆っている。


 ウルティミア様が。

 やはり生きておられたのか。

 

 そんな喜びの声と。


 ロティアナ様は。

 一体何を?


 そんな疑問の声が響く。


「わたくしは、皆に真実を伝えます。教会のことも含めて、全ての真実を。大聖女ウルティミア・フォレッソ様は……」


※※※


 クレッサは告げる。


「聞きなさい! !」


 ロティアナは告げる。


「真の大聖女、|殿、そして、殿です!」


 クレッサは告げる。


「でもね、聞いて! ウルティミア様の力が届かなくなった後、皆を癒やしていたのは、あたしに名前を授けてくれたアディルクレッサと、あたしよ!」


 ロティアナは告げる。


「ミーア様と二人、神の奇跡を前線に届けていたアルテ殿下は、彼女亡き後、隣国へ赴き、そして、教会の不正を突き止めたのです!」


 クレッサは告げる。


「あたしは偽物よ! でも、ウルティミア様は生きていた! そしてあたし達の為に、ずっと頑張ってくれていたのよ!」


 ロティアナは告げる。


「ですからどうか、信じて下さい。信じるのは、わたくしでも、クレッサという少女でもありません……」


 奇しくも、二人は。

 全く違う時、違う場所、そして自らの言葉で、民衆に告げる。


「「あたしわたくし達と、あなた達が信じた、大聖女ウルティミア・フォレッソ様の想いを、信じて!」」

 

※※※


 クレッサは、驚きに呑まれた人々に、堂々と声を張り上げ、思いの丈をぶちまける。


「ねぇ、あなた達はおかしいと思わない!? 癒しの力は、あたしみたいな孤児にも、ウルティミア様……アルテ殿下のような男性にも、宿るのに! 貴族の女しかそれを使っちゃいけないなんて、決まり事があることに、疑問を抱かないの!?」


 そう告げて、思わぬ事態に眉根を寄せているアルテを指し示す。


 クレッサを、前線の人々を救ってくれていた人は。

 教会の決まりを破って、それでも人々の為に尽力していたのだ。


「考えて! 教会が定めた物事が正しいと、信じ込まないで、考えて! 癒しの力を使っちゃいけないと言われて、隠している人が周りにいたら!? 自分が癒しの力を使えることすら知らない人がいたら……!? もしアルテ殿下が、決まりを守って癒しの力を封じていたら、あたし達がどうなったか! あたしがウルティミア様を騙って癒しの力を使わなかったら、どうなっていたか!」


 クレッサは、自分の手で救った人々を、目線で捉えて、その瞳を覗き込む。


「救えたかもしれない大切な誰かを、救うことが出来なかったかも知れないのよ!! その為の力が、手段があるのに!!」


 集まった人々の数人には、その言葉が響いたように感じた。

 彼らの瞳が、僅かに揺れている。


「そんな決まり事を作ったのは誰!? あなた達を慈しむ神父様たちは、ずっと上層部に訴えていたわ! 癒しの力がなぜ、貴族女性にしか使うことを認められないのか! その訴えを、聞き届けなかったのは誰!? それが、教会の総本山で! ふんぞり返ってる連中なのよ!!」


 クレッサの叫びに、さらに数人の目に炎が灯る。


「ミーア殿下が、王女様が! あたし達を助けてくれたウルティミア様の片割れが、と一緒に生まれたことすら、隠されて生きなきゃならなかったのも! 双子を忌み子と呼ぶ教会のせいだったわ!! あたし達と変わらない、神様が遣わした命なのに!」


 ウルティミア様が……。

 そんな。


 と、おそらくは『日に一度の奇跡』によって命を救われた人々が、声を漏らす。


「そして、あたしは聞いたわ! 教会の上層部が、この国と隣国に、裏で武器を裏でばら撒いて、対立を煽って、あたし達を戦禍に放り込んで! 自分たちは安全な場所で……儲けている張本人だって!」


 熱気が、宿る。

 この場にいるのは、隣人を、兄弟を、子供を、親を。


 大切な人の命を、戦争で失ってきた人々なのだ。


「間違ってるのよ! 全部! それを正す時が来たのよ、あたし達の手で!」


 クレッサは、右手を人々に向けて差し出し、固く拳を握り締める。


「大切な人を争いで失った、その痛みを知るあたしたちが! 間違った決まり事を変えるのよ!」


  そしてその手を、天高く突き上げた。


「あたしはクレッサ! 偽物の聖女クレッサよ! でも、今まで救ってきた命は……ッ! これから争いで亡くなる人を二度と生み出したくない気持ちだけは……本物だわ!!」

 

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