第14話 共に立つ者として。

 

「クレッサ、行けるかい?」

「ええ。いつでも大丈夫よ」


 戦地に近い村の広場。

 広場の端に貼られた天幕の中で問いかけてきたアルテに、ヴェールで顔を覆ったクレッサは頷く。


「落ち着いているね」

「怪我人を目の前にしてる訳じゃないもの」


 これから、村に集められた者たちに対して、クレッサはウルティミアとして演説をするのだ。

 教会の不正を暴露し、共に不正を正すことを呼びかけるのである。


 非常に重要な役目だけれど、単身王城に赴いた時や、情緒不安定な患者を相手にする時に比べれば、兵士に守られている分、命が危険に晒される可能性は低い。


 緊張する理由がないのである。


 クレッサは、この地に戻ってから今までの間、アルテと共に、顔を隠して別の場所に赴いていた。

 向かった先は、村外れにある負傷者を救護をする建物。


 クレッサが長く時を過ごした、クレッサの戦場である。


 隣国との戦闘が一時休戦しても、害獣や魔物などが出なくなる訳ではない。

 戦闘による負傷が減っても、そうした災害に対処して怪我を負う兵士や男達が減るわけではないのだ。


 建物がなぜ村外れにあるのかといえば、死者が出た際に弔う墓場の近くだからだ。

 弔うと言っても、埋葬したり墓標が立つ訳ではない。


 前線の兵士一人一人に、そんな手を掛けている余裕はないし、そもそも兵士は使い捨て扱いである。

 上層部の思惑に関係なく、皆生きるのに必死で人手も不足している、という事情もあった。


 彼らを癒し、あるいは看取ることに比べれば、人前で喋る程度のことは些事さじである。

 

「アルテが来てくれて、助かったわ」


 クレッサ自身も力を増して、大怪我を癒すのも格段に楽にはなったけれど。

 やはり、アルテの……ウルティミアとして、前線に多くの癒しをもたらしてきた彼の力は圧巻だった。


 今までどうすることも出来なかった大怪我や、毒を食らって致命的な程に体を蝕まれた兵士も。

 

 アルテは、見事に癒してみせた。


 怪我だけでなく、病気もそうだ。

 通常ではあり得ないほどの高熱や、腐った食料を口にしたことによる腹下し。


 食事をすることすら出来ず、嘔吐や脱水などで衰弱した人々も、アルテの手にかかれば回復するのである。

 『聖女』としての格の違いを痛感すると同時に、人々が救われることに対する深い感謝と尊敬の念を覚えた。


 クレッサ自身も、そうして彼に救われたのだから。


「やっぱり、あたしにとってはあんたがウルティミア様よ」

「君も立派に聖女だよ、クレッサ。あれほど手際良く、人々の症状を見分けることは僕には出来ない。誰も彼も癒していたら体力が保たないから、磨かれた力だろう?」

「大したことじゃないわよ」

「大したことなんだよ?」


 おかしげに笑みを浮かべるアルテに、気恥ずかしくなる。


 ーーー本当に、大したことじゃないのに。


 四肢が落とされたり、深く斬りつけられたりした者以外は、切り傷と言っても清潔な布と消毒によって、腐らないように丁寧に傷口を保護すれば、命だけは取り留める可能性が高い。


 あまりにも人数が多い時は、優先順位をきっちりと把握しなければ、失われる命が多くなる。


「しかしまさか、患者を怒鳴りつけるなんてね」

「あんなの、日常茶飯事よ」


 負傷者の中には、大袈裟な者がいる。

 そもそも喚けるくらい元気なら、あの場では大した怪我ではないのだ。


 なのに『俺は重要な人間だから、誰よりも先に癒せ』などと跳ねっ返る者も多い。


 若い兵士である場合もあるし、中年である場合もある。

 それに怯んでいては、聖女など務まらないのだ。


「聞いていて、気持ち良かったよ」


『その程度の怪我で死なないでしょうがッ!! こっちは、全員助けようと必死こいてんのよ! 文句があるなら出てけッ!!』


 そんなことを口にしたのを、褒めないで欲しい。

 気が強い、口が汚いなどと罵られて来たことを、素直に褒められると気恥ずかしいのだ。

 

「君は最高だよ。今まで出会った中で、僕にとって最高の女性だ」

「っ……そ、そういう言葉を、さらっと言う辺りが信用できないのよ! 女たらし!」

「誰にでも言ってるだけじゃないよ。君だけだ」

「〜〜〜ッ!!」


 もう相手にしてられない。

 ヴェールで見えはしないけれど、そっぽを向いた。


 そのまま頬の熱を抑えるように努めていると、アルテが肩を震わせて笑っている気配を感じて、ぎゅっと眉根を寄せる。


 ーーーもう!!


 そんな時に、天幕の中に入口を警備していた兵士が入って来た。


「ウルティミア様。そろそろお時間です」

「ええ」


 呼ばれて、クレッサはアルテの差し出した手を取って立ち上がる。


 ーーー本当、こんなことになるなんて思ってもみなかったけど。


 未だに実感は湧かない。


 けれど、王都に赴いたほんの数ヶ月の時間が、クレッサ自身の心情に変化を与えたのは間違いなかった。


 アルテとの。

 ロティアナとの。

 自分とは違う境遇で、自分とは違う考え方で、自分とは違う想いを胸に抱いて……しかし目的を、望みを同じくする彼らは。

 

 仲間ではないかもしれないけれど、同志だ。


 偽物だった自分たちが、今日、本物になる。

 クレッサなりに考えた、自分の方法で。


 ーーーロティアナ。アルテ。あたしは、成し遂げてみせるわ。


 たとえ、どんな状況になったとしても。

 それが、自分が大切に想う『皆』を救うことになると、クレッサは信じていた。

 

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